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ボブ・ウッドワードのFEARはトランプ政権暴露本の決定版か

2017年1月に誕生したトランプ政権について書かれた本を読むのは、マイケル・ウォルフのFire and Fury(日本語版『炎と怒り』は2月に早川から緊急出版)、ベテランジャーナリストであるマイケル・イシコフとデイビッド・コーンの共著Russian Roulette、ジェームズ・コミー元FBI長官のHigher Royalty(日本語版『より高き忠誠』は8月に光文社から発売)、ジェームズ・クラッパー元国家情報長官のFacts and Fearsに続いて、ありゃ、今年に入ってもう5冊目か。 orz

(とにかくね、どれも読後感がよろしくないし、読んでてムカムカと腹が立つんで、ゲロゲロき〜っ!って言いながら急いで読んで本を片付けないと、表紙のトランプを見るのも嫌だし、後々も気分が滅入るんで、なるべく早く済ませる、という作業を優先して他の仕事が手につかない…ということを繰り返している。バカですね〜、Mなんですかね〜。)

著者のボブ・ウッドワードと言えば、泣く子も黙るアメリカンジャーナリズムの大御所で、映画『大統領の陰謀』でロバート・レッドフォードが演じたワシントン・ポストの駆け出し記者の人(右)。当時最初はチンケな空き巣狙いだと思われていたウォーターゲート事件が、実はニクソン大統領が裏で手を引いていた大統領再選のための諜報違法活動だったことを突き止めて、アメリカの政界で前代未聞のスキャンダルに発展、弾劾されそうになってついには辞職に追いやったという経歴の持ち主。

その当時の上司、つまりデスクの編集者がベン・ブラッドレーで、この春、日本でも『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書(原題The Post)』でトム・ハンクスが演じてた人。そしてメリル・ストリープ演じるケイティ・グラハムが当時のワシントン・ポスト紙のオーナーで、彼女亡き後、新聞を継いだ子どもらがそれをアマゾンのジェフ・ベゾスに売って今に至る…と、WaPo(英語だとこれで通じる)の歴史が頭の中で繋がったかな?

ウッドワードはその後もずっとワシントン・ポストの辣腕政治記者として君臨し、20冊近く本を書いている。だいたいベストセラーになるし、ほとんど読んでいる気がする。最高裁判事の内幕もののThe Brethrenなんて何度読み返したことか。(あ、今著者リスト見たらジョン・ベルーシの本が異色だな。これは未読)ニューヨークの大学でジャーナリズムとってた私にとっては神様みたいな存在で、なんども講演に行ったし、マンハッタンのレストランでも見かけたこともあったっけ。(恐れ多すぎて声かける勇気はなし)

ウォーターゲート事件の際、ウッドワードには“ディープ・スロート”の名で知られる匿名の情報源がいたことが有名だ。それが誰なのか、ウッドワードは何十年も隠していたが、当該人物が亡くなってようやくそれが当時FBI副長官だったマーク・フェルトだったことを認めた。実はフェルト自身は生前に「自分がディープ・スロートだ」って公表したんだけど、認知症が進んでいたそうだし、そう公言する人は他に何人もいたんで、ウッドワード自身がようやく認めたのはフェルトの死後だったというわけ。

このウッドワードが多用する、名前を出さず、内部事情を直接知る人から情報を得る取材法をdeep backgroundと言うんだけど、新作FEARでもそれは活かされている。主要な情報提供者は、ゴールドマン・サックス会長でトランプの経済アドバイザーだったゲイリー・コーン、前妻2人に暴力を振るっていたことがバレて既にホワイトハウスを離れた元秘書官のロブ・ポーター、元お抱え弁護士だったジム・ダウドあたりだということはわかるのだけれど、ウッドワードの場合、誰か一人が言ったことをそのまま真実として書くほど浅はかではない。何十人もの人に、何百時間もの話を聞き、記録を全て残している。読者にとっては「匿名」かもしれないが、ウッドワードはそれが誰でどんな立場で発言しているのかを把握している。cross referenceという多角的な検証で、verisimilitude(ん〜、なんて訳すかな?真実味?)を高めていくのだ。

