見出し画像

サクラダツープラトン

【人物】

 山城清澄(38)  特命捜査第8係・刑事(警部補)
 角鹿(つぬが)クラウド(28)  陰陽師
 国枝定吉(55)  特命捜査第8係・係長
 平野拓人(27)  捜査一課第6係・刑事(巡査部長)
 宮下重彦(45)  捜査一課第6係・係長
 戸田肇(49)     捜査一課長
 三井誠一郎(50) 刑事部長
 猪飼達実(45)  成城署刑事
 日野健二(45) クリーニング店店主
 日野結夢(ゆめ)(7) 故人・日野の娘
 刑事1
 刑事2
 大家(女・60代)
 婦人警官
 客(男・40代)
 酔客1(女)
 酔客2(男)


【本文】


○コンビニ・前(朝)
   住宅地にあるコンビニ。雨上がり。
   コンビニから出てくる山城清澄(38)、
   とても急いでいる。

○道路(朝)
   住宅地。通勤通学の人たちがいる。
   小走りで、あんパンを取り出す山城。
山城「遅刻、遅刻!」
   山城、あんパンをくわえて角を曲がる。

○走る自家用車(朝)

○道路(朝)
   角を曲がった山城、走って来た車にぶ
   つかりそうになるが、ぎりぎり避ける。
   車はクラクションを鳴らして通り過ぎ、
   水たまりの水を勢いよく跳ね上げる。
山城「うわっ!」
   頭からずぶ濡れになる山城。

○警視庁・全景(朝)

○同・廊下(朝)
   シャツとスラックス姿の山城が歩いて
   いる。髪は乾いておらず、タオルを首
   にかけている。
   山城が通りかかるのと同時、脇のドア
   が勢いよく開く。
   顔面からドアに衝突する山城。
山城「ぎゃ!」
   婦人警官がドアから顔を出す。
婦人警官「あっ、すみません!」
山城「このバカ! 歩いてる人がいねぇかどう
 か開ける前に確認するのが常識ってもんだろ
 うが!」
婦人警官「すみません!」
   平謝りする婦人警官。

○同・捜査一課(朝)
   刑事達でざわついている捜査一課部屋。
   第四強行犯捜査殺人犯捜査第6係の係
   長席に宮下重彦(45)が座ってデスク
   ワークをしている。
   平野拓人(27)と刑事1、刑事2はド
   ア近くで立ち話。
平野「や、も、びっくりっしょ。突然だし」
刑事1「ついにやらかしたかね、クロさん」
平野「『俺のカンに間違いはねーんだよ!』っ
 て、つっ走っちゃうヒトですしねー」
刑事2「当たると大きいけど、いつもギリギ
 リのクロさんだしなぁ」
   ドアが開き、山城が入ってくる。
   一瞬静まる室内。
   すぐにざわめきが戻り、平野と刑事1、
   刑事2も自席に向かって動く。
山城「……え、何?」
   平野を背中から強引に捕まえる山城。
山城「おい、平野」
平野「……あ、おはよっす、シロさん、つか、
 今朝は遅かったっすね」
山城「寝坊して、機種変したばっかのスマホ
 便ポチャして、車にひかれそうになってず
 ぶ濡れになったんだよ」
平野「便ポチャ? あ、便器にポチャン」
山城「うるせぇ復唱すんな! ……で? 何
 だよ、この空気」
平野「シロさん、辞令、知らないんすか?」
山城「辞令?」
平野「シロさんの席、6係にはもうないっすよ」
   山城、慌てて自席へ。
   机はきれいな状態。内線電話しか残っ
   ていない。机の上も引き出しもカラ。
山城「おい、これ、どういうことなんだよ!」
   目をそらす平野。
   宮下が仕事の手を止めて立ち上がる。
宮下「うるさいぞ、山城。ついてこい」
山城「え? 係長、え? どういう?」
   宮下、山城を連れて部屋を出て行く。

○同・刑事部長室前(朝)
   先に宮下、後ろに不満そうな山城がド
   アの前で立ち止まる。

○同・刑事部長室(朝)
   来客用ソファの上座に角鹿(つぬが)
   クラウド(28)が座っている。角鹿の
   向かいに三井誠一郎(50)と戸田肇(49)
   が並んでいる。
三井「先生のご協力がいただけるなんて、本
 当に光栄ですよ。ははははは!」
角鹿「お役に立てれば良いのですが」
三井「そんな! ご謙遜を! なぁ、戸田君」
戸田「そうですね、刑事部長」
   ノックの音。
三井「ああ、やっと来たようだ」
   戸田が立ち上がってドアを開ける。
   宮下が黙礼し、山城とともに入室。
   角鹿と目が合う山城。
角鹿「おはようございます、刑事さん」
山城「ああっ、お前、昨日の!」
三井「こら貴様、角鹿先生に向かってなんて
 口の利き方をしている!」
山城「は? 先生?」
三井「角鹿クラウド先生だ」
角鹿「私の言葉が正しかったこと、ご理解い
 ただけたのでは?」
三井「先生は山城をご存じでしたか」
角鹿「ええ。昨日少し」
山城「てめぇ、スカしやがって……!」

○(回想)新宿繁華街・全景(夕方)

○(回想)同・ビルの隙間(夕方)
   飲食店テナントビルの隙間の路地。
   角鹿と客(40代・男)が向き合って立
   っている。
   ビニール小袋を角鹿が差し出す。

○(回想)同・通り(夕方)
   ビルの隙間の角鹿と客の取引を見る山
   城。平野も遅れて立ち止まる。
平野「シロさん、何かあります? あ」
   ビルの隙間の角鹿に気づく平野、思わ
   ず立ち止まる。
平野「うわ……すげーイケメン」
   ビルの隙間に突っ込んでいく山城。
平野「あ! こういうのは所轄にって! も
 う、シロさん!」
   山城を追う平野。

