「普通」に暮らしたいだけなのに 〜生きにくい時代に、強く生きる〜

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もしも、ママがうつになったなら 〜インターネットできぼうをつくろう〜|リトマム@little_mom @Little__mom|note(ノート)https://note.mu/little__mom/n/na58548db5d6b

デザイナー&クリエイターのリトマムです。この度、CAMPFIRE社と幻冬舎によるクラウドファンディング出版EXODUSの二次審査を通過することができました。応募者は数百名に渡り、その中の10名に選んで頂くことができました。現在、次のステップであるクラウドファンディングに向けて、クラウドファンディングの募集ページを執筆中ですが、そのクラファンのページ内に、この序章を読んでくださった「みなさんのご感想や推薦文」を盛り込ませていただこうと思っています。

ぜひ、感想や推薦文、シェアなどを頂き、皆さんも共にクラウドファンディングを創っていく作業に参加頂けると、とても嬉しいです。あなたのお声がクラウドファンディング、そして書籍を創っていきます。一緒に本を創っていきましょう。それでは、早速はじめましょう。

あらすじ:「普通」に暮らしたいだけなのに。一児を出産後、幸せの絶頂にいるはずだった著者の新生活に待ち受けていたのは、終わりの見えない孤独な育児、そして産後うつという暗く長いトンネルだった。愛する我が子を守り、幸せな暮らしを取り戻すために著者が取った行動とは。SNS、クラウドファンディングという次世代コミュニティの救い。諦めた夢の再燃。クリエイターとしての再出発。
この日本で孤独と厳しい現実に疲弊する全ての人へ贈る、この誰もが生きにくい時代を強く生き抜くための実録エッセイ。

タイトル:「普通」に暮らしたいだけなのに 〜生きにくい時代に、強く生きる〜

この本を、孤独と厳しい現実に疲弊する全ての人、そしてこれまでの人生で私に関わってくれた全ての人々に捧げる。

目次

序章 

第一章 ブログ ~じぶんと向き合うこと~

第二章 Twitter ~出会い~

第三章 polca ~信じること~

第四章 note ~表現すること~

第五章 再出発 ~生まれ変わること~」

あとがき

〜これは、産後うつを患った著者自身の人生の物語である〜

「普通」に暮らしたいだけなのに


「助けて。もう限界。誰か。助けて。」 繰り返し携帯で電話をかけた。夫に。母に。けれども仕事中の彼らからの応答はない。おびただしい数が溜まっていく電話の呼び出し履歴。後方に、火がついたような声で泣き続ける赤ん坊の我が子が居る。側に行って、抱っこしてあげなきゃ。頭ではそう分かっていても、身体が動かない。腕に力が入らない。立ち上がりたくても、立てない。

「私は悪い母親。私は悪い母親。私は悪い母親…!」 

自分自身を責め立てる声が脳裏によぎり、ズンとした衝撃と共に思考回路が真っ白になる。パニックだ。誰か。助けて、助けて…。


泣き叫び続ける我が子の声に、動かない身体を死にものぐるいで奮い立たせ、そばまで這っていく。震えながら、やっとの事で我が子を抱き上げる。 

夕方17時を知らせる夕焼け小焼けの鐘が鳴る。私は、生まれて数カ月の我が子を腕に抱き、床に坐りこんで動けず、朦朧として時計の針を見つめていた。一時間が、一日が、まるで蝋が溶けるかのように跡形もなく消えていく。白い壁に囲まれた無機質な部屋の天井を見上げ、放心状態で何も言わずに黙っていると、生温かな涙が頬を伝った。 