『大統領の陰謀』でもウッドワードと、相棒のカール・バーンスティンがディープ・スロートの証言をどう扱うかについて上司のブラッドリーと相談する場面でも出てきた記憶があるんだけど、調査報道とはbest obtainable version of the truthを追求することであって、いくらディープ・スロートの発言がスクープになる内容だったとしても、ウラをとる(少なくとももう1人、同じことを言う人を見つけてくる)までは絶対にワシントン・ポストの記事にしなかった。

ということで今回もかなり前置きが長いんだが(いつもすまんのうw)、FEAR: Trump in the White Houseに書かれている内容は、わかっていたこととは言え『炎と怒り』よりもさらに恐ろしく感じられる。仲の悪いスタッフがお互いの悪口を言い合うレベルの暴露だったマイケル・ウォルフの本と違って、ウッドワードの本では、その気まずい人間関係に加えて、誰が何を担当して政策実行に繋げるかという仕組みそのものがガタガタで、トランプが朝令暮改を繰り返すため、何も機能していないことがどう実際の外交や国際秩序に影響しているのかが克明に描写されているからだ。

序章から、トランプが作らせた米韓自由貿易協定破棄を通達する手紙を、執務室のデスクで見つけたゲイリー・コーンがこっそりそれを盗んで、それでその件はそのまましばらく忘れられて終わりという杜撰さと、そのせいで側近が勝手に書類を盗んでクーデターやってるようなメチャクチャぶりに口あんぐりですよ。

そして会話形式でどんどん話が進んでいくので、読んでいてまるでその場に居合わせているかのような臨場感がある。このダイアローグの生々しさが出せるのは、ウッドワードとマイケル・ルイスぐらいかな。

パリ条約を脱退したことについて、北朝鮮の金正恩と言い争いになったことについて、中国だけじゃなく友好国相手に関税をけしかけて貿易戦争を引き起こしたことについて、壁を作り親子を引き離してまで移民を阻止しようとした等々、どういう経過でトランプがそれらを決めるに至ったのかが詳細に描かれているのだけれど、これがもう頭痛しか起こらんでしょ。なにしろトランプはデータを見せて説明しても納得しない、スタッフ全員が反対しても自分の勘だけで決める、理由づけに平気で自分の嘘を突き通す、自分の非や不勉強を決して認めようとしない、ってのはこれまでの報道でわかっていたけれど、新たな発見はトランプが「基本的にドケチ」だということですかね。世界秩序がめちゃくちゃになっても、銭勘定してそうな守銭奴がトランプの正体。

NATOに対しても、日本に対しても、軍備費を払いたくないがために脱退するだの、TPP撤回だのとやらかしているのがよくわかりました。しかも「貿易赤字」でさえ、アメリカが損をしていることだと思っている。これをいくらゲイリー・コーンや経済学者が束になって説得しようとしてもわからない。今まで聞いたことがなかった名前なんだけど、たった一人、中国がアメリカを一方的に搾取していて、関税をかけるのは当然と、貿易戦争を仕掛けているピーター・ナヴァーロというお抱え老害学者がいることが判明。こいつがガンなのか。

(ガンといえば、今までも「名物ヘンテコ上院議員」ぐらいに私が勝手に思っていたリンジー・グラハムが、そうとうの二枚舌変態妖怪変化手のひら返しタヌキおやじなんだなと再認識。今では見事なまでにトランプのコバンザメ。おまえ、よくそれでジョン・マケインを先輩として尊敬しているとか言えたよな。今頃、負院爺も天国で怒っているだろうよ。バチかなんか当たらないかな。中間選挙で落選するとかw)

一方トランプといえば、ビジネスマン/不動産王(のつもり)だった時代から、借金は踏み倒すもの、借りまくれば銀行などどうということはない、借用書なんて飾りですよ、頭取にはそれがわからんのです、みたいなポリシーから抜け出せず、今までなんとかごり押しした税制改革も、そんな政策を実行したら国庫の赤字が増えるだけですよ、とアドバイスされて、だったらもっとドル札を刷って借りたことにすればいいじゃん、と心の底から本気でなんども提案したとか、本人もガンですが。

スティーブン・バノン上級顧問とか、レックス・ティラーソン前国務長官や、ラインス・プリーバス首席補佐官、とか今では懐かしささえ感じる人たちが、どうやってトランプの言動を阻止しようとして、失敗し、更迭あるいは辞職していったかがわかります。