○(回想)ビルの隙間(夕方)
   向き合っている角鹿と客。
   走ってくる山城と平野。
山城「おい! そこの二人!」
角鹿「行って下さい」
客「は、はい!」
   走り出す客。
   平野は客を追って行く。
   山城は角鹿の肩を掴む。
角鹿「手を離してください。痛い」
山城「ブツは何だ。アイスか? チョコか?
 そいつを見せろよ」
角鹿「警察ですか。薬物ではありませんよ」
山城「……見せろっつってんだよ!」
   山城は角鹿の手を掴む。角鹿は振り払
   おうとする。
山城「公務執行妨害っての、知ってんだろ、
 ああ?」
   角鹿の手からビニールの小袋を取り上
   げて、開く山城。小袋の中には白い封
   筒が入っている。
山城「何だ、こりゃ」
   山城が封筒を開く。
   中から白木のお札が出てくる。表面に
   は呪(まじない)が描かれている。
   ためつすがめつする山城。
            (回想ここまで)

○元の警視庁・刑事部長室(朝)
   向き合って立っている山城と角鹿。
   角鹿の後ろに三井と戸田が、山城の後
   ろには宮下がいる。
角鹿「あなたは宿星(しゅくせい)の加護、
 わかりやすくいえば、生まれ持っていたツ
 キを失ったんです。あなたが台無しにした
 秘術の反動が、あなたの星脈(せいみゃく)
 を壊してしまったからです」
三井「山城、お前、角鹿先生に無礼を働いた
 のか! 先生、本当に申し訳ありません」
角鹿「私は大丈夫です、三井さん。心配なの
 は山城さんの方ですよ」
   山城、尻ポケットから警察手帳をひっ
   ぱり、挟んであった角鹿の名刺を出す。
   名刺は泥と水でヨレヨレ。
山城「い……いんようし、つのがクラウド」
角鹿「陰陽師、角鹿クラウドです」
三井「とにかくだ、山城。今日からお前は角
 鹿先生のお世話係だ。いいな」
山城「……は? はあ?」
   山城は納得していない。

○同・捜査一課特別資料室
   事務ファイルが並ぶ書架が詰め込んで
   あり、書類ケースも積み上がっている
   狭い部屋。ほこりっぽく、薄暗い。書
   架の隙間にデスクが三つある。
   係長席に国枝定吉(55)が座っている。
   残りのデスクのうち片方に閉じていな
   い段ボール箱がぽんと置いてある。
   資料室に一歩入ったところで立ちつく
   している山城。
   その後ろに角鹿。
国枝「山城警部補? それに角鹿さん?」
山城「あ、はい」
国枝「僕は国枝といいます」
   招く国枝。戸惑いながら応じる山城。
   平然とついて入る角鹿。
山城「ここは、一体?」
国枝「警視庁刑事部捜査一課特命捜査対策室
 特命捜査第8係です。担当するのは未解決
 事件、いわゆる迷宮事件ですね」
   段ボール箱に気づいた山城、慌てて中
   を覗き込む。
山城「これ、俺のデスクの!」
国枝「君、今日からうちの子。よろしくね」
山城「う、うちの子……」
国枝「刑事部長の肝いりで特別編成された極
 秘部署だよ。一見すると資料整理班、その
 実態は! ってやつ。すごいよね、権力」
山城「え、あ、はあ……」
国枝「山城君、テレビ好き?」
山城「は? まあ、普通ですかね」
国枝「三井君は大好きなんだよね。特に、ノ
 ンフィクション風のヤツ」
山城「『野生の楽園』とか、そういう?」
国枝「CIAの超能力捜査官とか、FBIの
 霊能力者とか。見たことあるでしょ。遺体
 が埋まってる場所を透視したりするアレ」
山城「あ? ああ、ああー……あ! まさか、
 それで陰陽師? 日本版だから?」
角鹿「正解です。さすがですね、刑事さん」
山城「マジか!」
国枝「まあとにかくそういう訳で、運転手は
 君で車掌が僕。角鹿さんは特別顧問という
 ことになりました」
角鹿「陰陽道は占いでも超能力でも霊能力で
 もありません」
国枝「善良なる市民のご協力、感謝します」
角鹿に敬礼する国枝。笑む角鹿。
   山城、呆然と。
山城「……マジか」
国枝「じゃあ、早速。この件をお願いします」
   国枝、デスク上に置いてあったファイ
   ルを取り、角鹿に手渡す。
山城「捜査資料を部外者に見せていいんです
 か、係長! こんなうさんくさい!」
   角鹿からファイルを奪う山城。
山城「俺達警察官には守秘義務ってのがある
 んだよ!」
角鹿「さすがに資料もなしに卦(け)は立て
 られませんよ」
   ×   ×   ×
   空いていたもう一つのデスクについた
   角鹿。デスク上には占盤(ちょくばん)
   と算木(さんぎ)が出ている。
   向かいのデスクから道具と角鹿を見比
   べている山城。
   事件ファイルは山城の手元にある。
   湯飲み片手にデスクについている国枝。
角鹿「事件発生日時と場所を」
   山城、ファイルを開く。ファイルには
   『世田谷区八幡山小二女児殺害事件』
   とラベルが貼られている。
山城「2003年8月17日午前六時二分世田
 谷区八幡山4丁目の児童公園で遺体発見」
角鹿「亡くなった方の生年月日と性別」
   占盤を操作する角鹿。
山城「1996年4月4日、女」
   算木を捌く角鹿。
角鹿「卦は風火家人(ふうかかじん)」
山城「何だと!」
角鹿「ご存じでしたか?」
山城「んなわけないだろ。どういうことだ
 よ。説明しろ」
角鹿「一般的には家庭円満を示す卦です」
山城「事件に関係ねぇだろ」
角鹿「亡くなった方にご家族は?」
山城「あー……母親はガイシャが3才の時に
 病死、父親だけだな」
角鹿「お父さんの生年月日」
山城「あ? 父親? 日野健二、1972年
 3月1日生まれ、事件当時31才」
   再び算木を捌く角鹿。
角鹿「……お父さんに会いに行きましょう」
山城「今からかよ」
   角鹿は立ち上がる。
   山城、国枝に目で助けを求める。
国枝「あ、そうそう」
山城「係長!」
国枝「山城君。これ、うちの子用の携帯。6
 係のは置いていってね。返しておくから」
山城「係長~!」
国枝「はい、いってらっしゃい」
   国枝、携帯電話を山城に差し出す。

