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「もういいよ、ササ美さん」(2)

ササ美さんとササ男さんは、夜ひっそりと寝静まったあとに、毎晩コミュニケーションを取っていた。テレパシーという類なのかもしれない。子供たちが寝静まった後に、帰宅した旦那さんをねぎらうように、ビールとつまみを出し、一緒に晩酌しながら、今日の出来事を話すように。ちょっと天然で喜怒哀楽が激しい、ササ美さんと、知的だけどのんびりしたササ男さん。夫婦の会話だ。

ちょっと待って。
「つまみになる側のササミが晩酌?」って笑ったのは誰?
愚か者。所詮、全能の神が不自由さを体験するためだけに、人間を作り上げたにすぎないのに、浅はかな思考で発言するとは、言葉を失います。あなたが大そうななこととして、考えてもどうしようもないことを真剣に悩んでる、仕事や恋愛や家族ー。全て神のお遊びなのに、ささみより自分の方が上だとでも思ってるのかしら? まあいいわ。わかる人だけが読み進めればいい。とにかく、ササ男さんが、「調理されるだろう」と思われた前日にはこんな会話を穏やかにしていたのだ。

ササ美 「そういえば、私達が売られていたスーパー、ロピアっていうらしいのよ! なんだかテーマソングが頭から離れないんだけど、ササ男さんも同じ?」

ササ男 「うーん、僕は多分違うな。そもそも、曲ってかかってたかな?笑」

ササ美 「意外とぼーっとしてるよね、ササ男さんは笑。えーどこだろ?イオンかな? 私より体格いいし、ササ男さんの方がちょっと高いのかもね。そうだ!あなたを買ったのって、あのササミを買い漁ってる、サキさんなんだって? 心配だわ。。。」

ササ男 「ササ美さんは、本当に心配性だね笑。それが素敵なところでもあるんだけど。まあ、サキさんという人もササミは扱い慣れてるだろうし、悪いようにはしないと思うから、大丈夫だよ」

ササ美 「明日だよね、お仕事。ササミのフライ風って言ってたよね? ちゃんと、筋を処理してくれるのかしら。心配だわ」

ササ男 そんなに心配ばかりしていたら、ササ美さん、肉質が硬くなっちゃうよ。大丈夫。きっと、立派なササミのフライ風にしてくれるよ。ありがとう。

ごめんなさい、立ち聞きしてただけだけど、なんだか泣けてきた。

ササ男さんは、もしかしたらこの時点で自分の末路をわかっていたのかもしれない。出兵前夜のように。少しでも、愛おしい人を苦しめないように。自分を落ち着かせるように、いつも以上に穏やかに語りかけていたのかもしれない。ただただ、ササ男さんが無事に職務を全うされることを願うばかりだ。今宵は心配でお酒が止まらない。

翌日。

夕方、慌ただしく、何品もおかずを作り上げているサキさんがキッチンにいた。蒸したカボチャ、きんぴらごぼう、冷凍用のビーツ、長芋の浅漬けなどが入ったタッパーが所狭しと散らばっている。手慣れた様子で、冷蔵庫からボリュームパックを取り出し、牛乳パックを引いたまな板にササミを並べた。肉を扱う日は牛乳パックを敷く、肉を処理する前に野菜を全て処理させる。これが彼女が勝手に決めたルールだった。

「さあ、やりますか」

そういって、ササ男さんの筋めがけて、一気に包丁を入れた。

「あっ」

普段冷静なササ男さんが声を出すのも、無理はなかった。筋には大量の肉がついたまま。本体もボロボロになってしまったからだ。ナイフからフォークに切り替えても、遅かった。急ぐあまり、かけるべき時間を完全に無視した結果がこれだ。そもそも、ナイフで筋を取る、というより、無理やりナイフで削ぐような行為をしただけで、ボロボロになるのは、明白だった。一瞬でヤク中のごとく変わり果てたササ男さんに「何かを包む」という余力はなく、廃人となったササミがそこにいただけだった。

1本だけだったら、よかったのかもしれない。よくあることだ。筋取りというのは、かなり難易度が高い。ボロボロになったやつは、あとで割いて、バンバンジーに使ってくれたら、満足。そう思っていた。

だが、その願い虚しく、2本目、3本目も同様だった。ボロボロの姿ではあったが、マジックソルトを振られ、適当にマヨネーズを塗られ、無残な姿のまま、パン粉を纏わされた。

「うーん。まあ、しょうがないね。まあ、どうせ最後は食べやすいように割くし、まあいいわ」

自己肯定感が高すぎるサキさん

そういうと、彼女は筋を取ることを諦め、なんとファミリーパックの残り6、7本を熱湯にそのまま投入したのだ。筋を取らずに。

筋を取らずに、ササミを茹でるとどうなるか。

ピンク色の肉と白い筋の境界線がわからなくなり、さらに硬くなって、剥離は困難だ。バンバンジーにするにしても、最初に筋を取るのが王道。それを、あろうことか、何も処理せず、熱湯に投入したのだ。どうなるかは彼女もわかっていた。ただ、面倒だった。家族用には筋を取るけど、自分がリモートで使うボイルササミは、あまりにも処理が杜撰だった。

ササ男さんの様子を、自分のことのように感じていたササ美さんは、

気を失った。

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