腕の中、鼻を詰まらせたような、かすれたすすり泣きのような音をたてながら懸命に乳に吸いつく我が子を見つめる。

「ごめんね、こんなママでごめんね…。」 

むせび泣きながら、柔らかな赤ちゃんの身体を腕の中に抱きしめた。我が子は屈託なくゴクゴクと乳を吸い続け、安心した表情を浮かべて、程なくして眠りについた。その幸福で罪のない表情を見つめると、なんとしてもこの子を守らねばならないという途方もない母性と、自分の情けなさと愚かさと申し訳なさに、押しつぶされそうになり嗚咽した。私は。今、人生の幸せの絶頂にいなければならないはずだった。 

私は、25歳の主婦。そして母親。生まれ育った関西の故郷を離れ上京し、仕事に就いたのち夫と結婚。その後、妊娠を経て育児休業を取得し、出産を経て母となった。

しかし、一児の母としての新しい人生の一ページに期待と喜びで胸を膨らませていた私を待ち受けていたのは、終わりの見えない孤独な育児と、突然現れた産後うつという暗く長いトンネルだった。「普通」に暮らしたいだけなのに。あたりまえに得られると思っていた「普通」の暮らしでさえ、私は失ったのだった。

なぜ、今この本が必要か 〜もう見過ごせない、社会の背景〜
 

冒頭の、私自身の体験を読んで、あなたは何を思うのだろう。どこか別の世界の話のように感じるだろうか。それとも、あなた自身も苦しみの最中で、自分のことのように深く共感し、心に痛みさえ覚えただろうか。 

もしもあなたに恐怖心を与えてしまったのなら、申し訳ないと思う。私は決してあなたに脅しをかけたい訳ではないし、怖がらせたい訳でもない。けれども私が経験したことは、条件が重なれば誰にでも起こり得ることで、決して特別なことでもない。あなたの隣人にもあなたの家族にも、そしてあなた自身にも、誰にでも起こり得ることなのだ。 

それはありふれた私達の日常に、用意周到に息を潜ませ紛れ込んでいる。孤独の中追い詰められた人間が挙げ句、心の病を患い、生きるか死ぬかの淵をさまよう。このようなことが、この日本でごくごく普通に起こっているし、起こり得るというその真実を、私達は知っているようで、その本当の姿を知らない。 

決して、他人ごとではない話をしよう。 

悲しいかな、日本は想像以上に、生きること、そして命を育てることが難しい国になってしまった。私自身もそのことに気付いたのは、何も知らずに生まれたての我が子を抱いて、子育ての道に裸同然で放り出された後のことだった。 

私達の多くが目を背ける事実で、本当の話。日本の母親と父親は、自身に属するコミュニティを持たない、空っぽの根無し草だ。そして私達が歩むのは、子を産み育てることの苦しみや辛さを分かち合うことのできない、コミュニティ無き孤立した子育ての茨の道だ。 

一昔前は、村単位や地域間の繋がり、そして親族間やきょうだい間の繋がりが担っていた子育てのセーフティーネットは、核家族世帯の台頭と共に、跡形もなく朽ち果てた。高齢化社会に伴う先行きの見通しの不確かさによって、祖父母世代は定年退職後もなお精力的に働き続けたり、自身の親の介護に追われたりと、多忙を極めるようになった。子ども達を世代の離れた大人達が代わる代わる面倒を見て苦楽を分かち合い、子育ての知恵を代々伝えるという昔ながらのネットワークは、もはや失われつつある。残された母親と父親達は、生まれたての赤ん坊を抱えつつ、これまで通り当たり前に仕事をこなし、孤軍奮闘で子育てに取り組むという無理難題に向き合わざるを得なくなった。 

さらに、男性の育児休業の取得率は厚生労働省による調査によると5.14%(平成29年度時点)とまだまだ少数である上に、依然として労働者の長時間労働は常態化している。必然的に子育ての負担が母親にのしかかる中、当たり前のように強いられるのはワンオペ育児だ。ワンオペとは、ワンオペレーションの略であり、元々はコンビニエンスストアや飲食店の店員が一人で店の業務を担当することを差す言葉だったが、いつしか〝一人で仕事、家事、育児の全てをこなさなければならない状態(注1)〟という意味合いとしても使われるようになった。このような言葉が生み出される背景には、家事と子育てのあらゆる事態に自らの力のみで、周囲の支援なしに向き合うことを余儀なくされるケースが増加している、ということが挙げられるだろう。 

