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橘くんと伊澤くん(一夜目)

「今日はケツの調子が悪いからH無しな」

俺が気だるく言い捨てると
相手の男、伊澤は目を丸くして俺を見た。
1ヶ月に2回こっきりの逢瀬。

「えー」とか「やだー」とか奴の口から
不満が出るのを俺は待った。

伊澤 遊衣(いざわ ゆい)

三度の飯よりセックスと酒が好きな
気持ちイイこと中毒体質のこの男。
もし夢がなんでも叶うなら
どんな仕事をしたいか聞いたら
「AV男優」と真顔で答えたぐらいだ。
快楽にはとことん抗えない快楽至上主義の
男なのだと、初めて寝た時にすぐ気がついた。

だから声の漏れるポイントを体の隅々まで
調べ上げて責めたて
「俺中毒」にさせた。

奴が一晩限りの相手を渡り歩き
言い寄る相手に「NOと言わないMr.ヤリチン」だと
重々承知していたので
俺とのセックスにハマらせるのが
この男をつなぎ止める唯一の方法だと
信じて疑わなかった。

いい塩梅に引き締まった体に、
整った顔が乗っかって
誰にでもさわやかな笑顔を向けるもんだから
男も女もおかまいなしに
向こうから寝たいと言われて寝るのが当然の男。
そんな男の太陽の様な笑顔が
俺にさんさん降り注いだせいで
ザ・パッとしない冴えない俺もまんまと騙され、
なけなしの勇気を振り絞って人生で初めての告白。
奴は一言「いいよ」とだけ言って笑い、
関係を持ち始めたのが半年前。

つきあってるんだかなんだか分からないまま、
とにかく隔週土曜の夜に奴は休まず
会いに来た。

「今日は本当にHしないの?」
伊澤が俺の顔を覗き込む。

「…したくない」

最初はこの顔のいい男と寝られる事で
そこそこの優越感に酔えたし、
俺とのセックスが最高だと奴から聞けば
小さな自尊心を満たす事が出来た。
だが、愛の言葉を耳にした事は一度もない。
ただして気持ちいい相手の一人に
自分から成り下がったのだと自覚してからは
どんどん惨めな気分になった。
奴を喜ばせるだけのルーチンになった
義務的なセックス。

このまま関係が前進するとも変化するとも思えない。

自分ではじめた事とはいえ
「所詮体が目当てなんだろ」って
安っぽい昼ドラみたいなセリフが
何度も頭で回り始めたし、そもそも
最初の「いいよ」ってどういう意味なんだよ。

告ったのは隔週Hする相手が
欲しかったからじゃない。

どんな形でもいいから奴を独り占め出来る時間が
欲しいという気持ちはいつか
高まるみじめさと反比例して下降、
俺はルーチンに一石投じる事にした。

つまらなそうにしたり、嫌がったり、
離れたらその程度の関係。
覚悟して奴の次の言葉を待った。

整った顔が、無邪気に俺に笑いかけた。

「やったー!今日チャンスじゃん」
「……え?」
「今日は一緒に酔えるって事でしょ?」
「…あ、ああ…?」
「俺が酒飲みすぎると立たないの知ってるでしょ。
 いつもセックスのパフォーマンス優先で考えてたから
 会う時は酔わない様にしてたけど
 しないなら今日は二人で酔っぱらえる!」

無邪気に笑う奴を見て、唖然とする俺。

「Hする事しか考えてないと思ってた…」
「ああ、それねー!もうみんなそれ
 俺に言うんだよね!」

口を尖らせる伊澤。

「そんな訳ないじゃん。一緒に気持ち良く
 なりたいだけ。そりゃHは好きだけど、
 橘くんの嫌がる事したくないよ?」

「痛いの痛いのとんでけー」と
俺の腰を撫でる伊澤を、
今度は俺がまん丸の目で見ていた。

「あとさぁ、月二回じゃなくて、
 デートは週一にしない?
 そしたら半分Hで半分酔えるでしょ。
 時々二人で酔っ払おうよ」

「…そんなことしたら…
 他の奴らと会う時間が減っちまうぞ…?」

頬杖をついて奴はにんまり笑って続けた。

「わかってないね、橘くん、俺の事ただの
 ヤリチンだと思ってたら大間違いだよ。
 中毒体質だからね、一つの事にハマると
 長いよ。責任とってもらうから」

伊澤が隣の席からもたれかかってきたかと思うと、
俺の頬にすりっと頬ずりし、
俺の目を間近に見つめた。

「橘くんとなら何度Hしてもいいよって、
 俺最初の時に言ったよね」

はいはい「いいよ」って
やっぱりそういう意味な

「でもHしなくても会いたいって思う人は
 他にいないんだよね」
「……」

屈託なく笑う奴に、
バカお前それどういう意味か
分かって言ってんのかクソ懐きやがって…

頭を抱えて耳まで真っ赤な俺を
小首を傾げて見る伊澤


奴にドハマりしてたのは俺の方だこの野郎…

「橘くんと伊澤くん」一夜目・終

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