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ウクライナ語とペルシャ語の「200」

2004 年だったか,イランを旅したときのこと。
ホテルのフロントで市内の観光地を回るタクシーを頼んだ。
途中で水を買いたくなり,運転手さんに言うと道端の雑貨屋さんに寄ってくれた。コンビニみたいにいろんなものを売っているお店。

私はペルシャ語がほとんど全くできないが,ミネラルウォーターを指して「これいくら?」とペルシャ語で聞いてみた。
数詞は頑張ってだいぶ覚えたので,なんとか聞き取れればいいなと思った。
答えは「دویست」。
デ,デヴィースト?
何と発音したのかはかろうじて聞き取れたと思うんだが,ええと,そんな数詞あったっけ?
数詞ではないのかな? うーん。

すると店主は 100 トマーン紙幣を 2 枚出して「これだよ」という仕草をした。
おお,200 ってデヴィーストだったか!
このときのやりとりは十数年経った今でも鮮明に覚えている

200 という数詞は 2(دو ド)と 100 (صد サド)の組み合わせではなく,個別に覚えないといけないやつだった。すっかり忘れてたよ。

さてさて,2022 年になってウクライナ語を学習しはじめたわけだが,200 を двісті(ドヴィースチ)というのだと知った。

えっ,これペルシャ語と似てね?
ペルシャ語が /devist/ でウクライナ語が /dvistʲi/。似とる!
違いは /e/ の有無と,末尾が /t/ か /tʲi/ かだけ。
ペルシャ語は語頭に /dv/ という子音連続が来れない(たぶん)ので /e/ が挿入されているのかもしれない。
あるいは逆に,ウクライナ語は特定の前後関係で母音が消える現象がよくあるので,そのせいで /e/ が消えているのかもしれない。
ウクライナ語の /tʲ/ は「口蓋化した /t/」だけど,そもそもペルシャ語には /tʲ/ と /t/ の区別が無い。/i/ が付いているのはなんかよく分からん。
そう考えると,両言語の音声体系の違いプラスアルファ程度の違いしかないように見える。

うーむ。
考えられる可能性は三つか。

  • 共通の祖語に由来

  • 外来語として伝わった(ウク→ペルかペル→ウク,もしくは X →ウク/ペル)

  • 偶然似ている

ウクライナ語もペルシャ語も印欧語族であり,ずんずん遡れば印欧祖語に行きつくと考えられている。
なので,数詞が似ていても不思議ではない,と。
ただ,ウクライナ語はスラヴ語派で,ペルシャ語はインド・イラン語派。親戚とはいえかなり遠い。
そのうえ,他の数詞がろくに似ていない。
祖先が共通であるゆえに似てるのだとすれば数詞全体がそれなりに似ていないとおかしい気がする。

では,外来語説はどうか。
これもなぜ 200 だけ(?)後から入ってきたのかが謎。
特定の数詞だけが外来語で置き換わるということは,ありえないとは思わないが,あるとすれば特段の事情がなければならない気がする。
それに地理的に隣接してもいない。ウクライナ語(というか東スラヴ語)の世界とペルシャ語圏とは,ユーラシア全体のなかでは近所と言えなくもないが,間にカスピ海,コーカサス,アナトリア半島,黒海がある。

やっぱり偶然の類似なのだろうか。そうだよね,きっと。

似ている理由は何であれ,そのおかげで двісті という数詞が覚えられた。ヂャークユ(Дякую;ありがとう)!
それから,ペルシャ語の دویست が覚えられたのは,あの道端のお店で 200 トマーンの水を売ってくれたおじさんのおかげ(語学におけるエピソード記憶最強説)。マムヌーナム(ممنونم;ありがとう)!

ここで筆をおこうと思ったが,ウクライナ語は 10 以下の数詞もまだ全部は覚えていないことに気づいた。11 以上の数詞は学習すらまだである(200 はたまたま目にしただけ)。
はい,頑張ります。


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