○走るパトカー

○日野クリーニング・店前
   パトカーが停まり、運転席から山城、
   助手席から角鹿が降りる。

○同・店内
   日野健二(45)がレジ前に緊張した様
   子で立っている。
   店に入ってくる山城と角鹿。
日野「いらっしゃいませ」
   警察手帳と襟バッチを示す山城。
山城「ちょっと聞きたいことがありましてね」
角鹿「奥さんとお嬢さんを大切に思っていら
 したんですね」
日野「何を急に。そんなの当たり前じゃない
 ですか」
角鹿「あなたは家族三人で仲良く暮らしたか
 った。それはお嬢さんの望みでもあった」
日野「それは……はい。そうです」
角鹿「望みは叶わなかった。二人と一人。あ
 なたは後悔している。……置いていかれて
 しまいましたね」
   日野、ショックを受ける。
山城「おい、大丈夫か、あんた!」
日野「……俺なんです」
   激しく泣き崩れる日野。
山城「はあ?」
日野「結夢(ゆめ)を殺したのは、俺なんで
 す。あの子を一人で逝かせてしまって、追
 い切れなくて、ずっとずっと、謝りたくて、
 長い、長かった……」
   山城、驚いて声も出ない。

○同・店前
   山城に連れられて出てくる日野。
   その後に角鹿。
   路肩に停めたパトカーの後部座席に日
   野を乗せる山城。
山城「……何でわかった」
角鹿「何でって。卦を立てましたから。山城
 さんも見ていたじゃないですか」
山城「んなことを聞いてんじゃねぇ。何であ
 んなことくらいで自供しやがるんだよ、意
 味わかんねぇだろうが!」
角鹿「……私が、全部、見通したのが解った
 からじゃないでしょうか」
山城「……はぁ?」
   パトカーに乗り込む角鹿。
   遅れて山城は運転席に。

○警視庁・全景(夜)

○同・エントランス(夜)
   エレベーター側から歩いてくる山城と
   角鹿。
角鹿「ここで結構ですよ」
   山城、立ち止まる。
角鹿「面白い一日でした。それでは」
   山城は黙ったまま突っ立っている。
   角鹿、立ち去ろうとして、戻ってくる。
角鹿「言い忘れました。三〇〇万円です」
山城「あ?」
角鹿「三〇〇万円あれば、あなたを助けるこ
 とができます」
山城「……は?」
角鹿「つまり、壊れた星脈を再び結ぶ術に必
 要な金額ということです」
山城「てめぇ、気味悪いことを言って刑事を
 恐喝する気か。いい度胸じゃねぇか」
   角鹿、山城に背中を向けて歩き出す。
角鹿「何かあったら連絡を」
   出て行く角鹿。
山城「誰が連絡なんかするか! 二度と警視庁にくんなっ!」
   エレベーターが到着する音。ばたばた
   と靴音がして、三井が走ってくる。
三井「角鹿先生! おい、山城、先生はどう
 した?」
山城「あいつなら帰りましたよ」
三井「小二女児殺害事件の犯人を見つけたん
 だろう! 大手柄じゃないか! お礼を言
 わなくてはならんだろうが!」
山城「いらんでしょう、あんな詐欺野郎に礼
 なんて」
三井「……お前。先生に失礼なことを言わな
 かっただろうな? ご機嫌を損ねて、もう
 協力しないなんて言われたらどうするんだ」
山城「清々するんじゃないですかね」
三井「山城!」
   エレベーターから平野が降りて、走っ
   てくる。
平野「いたいた、シロさん!」
山城「あん? どうした平野」
平野「マンションの大家さんから電話があっ
 たんすよ。なんか、シロさんとこ大変なこ
 とになってるっぽいっすよ」

○坂の上マンション・全景(夜)

○同・山城の部屋・玄関(夜)
   202号室、1DK。玄関から部屋全
   体が見渡せる。玄関ドアは開きっぱな
   し。室内は片付いているが水浸し。天
   井から水滴が雨のように降っている。
   呆然と立ちつくす山城と、その様子を
   うかがっている大家(60代・女)。
大家「403号室の田中さんとこが水漏れで。
 洗濯機の配水管がもうアレだったんだって。
 それでそこから、こうね、こう、ピラミッ
 ド型っていうの? そーいうカンジで水が
 だだだだだーって。アレみたいよね、ほら、
 テレビで見たことあるヤツ、シャンパンサ
 ワーっていうアレ」
山城「……それを言うならシャンパンタワー。
 で、これ、どうすりゃいいんすか」
大家「うちの建物が古くてね、アレなんだっ
 て。もうあっちこっちから水がびゃーって。
 きっちり全部、修理しないと無理じゃない
 かなって前から言われてたのよねぇ」
山城「前?」
大家「そう。だから思い切って手を入れよう
 って、翔ちゃんとも相談して決めたのよ」
山城「翔ちゃんって誰」
大家「孫よ。すごく頼りになるんだから。そ
 れでね、山城さんには悪いけど、部屋もこ
 んなだし、今月で契約切れだし、お引っ越
 しして貰っていいわよね」
山城「はぁ? え? はあ?」
大家「損害保険は出ると思うの。敷金は全額
 お返しするしね。お部屋、早く探してね。
 それじゃあね」
   大家、言い逃げして出て行く。
山城「は……え、えええ?」
   水浸しの玄関に取り残された山城、呆
   然とする。

