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アカデミー賞に輝いた『スポットライト〜世紀のスクープ』に出てくるほどジャーナリズムは甘くない

とりあえず今年のアカデミー賞で注目されていたのはナニかを最初に片付けておくと、年明けにノミネート作品が発表された時に#OscarSoWhite(オスカー賞まっ白)というツイッターのタグができるほど、有色人種不在の作品が並んだことだった。

アメフト選手にとって脳しんとうの後遺症の危険性がどんなに恐いかに警鐘を鳴らしたドクターの実話を元にしたThe Concussionに主演したウィル・スミスの熱演も、ロッキーの続編でスタローンがノミネートされてるのに肝心の黒人主人公ボクサー役の方がかすりもしなかったものだから、けっこう色々な人が文句を言ったり、スパイク・リーがボイコット宣言したり。

ところが既にアカデミー賞のホストとして決まっていたのが、日頃から黒人差別をも辛辣なジョークにする芸で知られるコメディアン、クリス・ロックという皮肉な組合せがあり、その彼が司会をボイコットするのか、はたまたオープニングでどんなジョークを言うのかが注目されていた。

始まってみればクリス・ロックらしく、アカデミー協会も、今のハリウッド業界も容赦なくdisるけど、ノミネートされなかったことで騒いだ同胞をもからかうという「もちつけおまいら」ってな絶妙な内容で、やっぱりクリス・ロックはスゴイよなぁ、天才だよなぁ、というのが個人的な感想。これを「不謹慎な!」という世間様が良識を振りかざしたクレームで反対しないコメディーの文化は、アメリカすごいわー、懐深いわーと感心する。

つまりクリス・ロックは、こう言っていたのだ。「ああ、そうだよ、アカデミー賞のノミネート候補者が白人ばっかりってのは確かに人種差別だよ。だけど今こうやってキラびやかな集まりでノンキに騒げるってのはスゴイじゃないか。昔の人種差別なんてお互いに命がけだったんだからな。そこいらでおまえの婆ちゃんが(リンチされて)木からぶらんぶらんしてたら、どの海外のドキュメンタリーがいちばんよかったかなんてどーでもいーだろ?」とまぁ、こんなあしらい方されたら、納得するしかないよね。

まぁそんなこんなで無事にアカデミー賞授賞式が始まって、わりとマッドマックスが裏方の賞を総ナメでデスロード快進撃とか、6回めの正直、ようやく熊にレイプされる名演技でデカプーちゃんが主演男優賞とったとか、山場もありました。

最後の最優秀作品賞で、今年もイニャリトゥのThe Revenantがとるのかと思いきや、「スポットライト」とは意外だったなぁ。でもアレハンドロ・イニャリトゥ監督(昨年は「バードマン」)って2年連続でとるほどスゴイか?ってな意地悪がちょっと入って、Spotlightになったと思えばそれも納得。

でも、これも微妙な話でね。確かにカソリック教会で「アルターボーイ」と呼ばれる祭祀役の男の子が神父にレイプされたり、性的虐待を受けていたという話はこのスキャンダルが発覚する何年も前からあって、スッキリしないまま。前ローマ教皇のベネディクト2世の下で、臭いものに蓋をする方式がとられ、レイプしたと糾弾された神父を罰するのではなく、違う教区をあっちこっち移動させるだけでお茶を濁した。それを暴くボストン・グローブ紙のチームを追った映画。

最初に取材チームが紹介される場面で、リストラやコスト削減など環境が悪くなる中で櫛の歯が抜けるようにスタッフが転職していく。残る側もあの砂糖が脳天を直撃する甘ったるくてケバいケーキで送り出すのが関の山。結局ご飯を食べに行く時間もなくてそのケーキで食事を済ませるなんて描写も泣けてきた。

映画のみどころはやっぱり、このおぞましい問題を根気よく追う調査報道のドラマなんだけど、実は私、こういうジャーナリズムの話でヒーローを作り上げるのは好かんのです。もちろん、こういうの見てレポーターやデスクを志す殊勝な若者はいるだろうし、そういう熱血漢な記者はいていいんだけど、あ〜、モヤモヤする。

この手の映画の金字塔とされる『大統領の陰謀(All the President's Men)』だって、辣腕記者として描写されるボブ・ウッドワードとカール・バーンスティンは、このスキャンダルの前はペイペイの記者で、結果的にニクソン大統領が辞任に追いやられるという世紀の政治スキャンダルになったけど、それは例外中の例外であって。ウォーターゲート事件が明るみに出るきっかけとなったのは、民主党本部のオフィスに深夜だれかが忍び込んだらしいっていうチンケな空き巣事件だったんだよね。それが詳しく追ってみたらすごい芋づるが眠ってて、大手柄になったのは、たまたま、というより、やっぱり「ディープスロート」というタレ込みの大御所がいて、ベン・ブラッドリー(「スポットライト」に出てくるベン・ブラッドリー・ジュニアは彼の息子)というどえらい編集デスクの上司がいて、キャサリン・グラハムという胆力のあるおばさまがオーナーで、ワシントン・ポスト紙の影響力といえば、今以上のものがあった古き良き時代の話でさ。

でも、現代の現実の現場では、ほとんどのチンケな空き巣事件は掘り下げて調べてもチンケな空き巣事件でしかないことが多いし、「スポットライト」みたいに、カソリック教会みたいに権威のある宗教団体の悪事を暴こうとして握りつぶされた先人はいくらでもいる。

あんまりジャーナリズムがかっこ良くて、崇高で、正義の味方〜みたいな職業として描かれることに抵抗があるのだ。ほんとは地味で、気が滅入ることが多くて、権力者には袖にされるし、話を聞きたい人は喋ってくれないし、これどうやってウラとりゃいーのよ?って話も多いし、しかも日本の正社員の記者の皆さまとちがって給料安いし、どんなに学歴があっても入れないし、枕営業とまでは行かないがコビ売って取材をものにするライバルはいるし、男のくせにそういう見え透いた媚売っても女みたいに悪し様に言われないのがこれまた悔しいし、ガムシャラに書き上げても次の号が出ちゃえばゴミ同然だし…(昔この道を志した者として、古い愚痴が出ちゃった。てへ)

だから、ヤフーの社長に弱小メディアの炎上記者のインタビューに付き合ってるほどヒマじゃないってやんわりお断りされるのが普通なんですよ。ヤフーさんも、プラットフォームからマスメディア、少なくともジャーナリストのインキュベーターになる決意をしたそうですが、いきなり「日本からピューリッツァー賞を出す」などという目撃を掲げられても…(ピューリッツァー賞はアメリカのマスコミ限定で、外国人枠はないけどね)

ジャーナリストやレポーターになりたい人を安いギャラで搾取するサイトがまたひとつ増えるんですか、って話で。インキュベーターになるならそれ相応のコミットメントとカネをつぎこんでから言って下さいな。




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