加えて、社会から母親へ向けられる期待や女性の社会進出への風当たりも未だに根強い。「仕事と家事と育児の両立は当たり前」「女性は家庭で家族を支えるべき」「昔の母親は偉かった」このような思想や言葉が、容赦なく現代の母親に投げかけられる。 

まるで母は、全てを完ぺきにこなすサイボーグであることを求められているかのようだ。このような、理想的な母親像への期待はまだまだ根強く残る。これらの理想像は、失われた子育てのネットワークやセーフティーネットの中では何とか機能し得るものだっただろう。しかし、今まさに子育てを取り巻く環境そのものが劇的に変化し続けているにも関わらず、従来の母親に求められてきた価値観がアップデートされないままに現代の母親に当てはめられ、母親としての「役割」を求められてしまっている。このことこそが、悲劇の始まりだと言えるだろう。それは、母親の人間としての尊厳を奪い、果ては人間的かつ幸福とは程遠い生活を強いて、母親自身を壊してしまいかねない。私がそうであったように。


「問題」は子育てだけに留まらない。憲法で〝健康で文化的な最低限度の生活〟を送る権利を与えられるはずのこの国は、社会は、とかくにどこか生きづらい。良い学校に行く。大企業に就職をする。幸せな結婚をする。子供を産み育て満ちたりた生活を送る。いわゆる「普通」の規範の上に敷かれたレールの上を歩いて生きることが、これ程にも難しくなったということに、私達はとうに気付いているだろう。 

かつては人生の王道として黄金的な地位を築いてきた幸福な人生としてのライフモデルのカタチが、根底から崩れつつある。その過去の価値に根ざし生きようとしても、それは崩れゆく砂上の楼閣に根ざすことに他ならない。確固たる足場を築こうとしても、かつて保障された安定などなく、脆くも崩れ去ってしまう。理想の生活という蜃気楼を追い求める程に、私達は理想と現実の乖離に、とまどい傷付いていく。これこそが、私達を霧のように包む生きづらさの正体だ。しかし、私達はまるでそれに気付いていないかのように、上手く自分自身を騙し騙し、生きている。

何かがおかしい。誰もが孤独を抱え、悩み、苦悩し、生きづらいこの世界を生きる時代に。だからこそ私達は、立ち上がり変えていかなければならないのではないだろうか。自分達の尊厳をかけて、このとうに身の丈に合わなくなった古い価値観を、ライフモデルを、脱ぎ捨ててアップデートする必要があるのではないだろうか。そう。私達は、自らを自らの手でアップデートする新世代なのだ。

価値観の「アップデート」 〜私達はどう生きるべきか〜


それではこの不確かな新時代に私達はどのように生きていけば良いのだろうか。

その一つの救い、そして価値観のアップデートのヒントとなるものが、ブログやSNS、クラウドファンディングをはじめとする、個人の存在にスポットライトを当てるインターネット上のウェブサービス達だ。詳しい内容に触れる前に、既にご存知の方も多いかとは思うが、各単語の定義について今一度説明をしておきたい。 

まず、ブログとは、〝個人や数人のグループで運営され、投稿された記事を主に時系列に表示する日記的なWebサイト〟の総称であり、 〝webとlog(日誌)を一語に綴ったweblog(ウェブログ)の略である(注2)。〟ブログサービスの種類は多岐に渡るが、本書で主に扱うブログとは、株式会社はてなが運営するはてなブログを指している。 