○(フラッシュ)山城の部屋・トイレ(朝)
   パジャマ姿の山城。トイレを済ませて
   立ち上がる。ズボンをなおしたところ
   で手元からスマホが落ちる。
   水音。
山城「ぎゃああああ!」

○(フラッシュ)道路(朝)
   車がクラクションを鳴らして通り過ぎ、
   水たまりの水を勢いよく跳ね上げる。
山城「うわっ!」
   あんパンをくわえたまま、頭からずぶ
   濡れになる山城。

○(フラッシュ)警視庁廊下(朝)
   廊下を歩いている山城、脇のドアが開
   き、顔面からドアに衝突する。

○元の山城の部屋・玄関(夜)
   玄関で呆然と立ちつくしている山城。
   室内は水浸しで、天井からは雨。
山城「なんでこんな、急に、ツいてないんだ」

○(フラッシュ)繁華街・ビルの隙間(夕)
   角鹿の手からビニールの小袋を取り上
   げて、開く山城。小袋の中には白い封
   筒が入っている。
山城「何だ、こりゃ」
   山城が封筒を開く。
   中から白木のお札が出てくる。

○(フラッシュ)警視庁刑事部長室(朝)
   向き合って立っている山城と角鹿。
角鹿「ツキを失ったんです。あなたが台無し
 にした秘術の反動です」

○(フラッシュ)警視庁エントランス(夜)
   立っている角鹿。
角鹿「何かあったら連絡を」

○元の山城の部屋・玄関(夜)
   玄関で立っている山城、手には携帯電
   話と角鹿の名刺。
   山城、電話番号を押す。
   コール音が一回鳴るのを聞いて、慌て
   て切る山城。
山城「弱気になってんじゃねーぞ、俺!」
   水浸しの自分の革靴を蹴飛ばす山城。
   握ったままの携帯電話が鳴る。
   驚き、携帯電話を見る山城。角鹿の番
   号が表示されている。
   山城、電話を切る。
   すぐにまた、携帯電話が鳴る。
   山城、電話を取る。
山城「さっきのは間違い電話だ、勘違いすん
 なよ、くそったれ野郎! ちょっとイケメ
 ンだと思ってスカしやがって」
角鹿の声「(電話)……山城さん?」
山城「……おい、どうした」

○角鹿宅・バスルーム(夜)
   消灯しているので暗い。
   蓋を閉じたバスタブの中で、角鹿は携
   帯電話を握りしめている。
角鹿「(小声)助けてください」
山城の声「(電話)お前、いまどこだ。どうし
 た、何があった」
角鹿「(小声)自宅です。ヤツが……寿限無が
 いて、それで、バスルームに、隠れて」

○山城の部屋・玄関(夜)
   玄関で電話している山城。
   室内は水浸しで、天井から雨。
山城「ジュゲム? 何だそりゃ」
角鹿の声「(電話)もうだめです、お願い、助
 けてください」
山城「わかったから落ち着け。お前んちどこ
 だ? 名刺の住所でいいのか?」
   通話しながら部屋を出て行く山城。

○坂の上マンション・前(夜)
   マンションエントランスから走り出し
   てきて、タクシーをつかまえる山城。

○西麻布住宅街・全景(夜)
   閑静な住宅街。

○角鹿宅・門前(夜)
   高級賃貸住宅。二階建て。オートロッ
   ク式の門があり、その先にアプローチ
   と建物玄関が見えている。
   隣接してレストランがある。
   タクシーから降りる山城。
山城「マジか。豪邸じゃねぇか」
   玄関チャイムを押そうとする山城。そ
   の直前、門扉のロックが解除される。
   戸惑いつつあけ、入る山城。
   山城が玄関ドアに手をかけると開く。

○同・玄関中(夜)
   広々とした玄関。あがってすぐ、階段
   がある。階段だけ灯りがついている。
   1階事務所側、2階住居。
   玄関ドアを開けて入ってくる山城。
山城「おーい、来てやったぞ」
   携帯電話にショートメッセージが着信。
   確認する山城。
山城「2階に上がってこいってか」
   山城、靴を脱ぐ。

○同・2階廊下(夜)
   階段をあがると廊下。廊下にしか灯り
   がついていない。
山城「風呂場はどこだ。ここか」
   手近なドアを開ける。

○同・洗面所(夜)
   左右にトイレとバスルームがある。
   入ってくる山城、バスルームのドアを
   開ける。

○同・バスルーム(夜)
   広いバスルーム、大きなバスタブ。バ
   スタブの蓋が閉まっている。
   バスタブの中に角鹿が隠れている。
   山城、入ってくる。
山城「おい、来たぞ。ジュゲムってのはどこ
 だ。どんなヤツだ。エモノは持ってんのか」
   バスタブの蓋をあけ、角鹿が出てくる。
角鹿「山城さん!」
   山城にしがみつく角鹿。
角鹿「もう、だめなんです、集中もできなく
 て、それで、キッチンに追い詰めさせたん
 ですが、もう、ぼく、だめで」
山城「何言ってんのかわかんねぇだろうが! 
 落ち着け、ほら、ヒッヒッフーだ。キッチ
 ンどこだ」
角鹿「階段を上がってすぐのドアです」
山城「わかった。ここで待ってろ」
   山城、出て行こうとするが、角鹿がし
   がみつく。
山城「こら離せ!」
角鹿「イヤです! 一人にしないで!」

