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「マイ・ブックショップ」は地元セレブの勝手な村興しに巻き込まれた本屋さんの話

あんまり知られてないんでどこにも言及したことないんだけど、実はペネロピ・フィッツジェラルドという作家はずっと好きな1人。イギリス独特のちょっと皮肉混じりで穏やかなdisりが特徴的なんだけど、そこに人間に対する愛が感じられる彼女の言い回しが心地よくて。マーガレット・アトウッドといい、私はこういうウィットのある文章を書く人が好きなんだなぁww

ペネロピは学生結婚したアル中のダンナを支えて文芸誌やってたけど、ダンナの横領がきっかけでホームレス同然に落ちて、舟を家がわりに生活し、そこからコツコツ学校の先生として稼いでダンナを養い、作家としてのデビューが58歳の時という遅咲きで、教職も辞められず長く病気だったダンナを看取り…っていうけっこう悲惨な生涯なんだけど、それを感じさせない文章でね。

小説も4〜5冊ぐらいしか書いてないはずだけど、OffshoreもAt Freddie’sもそれぞれ設定が被らず、だけどみんな何かしら自分が体験したことを元に書かれている。ブッカー賞をとったBlue Flowerってのもあるんだけど、あれはちょっと苦手だったなぁ。最初から最後まで、なんでそんなつまらん女がそんなに好きになる?ってな。このタイトルだけ、フィッツジェラルドの実生活とあんまり関係ないからでは?と思ったり。

だが今回映画化されたThe Bookshopは、本屋さんで働いていたことがある彼女の経験が活かされているというわけだ。昔読んだ時の感想は、いかにもイギリスの小っこい村にありそうな、ひとクセもふたクセもある住人たちが織りなす日常のドラマってんっでしょうか、日本語版のポスターにある「本との一期一会」ってフレーズ、イマイチだよなぁ、ヒネクレ者の私は本を崇める系のストーリーはむしろ嫌いだったりするw

本屋さんを開こうとするハードボロってのは、小っこい村だからって村民がみんな仲良くしてるかっていうと、そうではなくて、平民とは友だちにはなれないぜ、みたいなアッパーな社交界のお貴族様もいれば、人付き合いできなくて勝手な噂たてまくられる隠遁者もいれば、日和見でえーかげんなことばっかのミドルもいるし、とんちんかんなウワサ話に興じてばかりのおばさん軍団もいるし、村の子どもたちも従順なのから生意気ざかりなのまで、そこが可愛え。それがなんで大人になるとみんな偏屈になるのかw

そんな村に「本屋さんをやろう!」と乗り込んでくる主人公は、一途なんだけど、その一途さが仇になるんだよねぇ。いよいよオープンするお店の前で感動しちゃってる姿は可愛いんだけど、仕入れた本の箱を開けて、すーはーすーはー紙の匂いを嗅いでるし、フェチで商売しちゃいかんだろう、っていうww

気になったのは、原作の文章を映画のナレーションで聞くと今ひとつ、響いてこないことかなぁ。主人公の本に対するこだわりとか、村の人たちの気質とかは原作で味わった方が数倍いい感じ。The Wifeに続いてハーパー・ジャパンが頑張っているので、こちらの翻訳版もおすすめ。

私はこの主人公フローレンス・グリーンを演じるエミリー・モーティマーという女優さんをHBOのドラマシリーズThe Newsroomで知って、その威勢の良さにホレてしまったのでした。アーロン・ソーキン脚本なのでテンポのいい(というよりメッチャ速い)セリフ回しが小気味よくて、これは映画『ブロードキャスト・ニュース』のホリー・ハンターを超えましたね、という天晴れな演技。

ただ、しゃべってナンボなので、The Wifeのグレン・クロースのように表情ひとつで心の奥底まで表現するまでには至らず、かな。それより、この映画ではビル・ナイの演技に注目ですよ。Love, Actuallyの内田裕也なロクンロールおじさんやってた人とは思えない、なにその寡黙な紳士ぶり。しかもいきなりレイ・ブラッドベリーのファンになるとかw

本屋さんのない村に頑張って本屋さんを作るという、そのあらすじだけで感動しちゃうのは違う、とも思う。ここに描かれているのは、書店主の思いが先走っちゃって、村の権力者が「アートセンター」なるものを作って村興しをしたいという欲望の邪魔になってしまう悲劇だと思うんだけどなぁ。どんなに頑張ったからって必ずしも報われるとは限らないのが人生だよ、ってな。

そしてそのバトルの道具にされちゃうのがナボコフの『ロリータ』。初版の刊行が1955年だから、その時期のお話なんだよなぁ。良くも悪くも、少女愛というものを考えさせる金字塔的なストーリーなんだが、日本のロリヲタはこういうのちゃんと読んでるのかしら?

この映画のメイキングを見つけたので貼っておきます。イギリスの映画がなんでゴヤ賞とってるの?と不思議だったのが、これで解決しました。

というわけで、映画も悪くないけど、やっぱりこの本はペネロピ・フィッツジェラルドが書いたから良かったんであって、単なる「本屋さんってステキ」的なお話にされちゃっるところにモヤるのであった。

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