次にSNS (Social Networking Service)とは〝人と人との社会的な繋がりを維持・促進する様々な機能を提供する、会員制のオンラインサービス〟だ。〝友人・知人間のコミュニケーションを円滑にする手段や場を提供したり、趣味や嗜好、居住地域、出身校、あるいは「友人の友人」といった共通点や繋がりを通じて新たな人間関係を構築する場を提供する(注3)〟機能を持っている。SNSにも非常に多くの種類が存在するが、本書で主に扱うSNSは、Twitter, Inc.が運営するTwitter及び、株式会社ピースオブケイクが運営するnoteとしている。 

最後に、クラウドファンディングとは、〝不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うこと〟であり、〝群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語である(注4)。〟本書で主に扱うクラウドファンディングは、株式会社CAMPFIREの提供するpolcaだ。正確にはCAMPFIRE社はpolcaを「フレンドファンディング」と定義しているが、それぞれのサービスの詳細な解説は、後に述べる本書の各章にて改めて触れることにしよう。 

これらの新しいウェブサービスが可能にした驚くべきことは、まだ直接会った事も、顔さえも見たことがないような遠く離れた相手と、共通の価値観の響き合いをきっかけに、共に一つのプロジェクトを達成することができる程の深い繋がりを築くことができるようになったということだ。誰かと繋がりたいと願っても、仕事に家事に育児に忙殺され、生身の存在同士ではなかなか繋がることのできない孤独な時代。だからこそブログやSNS、クラウドファンディング等の新しく生まれたウェブサービスは、人々が改めて繋がり合う起爆剤となることができるのではないだろうか。 

個人が繋がり合い、次世代のオンライン上のコミュニティの中に生き、自己の内面の姿を表現しながら仲間と支え合うことは、大げさにではなく、本当に一人の人間の人生を変える。実際に、私はうつ病から立ち直り生き延びることができたし、同じように孤独や疎外感、心の病に苦しむ人々がオンライン上での繋がりをきっかけに人生を変えていくのも、この目で見てきた。自己の魂を自由に表現し、その魂に共鳴する者同士が紡ぎ創りあげる、新しい繋がりの大きな波が、もう既にそこまで来ている。この波が大衆に広く波及していくのがこれからの必然の流れであり、私達の生きる希望となると私は信じている。 

次世代のコミュニティや助け合いの主役となる人物は、自分のすぐ傍にいる人達だけには留まらない。それは、先ほど述べたような、まだ会ったこともなく、遠く離れた場所に住み、付かず離れずの緩やかな関係性と縁で繋がる人々だ。そう、まさにこれを読んでいるあなたのように。それぞれが必要な時に支え合い、助け合う新たな関係性。同じような想いや痛みを分け合う人々と創造性と自由に溢れたコミュニティを自らの手で創り上げていく。様々な人々との出会いや関わりは、自分達の信じる価値観はたった一つではなく、驚くほどに多様であることを気付かせてくれるだろう。そして、私達は自らに適したコミュニティと価値観、生き方を選び取ることができるようになる。私達を窮屈な鳥かごの中に閉じ込める既存のルールをこの手でアップデートすることができるのだ。これが私たちの生きる新しい道だと、私は考えている。 

私は、闘病中に出会ったブログ、SNSやクラウドファンディングといった新しい時代のウェブサービスを活用し、様々な価値観や生き方、そして温かい人々との繋がりに出会う中で、うつ病の克服に必要不可欠な、自分自身を大切にする心と自尊心を少しずつ取り戻していった。一時期は生きることや日常の生活さえもままならなかった自分が、今では社会復帰を果たし、そしてクリエイターとしての活動まで行っている。これ程までに私が回復し立ち直ることができたのは何故なのか。本書では私がうつ病から立ち直り、人間的な幸せな生活を取り戻すために、新たなウェブサービス達の力を借りて何を行ってきたのか、包み隠さずにお話しする。とにかく、一人で悩み苦しんでいる仲間にこの声が届くなら、これ以上の幸せはない。 