○同・キッチン(夜)
   灯りはついている。冷蔵庫が開けっ放
   しだが、他は片付いている。調理台に
   料理途中のまな板。
   コンロに蓋を閉じた鍋がかかっている
   が、火は付いていない。
   警戒しながら入ってくる山城、背中に
   すがりついている角鹿。
山城「……誰もいねぇぞ」
角鹿「います」
   角鹿、鍋を指す。
山城「はぁ?」
   山城、ずかずかと鍋に近づき、蓋を開
   ける。閉じこめられていた大きなゴキ
   ブリが飛ぶ。
角鹿「きゃああああああ!」
   悲鳴を上げて座り込む角鹿。
角鹿「とんだぁあああ!」
山城「ゴキブリじゃねぇか」
角鹿「飛んで、ヤツ、飛んで! どこにいっ
 たかわからない、そこから出てくるんです
 か、あそこですか、ぼくは、あああああ!」
山城「わかった! わかったから落ち着け! 
 落ち付けっつってんだろうが!」
   山城、角鹿を宥める。角鹿は山城にす
   がりつく。
角鹿「もうだめだもうだめだ……」
山城「おい、大丈夫か? 息しろ?」
   その場に崩れた角鹿は震えている。
山城「ったく、さっきまでのスカしっぷりは
 どこ行ったよ、先生さんよぉ」
   山城、角鹿を立たせ自分も立ち上がる。
山城「……仕方ねぇ。俺が退治してやるから
 もう泣くな」
角鹿「え……?」
山城「新聞紙はどこだ? 熱湯がいいか。あ、
 殺虫剤がスタイリッシュってか?」
角鹿「殴って潰してエキスを広げるのは嫌で
 す。熱湯も同じです。……殺虫剤はありま
 せん」
山城「何で」
角鹿「パッケージに寿限無が……」
山城「マジで世話かけさせやがるな、お前!」
   山城、出て行こうとするが、角鹿にし
   がみつかれる。
角鹿「どこに行くんですか! 僕を置いてい
 かないで!」

○西麻布のコンビニ・全景(夜)

○同・店内(夜)
   入ってくる山城と、山城の上着の裾を
   掴んでいる角鹿。
   山城はレジカゴに殺虫剤スプレー缶を
   いれ、角鹿の様子をうかがう。
   角鹿は俯いたまま。
   山城は下着と歯ブラシもカゴに入れる。

○同・店外(夜)
   レジ袋を提げて出てくる山城と、山城
   の上着の裾を掴んでいる角鹿。
   その手前をパトカーが通り過ぎる。

○パトカー内(夜)
   運転席に刑事1、助手席に刑事2、後
   部シートに平野。
   平野、振り返る。
平野「今の、シロさんじゃなかったっす?」
刑事2「あ? そうだったか?」
平野「コンビニんとこ。誰かと、手、つない
 でたっぽく見えたんすけど……」
刑事1「へぇー。クロさんでも女がいたか」
刑事2「まあ、俺達より上だしな」
平野「女ってか……」
   考え込む平野。

○角鹿宅・キッチン(夜)
   殺虫剤スプレーを構えた山城。
   山城は冷蔵庫の隙間にゴキブリを追い
   詰め、殺虫剤を噴射。
山城「よっしゃあ!」

○同・リビング(夜)
   大型テレビとソファセットがある。
   ソファで縮こまっている角鹿。
   キッチンから出てくる山城、手には丸
   めたティッシュを持っている。
山城「おい、やったぞ」
   ほっとして顔を上げた角鹿、ティッシ
   ュを見て、
角鹿「いやです、来ないで見せないで! 捨
 ててきてください!」
   山城、ゴミ箱に捨てようとする。
角鹿「違う! 外! 遠くへ!」
山城「面倒くせぇな、こら」
   キッチンに戻っていく山城。

○同・玄関・外(夜)
   丸めたティッシュで膨らんだコンビニ
   のビニール袋が玄関脇に置いてある。

○同・リビング(夜)
   ソファに座っている角鹿と山城。
   山城の前には缶ビールが出ている。
角鹿「ありがとうございました、山城さん。
 本当に助かりました」
山城「おどかしやがって。強盗にでも居直ら
 れたのかと思っただろうが」
角鹿「すみません。でも、本当に苦手で」
山城「ゴキブ」
角鹿「(さえぎって)寿限無です」
山城「面倒くせぇな! ジュゲムぐらい、自
 分でなんとかしろよ。男だろ」
角鹿「男女は関係ありません。苦手なものは
 苦手です」
山城「まぁ、それもそうか」
   山城、ビールを飲んで、角鹿の様子を
   眺める。
角鹿「先月入居したばかりなのに。……すぐ
 にハウスクリーニングを手配します」
山城「そりゃいい。一匹見たら三〇匹いると
 思えってのがジュゲム対策の鉄則だしな」
   見つめ合う山城と角鹿。
山城「……泊まってってやろうか?」
角鹿「お願いします」
   山城、角鹿に見えないところでガッツ
   ポーズする。