でも読んでていちばん心が寒々としてくるのは、トランプが唱える「アメリカ第一主義」とやらが向かっているのは、NATOが総崩れになってロシアのプーチンにとっては好都合、パリ条約から抜け、中国が世界の環境問題対策を牽引するのを許し、貿易戦争でお隣のカナダやコアラみたいに友好的なオーストラリアにも見放され、最悪、壁作るだの、親から子どもを取り上げるだの、国内の問題とされている移民問題だって、下手にこじれて世界規模でキリスト教圏とイスラム教圏の対立に向かうかもしれないという、世界秩序の崩壊に向けて着々とコマが進められているのが感じられるところでしょうか。

日本にとってもこれはただごとならぬ事態なわけで、今トランプに「沖縄の基地問題どうするよ〜」みたいな話を下手にもちかければ、「払えないならいいよ、撤退するから」ってな話になりそうで怖いわけです。何しろ何十ページにも渡って、トランプが韓国の軍備協力に懐疑的で、いつ「お金がかかるからや〜めた」って言って、北朝鮮が「チャ〜ンス!」とばかりに、ドンパチしかけてきてもおかしくない状況を、マティスたちが引き止めているかが書かれているんだけど、アジア情勢の部分に安倍のAの字も出てこない。世界外交においては今、アメリカにとって日本はそこにいないも同然ってこと。何しろずっと不況なもんで、トランプが好きなオゼゼが出せないんだもん。これは何されるかわかりませんって。

書いててまた心が冷えてきたので、この辺でちょっと勘弁してくださいな。タイトルの「FEAR」っていうのは、トランプが言った「権力というのは、相手に自分を怖いと思わせることだ」という言葉からきているんですが、実は、読者はみんなトランプ政権のこの事態を受け止めて恐怖におののくべきだね」っていうウッドワードさんからの警告でもあるんだろう。なにしろタイトルの「:(コロン)」を取れば、「ホワイトハウスのトランプを怖れよ」という命令形の文章になるわけだしね。

一箇所だけ笑ったところもあったんで紹介しておきますね。前首席報道官のショーン・スパイサー、って覚えてます? 報道官としての初仕事が「トランプの就任式は、過去最高の視聴率だった!(異論は認めない!)」というすぐバレるショボい嘘で幕開けした、あのショーン・スパイサーです。報道陣を避けてスタッフと打ち合わせしようと、ホワイトハウスの庭の茂みに隠れていたのを見つけられたショーン・スパイサーです。

さらに彼以上のネタキャラとしか思えない(10日ぐらいでクビになった)アンソニー・スカラムッチが雇われたことに抗議して辞めていき、その後、暴露本を出してみたものの、相変わらずトランプ擁護のウソまみれだったので、ニューヨークの朗読会ではブーイングされるわ、本はちっとも売れないわ、踏んだり蹴ったりのあのショーン・スパイサーです。

ブッシュ政権時代はホワイトハウスのイースター祭りでうさぎの着ぐるみ担当だった、あのショーン・スパイサーですが、実は彼、海軍予備兵でもあるんですね。その彼がトランプの軍事政策を後押ししてもらおうと、しつこくなんどもなんども絶対にメディアには出ないと公言しているジェームズ・マティス国防長官にテレビ出演をお願いして、キレられ、「私は軍人でつまりは人を殺すのが仕事なんだが、今度その話をしたら、アフガニスタンに送り込んでやるからそう思え」と言われた、ってところでコーヒー吹きました。結局comic reliefはこのぐらいかな。

あ、それと、トランプが側近たちにツイッターをやめろといわれても、これは俺のメガフォンなんだから無理、と断り、ツイッターが140字から280字になった時も「俺さまは140字だとヘミングウェイ並みなんだがな」と言ったそうで、この部分でもだいぶ乾いた笑いがこみあげました。まぁどうせトランプはヘミングウェイ読んだことはないだろうから、勝手に言ってればいいんだけどさw

ちなみにこの本に関しては、トランプもさすがに「フェイク」だと罵ったり、出版停止を求めて訴訟を起こす勇気はないようで、これは自分にとってbad bookだというのをくりかえしています。版元はすでに100万部用意、初日に75万部が掃けたそうで、売り切れる書店が続出、デジタル版も出足がいいようです。

ざっと読んだだけなので、もう少し内容を咀嚼してから補足するかもしれません。もう読みたくないってのもあるんだが。

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