一つお伝えしておきたいことがある。これは誰か一人のスーパーヒーローのみができることではないということだ。私はなんら特別な人間でもなく、ただ悩み苦しむ一人の弱い人間であり母だ。今でも、一人では生きていけないような弱い人間だ。ただただ、必要な救いを求め、必要な助けを受けられたという、たったそれだけのことだ。人は、孤独だ。だからこそ繋がり支え合わなければ生きていけない。小さく応援されるその経験を積めばまた、自分の足で歩くこともできるだろう。コミュニティの中に生きコミュニティの中で助けを求め、必要なサポートを受けることができれば、誰でも救われることができるのだ。そしてまた、時が来れば誰かの力になることさえもできるだろう。私自身が体験したこの温かい流れを、皆さんに伝えたい。私達に必要なのは自らを責める自責の念ではない。必要な相手との繋がり、そして出会ったこともない、まだ見ぬ相手との出会いを信じる、ほんの少しの勇気だ。

本書の構成 

本書では、私の闘病生活の歩みを具体的な実体験と共に振り返りつつ、その過程で出会ったウェブサービスを通じて、どのように私が人生のどん底から這い上がり、社会復帰と再出発を果たしたのか、その軌跡について綴っていこうと思う。新しい生き方やコミュニティのあり方についても、折に触れて紹介していく。この本の構成は、次の通りとなっている。 

第一章「ブログ ~じぶんと向き合うこと~」では、ブログがテーマとなる。「普通」の生活を送ることが難しくなり、絶望の縁に立たされる私が、ブログを書くことを一つのきっかけとして、自己と向き合っていく。そして病との向き合い方について、自身の生き方について、少しずつ心の内部に生まれていった変化について語る。 

第二章「Twitter ~出会い~」では、SNSのTwitterがテーマとなる。自身のブログをもっと多くの人に読んでもらいたいという想いのもと、記事を拡散するために始めたTwitter。そこで思いもよらずオンライン上の仲間と繋がっていく日々。人々との出会いの中でゆるやかなコミュニティに触れる中、世界の広さと時代の流れの肌感覚、新しい価値観を実感し、生きる糧を得ていく。繋がりの中で孤独を癒やし、徐々に自尊心を取り戻す過程を綴る。

第三章「polca ~信じること~」では、クラウドファンディングのpolcaがテーマとなる。初めて募ったクラウドファンディングで、見ず知らずの私を信頼し、大切なお金を預けてくれる方々と出会い、衝撃と感動を覚える。信頼とは何か、その価値が大きく揺らぎ、支援者の方々に頂いた優しさと勇気が私を突き動かす。自分にもまだ、何かできることがあるのかもしれない、その時芽生えた微かな自信、そして自身が初めて起こすことのできた小さなムーブメントについて明かす。 

第四章「note ~表現すること~」では、SNSのnoteがテーマとなる。Twitter上で活発に活動を続けていくうちに、クリエイターが自由に作品を執筆し、販売することができるプラットフォームnoteの存在を知ることになる。きっと誰も興味を持たない、価値がないと思い込んでいた自身の作品。しかし、思いがけず温かい応援を得たり、作品を好きだと言ってもらえる幸福な体験を積む。その中で、クリエイターとしての自分への大きな自信が目覚めていく過程を描く。

第五章「再出発 ~生まれ変わること~」では、再びクラウドファンディングのpolcaが舞台となる。polcaを活用してクリエイターとしての本格的な活動を開始させることを決意し、紆余曲折の後に、自身が本当にやりたかったものに向き合うことができたこと。クラウドファンディングを通じどのように失った自信を取り戻し、諦めた夢を再燃させて再出発を果たしていったのか、その詳細と舞台裏を明かす。 

また、各章の間のコラムでは、忙しい子育て世代のために、創作活動のためにどのように私が時間のねん出をしていたのか、具体的な方法をお伝えし、私が使用したことのあるお役立ちのサービスについても記しておきたい。 