○同・ゲストルーム(夜)
   和室。畳がまだ新しい。
   山城を案内して入ってくる角鹿。
角鹿「滅多に使わないんですが、掃除はさせ
 ていますから」
山城「贅沢は言わねぇ。ホテル代が浮いてラ
 ッキーってもんだしな」
   角鹿、山城を見る。
角鹿「水難に遭いましたか」
山城「……それって、上の階からの水漏れ被
 害も含まれる系?」
角鹿「はい」
山城「俺が、ツキを失ったから?」
角鹿「三〇〇万円です。早めに手を打ったほ
 うがいいですよ」
   角鹿、出て行く。
   山城は不満げ。
山城「ジュゲム退治のお礼に何とかって言え
 ねぇのかよ! ケチ!」
   ドアが開いて、角鹿が顔を出す。
山城「ぎゃ!」
角鹿「これを差し上げます。お礼です」
   角鹿、お守り袋を差し出す。
山城「お守りか?」
   受け取る山城。
角鹿「おやすみなさい」
   出て行く角鹿。

○同・ゲストルーム前の廊下(夜)
   ドアを背にした角鹿、考えこんでいる。

○警視庁・全景(朝)

○同・捜査一課前廊下(朝)
   歩いてくる山城、手にお守り袋を持っ
   ている。
   捜査一課のドア前で立っている平野。
平野「あ、シロさん! おはよっす」
山城「おう平野。おはよーさん」
平野「何すか、それ」
山城「……ちょっとな」
   山城、お守り袋を上着の左内ポケット
   にしまう。
山城「で、どうしたよ」
   平野、山城の手を両手で握って廊下の
   端に引っ張る。
山城「なんだよ、急に! どうした!」
平野「俺、そういう偏見とか、ないっすから」
山城「は? 何の話だよ」
平野「俺、シロさんのこと、ずっと性格悪い
 だけの人だって思ってたんすけど、秘密が
 あったから態度も悪かったんすね」
山城「性格悪い、態度悪いって、平野お前、
 俺のことそんな風に思ってたのか」
平野「もういいんです。俺が悪かったんす。
 人間、でかい隠し事があると細かいことに
 気が回らないもんすよ」
   平野、思い切り頭を下げる。
平野「本当にすんませんでした!」
山城「何だよ、なんなんだよ!」
   平野は山城から手を離して一礼、捜査
   一課部屋のドアの方に動く。
平野「お幸せに!」
   振り返って笑い、捜査一課部屋に駆け
   込む平野。
山城「……だから、何が?」
   見送って山城、困る。

○同・捜査一課特別資料室(朝)
   ドアを開けて入ってくる山城。
   国枝がデスクでお茶を飲んでいる。
山城「おはよーございまーす」
国枝「はい、おはようございます」
   国枝、新聞を広げて山城に見せる。
   『結夢ちゃん事件解決』の大見出しが
   一面トップ記事。
国枝「刑事部長が記者会見するらしいから、
 山城君も立ち会ってきてくれる?」
山城「面倒く……いや、まあ、仕事ですしね。
 わかりました」
国枝「三井君、鼻の穴が膨らみまくってたよ。
 大喜び。あれは調子に乗っちゃったね」
山城「あんなあっさり挙げられちゃ、真面目
 に捜査する気がなくなりますよ」
国枝「ざかざかーじゃらーだったもんねぇ」
   占盤と算木を動かす身振りをする国枝。
国枝「でもまあ、送検できるだけの証拠固め
 は刑事の仕事です。被疑者の事情聴取も頼
 みますよ」
山城「了解です」
国枝「所轄署から猪飼君っていう担当者が来
 るけど、ケンカしないでね」
山城「わかってますって」
   適当な敬礼をして、段ボール箱の中身
   をデスクに片付け始める山城。

○同・取調室
   デスクを挟み、奥に座っている日野。
   手前に猪飼達実(45)。
   壁を背にして立っている山城。山城は
   事件の記録ファイルを開いている。
猪飼「日野さん。本当にあんたなのか」
   日野はすすり泣いている。
猪飼「何でもっと早く言わなかった」
日野「……申し訳ありません」
猪飼「事情も何回も聞きましたよね? それ
 を何で今更!」
   山城、咳払いをする。
猪飼「凶器は? どうやって殺した」
日野「……手で、首を締めました」
猪飼「結夢ちゃんの首に残ってた扼痕(やく
 こん)はあんたのもんじゃなかった」
   猪飼、山城を見てから。
猪飼「なぁ、日野さん。やっぱり違うんでし
 ょう? 冤罪だ。本庁の刑事に何を言われ
 たんです」
日野「……結夢の、手で」
猪飼「何?」

○(回想)八幡山四丁目の児童公園(夜)
   人気のない児童公園。
   ノースリーブのワンピースに薄いボレ
   ロを着ている日野結夢(7)と日野、
   ベンチに座っている。
   T・2003年8月16日午後9時頃
結夢「ママに会うの、久しぶりだね」
日野「結夢は大きくなったから、ママ、わか
 らないかもしれないな」
結夢「そんなことないよ。だってママだよ」
日野「そうだな。結夢のママだもんな。……
 また、三人一緒に暮らそう」
結夢「うん」
   話しながら除草剤をペットボトルに入
   れる日野。
   その水を分けて飲む結夢と日野。
   ×   ×   ×
   結夢、手を首にあてている。息が荒い。
   日野も苦しげにしている。
日野「結夢、苦しいか? 苦しいよな、ごめ
 んな、ごめんな……!」
結夢「パパ、パパ……、ママに会いたいよ、
 くるしいよ」
   日野、泣きながら結夢の手首を掴む。
   結夢の人差し指と親指の間が本人の喉
   元にあたっている。
日野「パパも、すぐ、追いつくから」
   日野、力を入れて押さえつける。
   ×   ×   ×
   ぐったりした結夢。
   おののく日野。
   雨が降り始める。

