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浅野いにお「零落」 繰り返されるテーマ

自分でも気付かないような人間の心の裏側にある醜さや欲望を表現する「おやすみプンプン」に衝撃を受けて学生時代に読み漁った浅野いにお作品。

「零落」ではある漫画家(作者を投影している)が、漫画家に憧れた学生時代、夢を叶えて一躍ヒット作を出してから、自由やお金を手に入れた一方で発行部数が伸び悩み焦燥や虚無感に苛まれるまでが描かれる。

他者への期待と孤独

テーマとなっているのは、他者への期待と孤独。漫画家である彼が常に誰かに自分を理解してもらえると期待し裏切られていく様子が何度も描写される。
学生時代、普段何事も褒めない当時の彼女が「私、先輩の漫画結構好きです」と褒めてくれた(きっと当時実際に言われて作者が大切にしまっている言葉なのだろう)ことが彼の支えになる一方で、「あなたは化け物だ」と人間生を一蹴される。
編集者である妻は「あなたの漫画を一番理解している」と何度も歩み寄るが、「あなたより売れている」と担当作家を優先するシーンも多い。
スランプに陥り堕落し退廃的な生活を送る彼にとって光となっていた、常に彼の漫画を心待ちにする熱狂的なファンも同様。自嘲的に大衆受けを狙って描いた作品のサイン会で会えば「感動した」と涙を流し、彼は理解してもらえていないことに愕然とする。

結局、彼が唯一心を許した猫目の風俗嬢が映画の字幕を覆っていたように、相手の心なんてよく見えないくらいがちょうどいいのだ。

ハッピーエンドではない

漫画家の彼が学生時代の彼女の「あなたは一生ひとりだ」「化け物だ」と言う言葉が自分の行く末を暗示していると回想して漫画は終わる。彼の孤独は全く癒やされないままのエンディングで、作者本人も単行本発行にあたり「ハッピーエンドだと思ってほしくない」と加筆している。

何も解決しない結末に後味の悪さが残るが、漫画の中では化け物のような自分を自覚的に自嘲するシーンも多く、そこに彼の客観性が垣間見え、いちファンとして安堵するところも大きい。出会った女性から言われた「あなたは他人を理解しない」と言う言葉は彼にとって戒めにもなっているのではないか。読者を馬鹿にして商業主義に走る漫画家を描くことで、何かしら自分に歯止めをかけている印象も受けた。どうか引き続き読者を馬鹿にせず心から湧き出る狂った表現を続けてほしい。

「零落」は前作「デデデ」と異なり短編で数十分で読めるが、彼の漫画らしく人間の生臭さが全面に出ていた。その割に過去の短編にあったような吐き気をもよおすような性表現は少ない。作者の年齢的なものだろうか。

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