繰り返しになるが、私は、病気の闘病をしつつ、執筆や制作のための時間も確保しつつ、家事育児を全部自分で行うスーパーママ、という訳ではない。私は、必要な助けを必要なだけ求めている。家事や育児のためのサービスやサポートは、闘病のため、そして時間の確保のため多く受けるようになったし、今では日々の生活に欠かせないものとなっているものもある。もっと早くに知っておきたかったと思うような、子育て世帯のためのお役立ちのサービスを紹介する。

本書の目的 〜共に、立ち上がろう〜 

この本の最終的な目的は、日本で孤独と厳しい現実に疲弊する全ての人へ、立ち上がる勇気を贈ることだ。あなたが日常に何かおかしさを感じているならば、孤独を感じているならば、ベタな表現ではあるが、私の失敗と過ちと涙と苦しみを踏み越えて行って欲しい。 

そしてこれだけは断言できる。今が苦しいのは、あなたがダメだからではない。ただ必要な助けが、届いていないだけだ。その必要な助けをあなた自身も求め、そして本当の自分の輝きを見出していって欲しい。 

学校に行く、就職をする、幸せな結婚をする、満ち足りた子育て生活を送る。この、基本的な自由と権利とも言うべきものを、人が自らの人生を幸福に生きることがこんなにも難しくなってしまったこの時代に。声を挙げたくとも挙げられなかった人が、拾われることのなかった声が、願いが、すべからく聞き届けられ、その想いを叶えるチャンスを持てるように。泣き寝入りや、苦しみのままに人生の多くを失望や苦しみのうちで過ごさないように。また再び強く生きられるように。明日へ一歩踏み出し、希望を描けるように。静かなる革命の炎を、この一冊の書籍で起こしたい。 

苦しみや絶望を経験した人間は、この世で多くの場合に語られず見過ごされている真実を代弁する重要な役割を担っているという事を、自身にしか語れない物語があるのだということを、その物語が、人生が、世界を変えうるのだという事を、私が生き証人となり証明したい。この誰もが生きにくい時代を強く生き抜くために、ずっと誰にも語ることのできなかった私自身の物語を、今ここに贈る。

やり直す勇気を。声をあげ闘うチカラを。この声を届けるための知恵を。  

これが誰かの糧となり、そして救いとなり、希望のバトンをリレーできるのならば、これ程幸せなことはない。 

さあ、あなたも共に。今こそ、立ち上がる時だ。

2019年の春 リトマム

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#ママがありのままでいるために

プロフィール
名前:リトマム
産後うつから奇跡的に生還を遂げ、クリエイター兼デザイナーとして活動する一児の母。ワーキングマザーとして家事育児に日々忙しく奮闘する顔も持つ。幼い頃からの夢は小説家か絵本作家で、今回のEXODUSでのクラウドファンディング出版企画は、夢を叶えられる一歩だと意気込んでいる。ちなみに子育てでは自身の子どもにめっぽう甘く、我が子のことになると、とたんに涙もろくなる一面も。ポートフォリオやこれまでのコラボ企画等は次のnoteリンクを参照。
デザインメニュー|note(ノート)https://note.mu/little__mom/n/nf2808c1622a5


引用文献注1)   出典                                                                       :https://kotobank.jp/word/%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%82%AA%E3%83%9A%E8%82%B2%E5%85%90-1736392「ワンオペ育児(わんおぺいくじ)とは - コトバンク」より(検索日:2019/3/28)  

注2)出典:http://e-words.jp/w/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0.html「ブログ(ウェブログ)とは – IT用語辞典 e-Words」より(検索日:2019/3/28)

注3)出典:http://e-words.jp/w/SNS.html「SNS – IT用語辞典 e-Words」より(検索日:2019/3/28)

注4)出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%89%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)」より (検索日:2019/3/28)