○元の取調室
   デスクを挟み、奥に座っている日野。
   手前に猪飼。
   壁を背にして立っている山城。手には
   事件ファイル。
猪飼「嘘だ」
日野「本当です」
猪飼「確かに除草剤は検出された。けど、ガ
 イシャの手首はきれいなもんだった。本人
 の手で窒息させたんなら、手首にもそれな
 りの痕が残るもんなんだよ」
日野「そんなこと言われても、本当なんです」
山城「……雨か」
猪飼「立会人が口出しするんじゃねぇ!」
山城「あの日の最低気温は18度。雨も降っ
 て遺体の体温が急激に低下、それがアイシ
 ング効果になっちまった、ってとこか」
   猪飼、日野に向き直る。
猪飼「なら証拠は? あんたの言う通りだっ
 ていう証拠はあんのか?」
日野「除草剤は、証拠になりますか」
猪飼「家宅捜索は何度もしたはずだ」
日野「霊園の……妻と娘の墓の中、です」
   猪飼、驚く。

○同・刑事部長室
   デスクでモニタを見入っている三井。
   その側で画面を覗き込んでいる戸田。
   モニタには取調室の様子が映っている。
戸田「大成果だ……」
三井「どんな不可思議不条理であろうと実績
 があがれば、それは正義だ」
   三井、満足げ。
三井「これで差がついた」
戸田「次期総監は間違いなく」
   頷きあう三井と戸田。
戸田「そろそろ、記者会見の時間では?」
三井「ああ、そうだな」
   嬉しそうな三井。
三井「我々は未解決事件をゼロにするために、
 秘密兵器を手に入れました。……どうだね」
戸田「秘密兵器のことを発表するんですか?」
三井「バカな。秘密兵器は秘密に決まってる
 じゃないか」
   笑う三井と戸田。

○警視庁・全景(夜)

○同・職員通用口外(夜)
   通用口の外の壁にもたれて待っている
   猪飼。出てくる山城。
猪飼「ちょっといいか」
山城「何だよ」
猪飼「日野をどうやって落とした? 後学の
 ために、是非、ご教授いただけませんかね」
山城「あー……。すんません、ちょっとそれ
 は言えないんですわ」
猪飼「所轄は黙ってろってか」
山城「いやいや、そういう訳でもないんです
 が、こっちにも色々事情ってもんがあって」
猪飼「どんな?」
山城「だから、言えねぇっつってんだろ」
猪飼「ふざけんなよ、こちとら十何年もホン
 ボシ追いかけて来たんだ、それがてめぇっ!」
   山城と猪飼、今にも殴り合いになりそ
   うな緊迫感。
   通用口から国枝が出てくる。
国枝「いたいた、二人とも」
山城「係長、まだいたんですか」
国枝「ちょうど良かった。いやー良かった良
 かった。呼び出す手間が省けたね」
   山城、猪飼にそっと教える。
山城「(小声)うちの係長、国枝警部だ」
国枝「飲みに行くよ。親睦会だよ」
山城・猪飼「は?」

○居酒屋・個室(夜)
   賑やかな店。
   簡単に仕切られた個室の四人席に国枝、
   その隣に角鹿、向かいに猪飼と山城が
   隣に座っている。
山城「……何だこりゃ」
   店員1が生ビールの中ジョッキを四つ
   運んでくる。
山城「何でこうなるんだ?」
国枝「言ったでしょう。親睦会だよ。事件解
 決のめどもついたし」
   山城、猪飼を見る。
   猪飼も戸惑っている。
山城「百歩譲ってそういうことにしましょう。
 けど、なんでこいつまでいるんですか」
国枝「だから、言ったでしょう。運転手が君
 で車掌が僕で」
角鹿「私は特別顧問、ですね」
国枝「そう!」
猪飼「誰なんだ、あんた。刑事か」
角鹿「角鹿クラウド、陰陽師です」
   猪飼、困惑して角鹿と国枝、山城を見
   比べる。
猪飼「は? 陰陽師って、占いの?」
角鹿「陰陽道は占いでも超能力でも霊能力で
 もありません」
猪飼「捜査に占い師を使ったのか!」
国枝「内密にね」
猪飼「言えませんよ! てか、あんた、結構
 苦労してるんだな……」
山城「……やめろ、そんな同情心に満ちあふ
 れた目で俺を見んな」
   食器がまとめて割れる音と悲鳴が響く。
店員1の声「やめてください、お客さん!」
   立ち上がる山城と猪飼。

○同・テーブル席フロア(夜)
   数組の客がいるフロア。酔客2が酔客
   1をテーブルに押さえつけている。
   店員1はおろおろしている。
酔客2「くそ、この浮気女!」
酔客1「シてない! シてないから!」
酔客2「うるせえ!」
   酔客2、酔客1を殴る。
   客達から悲鳴があがる。
   個室席から駆けつける山城と猪飼。
山城「やめとけ、女、殴んなよ」
酔客2「引っ込んでろ、ジジイ!」
   山城を突き飛ばす酔客2。
   猪飼が割って入り、酔客2を酔客1か
   ら乱暴に引きはがす。
猪飼「これ以上やったら警察沙汰だぞ、やめ
 とけって!」
   酔客2、よろめいて隣のテーブルにぶ
   つかる。
   山城は酔客1を助け起こす。
酔客2「どいつも、こいつも」
   隣のテーブル上にあった汚れたステー
   キナイフを握る酔客2。
酔客2「バカにしやがって!」
   ステーキナイフを振りかぶって酔客1
   を狙う酔客2。
   山城、酔客1をかばって胸を刺される。
山城「ぐあ!」
   山城、仰向けにひっくり返る。
   客の悲鳴。
山城「ツいてねーわ……」
   山城の胸にはステーキナイフが刺さっ
   ている。
   猪飼、酔客2を床に倒して確保。
猪飼「暴れんな、警察だ! 21時12分、現行
 犯逮捕!」
   様子を眺めていた国枝が携帯電話を取
   り出す。隣に角鹿が立っている。
国枝「角鹿さんは救急車を呼んでください。
 僕は110(ひゃくとう)番ね」