参考文献・WEBサイトhttp://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2018/201806/201806_02.html『「共同参画」2018年201806 | 内閣府男女共同参画局』(検索日:2019/3/29)

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_00800.html「長時間労働が疑われる事業場に対する監督指導結果を公表します - 厚生労働省」(検索日:2019/3/29)

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55108「日本はなぜ子育てが世界一難しい国になったか?50年で変わったこと」(検索日:2019/3/29)

https://www.google.com/amp/s/toyokeizai.net/articles/amp/115149「この国は、もう子どもを育てる気がないのか | 読書 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準」(検索日:2019/3/29)

https://hanakomama.jp/column/hoikuen-gimukyoiku/14208/『女性が「お母さん」になった途端に、できなくなること【古市憲寿/保育園義務教育化・1」】』(検索日:2019/3/29)

https://m.newspicks.com/news/3771621/『「母親らしさ、妻らしさ」の圧力、価値観の押し売りが息苦しい… - NewsPicks』(検索日:2019/3/29)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第25条「日本国憲法第25条 – Wikipedia」(検索日:2019/3/29)

https://hatenablog.com「はてなブログ」(検索日:2019/3/30)

https://note.mu「note ――つくる、つながる、とどける。」(検索日:2019/3/30)

https://twitter.com/?lang=en「Twitter」(検索日:2019/3/30) 

https://polca.jp「polca(ポルカ)- フレンドファンディングアプリ」(検索日:2019/3/30)

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リトマム@little_mom

幻冬舎×CAMPFIREの#EXODUS でクラファン出版に挑戦することに⭐出版に向けクラウドファンディング準備中。 プロフィール:クリエイター&デザイナー⭐/産後うつ👉立ち直るため独学でデザイン開始👉未経験でもワーママしながら時々デザイナーに🌟

コメント6件

リトマムさんはじめまして。
私には3人の子供がいます。最初の子供が生れたときが一番大変でした。育児や家事など家庭というコミュニティに含まれる全てが一番大変な時期でした。全てのことが初めてで、全てのことが困難で、うまくいかないことだらけで、どんどん自責の念が積みあがっていったことを覚えています。そして、仕事をしている私でさえそうであったということは、産休育休を取得して常に家庭の中心にいた嫁は超絶大変だったんだろうと思います。
あの頃を思い返すと辛いことばかりなのですが、誰が辛くさせているのかを考えてみると、自分自身だった気がします。うまくやろう、失敗しちゃダメだ、いい父親であるべきだ、なんてことを勝手に自分に強いてしまっていました。今思い返せば、うまくやる必要もないし、失敗してもいいし、だめな父親と思われてもいいし、とにかく一日一日を過ごせることがとても重要なんだなって思えます。
ぜひ、母親・父親にとって育児のハードルを下げるような本にして欲しいなと思います。
はじめまして!想いのこもったコメント本当にありがとうございます✨
ご自身のことを振り返られ、思い巡らせていらっしゃる様子に、深い共感の念を覚えます。きっとご自身も、ご家族を間違いなく深く愛され、大切に想っておられることと思います。
私自身、うまくやろう、失敗しちゃだめだ、いい母親であろう。そのような気持ちにがんじがらめにされていたものです。それでもまさしく、だめな母親であってもちゃんと子どもは愛してくれていたんだ、ということに気付き、何かが楽になったような、そんな記憶があります。
母親、父親の心を楽にしてあげられる、そのような文章にしていきたいです。本当にありがとうございます✨差し支えなければ、コメントをクラウドファンディングのページやSNS等で紹介させていただいても問題はないでしょうか?
どうぞよろしくお願いいたします。
問題ございません。リトマムさんのご活動にご協力できること、うれしく思います。(*・ω・)ノ
ありがとうございます✨とても嬉しく思います✨
さっそく私のTwitterの方で紹介させて頂きます🥰ありがとうございます!
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