○走る救急車(夜)

○救急病院・夜間外来受付(夜)
   待合い椅子に座っている角鹿。
   処置室から出てくる山城。
   山城に気がついて、角鹿が立ち上がる。
山城「……正直、ビビった」
   お守り袋と中身の板を胸ポケットから
   から出す山城。
   木製の人型が真っ二つに割れている。
山城「これがなかったらエグいことになって
 ただろうってよ。マンガかよ」
角鹿「形代(かたしろ)です。役に立って良
 かった」
   山城、じっと角鹿を見る。
山城「やっぱ……三〇〇万円?」
角鹿「三〇〇万円です」
山城、じっと角鹿を見る。
山城「……あーもう! 風呂入って寝てぇ! 
 ゆっくり寝てぇ!」
角鹿「ご自宅、水浸しなのでは?」
山城「そうだった!」
   考え込む山城。
山城「なぁ、モノは相談ってヤツなんだけど」
角鹿「一円もまけられませんよ。金額にも意
 味があるので」
山城「そうじゃねーよ。お前んとこ、あの客
 間、余ってんだよな?」
角鹿「ええ、まあ」
山城「下宿させてくんねぇ?」
角鹿「はぁ?」
   角鹿、じっと山城を見る。
山城「……お前んち、隣、レストランだよな。
 旨い?」
角鹿「イタリアンです。結構いいですよ」
山城「残飯出るところ黒い影あり」
角鹿「!」
山城「が、高級レストランは清潔。……ヤツ
 らは逃げ出す。どこへ行く?」
角鹿「で、でも」
山城「今年の夏も暑くなるってよ。ツヤツヤ
 とした元気なジュゲムがいっぱい育つんだ
 ろうなぁー」
角鹿「くっ……わかりました」
山城「っしゃ! よろしく頼むわ大家さん!」
   山城、角鹿と強引に握手する。

○角鹿宅・全景(朝)

○同・2階廊下(朝)
   トイレから出てくる山城、大あくびし
   て香りに気がつく。
山城「んー……いい匂いだな。コーヒーとベ
 ーコンエッグか? 俺のぶんはー?」
   呼びかけながらキッチンへ。

○同・キッチン(朝)
   コーヒーメーカーが動いている。コン
   ロに小さなフライパンがあり、ベーコ
   ンと卵が火にかかっている。二人前。
   トースターがチャイムを鳴らす。
   山城が入ってくる。
山城「……あれ?」
   角鹿が後ろからキッチンに入ってくる。
角鹿「おはようございます」
山城「え? お前、火を使ってんのにどこ行
 ってんだよ! あぶねーだろうが!」
   慌ててコンロの前に立つ山城。
角鹿「目に見えぬものの、戸を押し開けて、
 御後ろをや見参らせけん」
山城「朝っぱらから呪文かよ」
角鹿「『大鏡』の一節、花山帝の出家のところ
 です。有名ですよ。知りませんか?」
山城「バカにすんな。こちとら公務員試験通
 ってんだぞ! で、どーいう意味だよ」
   角鹿、コーヒーをカップに注ぎ分けな
   がら。
角鹿「目には見えない何かが術者の命令に従
 って動いている様子を描いています。この
 術者は安倍晴明、平安朝の陰陽師です」
   カップを差し出す角鹿。
山城「目には見えない何かって、だから何な
 んだよ」
   カップを受け取る山城。
山城「飲み食いして、平気?」
角鹿「……気になるのはそこなんですか?」

○警視庁・全景(朝)

○同・捜査一課前の廊下(朝)
   立ち話をしている平野と刑事1、刑事
   2。歩いてくる山城。
   山城に気がつく平野。
平野「シロさん! 生きてる!」
山城「おう。何だよお前ら。ダベってばっか
 で、ひま人か」
平野「シロさんの話をしてたっすよ! 刺さ
 れたって。ケガは?」
山城「まあな。胸をズブっとな。まぁ、俺は
 この通りだ。不死身のシロさんだからな」
平野「いやいやホント、無事で良かったっす。
 今月、俺、香典だす余裕なんかないんすよ」
山城「……あ?」
平野「同期が三人も結婚しやがったんですよ。
 出遅れると払うばっかで」
   山城は歩き出す。
平野「ご祝儀なら、俺、がんばりますから!」
   無視して立ち去る山城。

○同・捜査一課資料室(朝)
   壁際のワゴンでお茶をいれている国枝。
   ドアを乱暴にあけて、山城が入ってく
   る。山城は掃除道具一式を抱えている。
山城「おはよーございます」
国枝「はいおはよう。山城君、それ何、どう
 したの?」
山城「バケツとぞうきんと箒です。見てわか
 りませんかね」
   山城はハンカチ三角巾で口元を覆う。
国枝「ケガは本当に平気みたいだけど、君、
 大丈夫?」
山城「係長」
国枝「はいはい」
山城「どっか行っててください」
国枝「どこかって、どこに?」
山城「掃除の邪魔にならないとこなら、どこ
 でもご勝手に」
国枝「掃除するの? 今から? ここを?」
山城「いけませんかね」
国枝「いけなかないけど突然だね」
山城「ムカついた時は掃除が一番すっきりす
 るんで。ジュゲムホイホイも仕掛けます」
   バケツにぞうきんを突っ込んで掃除を
   開始する山城。
   湯飲みを持ったまま追われる国枝。
国枝「あららーあらららー」
   国枝、ドアに手をかけて。
国枝「……ジュゲム?」
   首をかしげる国枝。
   山城はもくもくと掃除する。

(1話・終)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?