「わかり合えない」に効く処方箋

人は本当の意味でお互いをわかりあうなんて、到底不可能かもしれないと思っている。

誰かに分かってほしい、理解されたいと願い続ける限り、人生は苦しいままだろう。


理解できない感情が目の前に立ち現れたとき。
それで争ってしまうような時。
私達はどうすればいいのだろうか。

相手を理解しようとする。

とても優しい行為だ。だけど向き合おうとすればする程、傷ついていくのではないだろうか。

自分には到底理解できないようなことを相手が軽々とやってのけるとき。いくばくかの虚無感に襲われるかもしれない。

この人は決して私を理解してはくれない。軽く絶望を感じながらも、それでも相手に向き合い続けるということは、時に心をそこなう程苦しい行為だ。

相手を説得し、変える。


きっと人を変えるなんてことは、そもそもできないし、徒労に終わるだろうと思っている。

人の根幹にある価値観を変えるのにはものすごくエネルギーが必要だから。

それに、そもそも変えられないものを変えようとすることは、ものすごくしんどい。

きっと人に変えられようとすればする程、相手はやがて牙さえも向けてくるだろう。自分の根幹にある理由には触れて欲しくないし、変えられたくない、そう考える人は一定数存在する。

それならば、最終的には武力行使なんだろうか。

相手を強いてでも分からせる。
しかしそれでは永遠に議論は平行線のままだろう。

しかも、負う必要はなかったとりかえしのつかない傷を、お互いに負ってしまうかもしれない。あなたも、わたしも、彼も、彼女も。守りたかったものでさえも守れないかもしれない。

結論として、お互いをわかりあうこともできないし、変えることもできない、しまいには、
傷つけあうことも避けられないのなら


ただ私達に唯一与えられた選択肢とは
そして、唯一私達が決められることとは、


「それでもあなたは相手を許すのかどうか?」ということなんだと思う。


許すとは意志の問題で、何かを許そうと決めるときの気持ちは、完全に自分の自由だ。

つまり、分かり合うことは
決して己の意思でなんとかなるものなんかでないけれど

許すことだけは己の意思でなんとかなるものなんだよ、ということ。



分かり合えないのなら自分が変わっていくしかないということ。


自分自身が自由に決められることだけを、自分で決めていけばいいんだということだ。

この世の全ての現象に嬉しいとか悲しいとかの名前を付けられるのは、この自分だけ。だけどそれは意識的に決めて、変えることもできる。

当たり前のように思えるかもしれないけれど、あなたが怒るとき、あなたは怒ると決めている。あなたが許すとき、あなたは許すと決めている

許すことは手放し、執着から離れ、変わるということ。

つまり、許すことは変わることと同義だ。

変わらないでいようとすればする程

今ある場所にすがりつこうとする程
苦しみは増すだろう。

人は変わらずには生きていかれない。
むしろ積極的に変わっていくといい。

流れる河の水のように、

昨日の私は今日の私ではない。



自分が集中すべきは変わらないことではない。
むしろ変わり続けることで、
それはどんな変化にも対応できるし、変化し続けるということ。

だから、変わり続ける。そういう選択肢もあるのだということを、気付いたんだ。

Copyright by Little Mom
Ver:2018.08.21

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コメント2件

相手を許す。もっと言えば、怒りを忘れてしまう。
おっしゃるとおり、これに尽きますね!

怒るなど、直火にかけた石を握るようなものですから。
相手に投げつける前に自分が火傷します(笑)
大村さん✨
コメントありがとうございます!作家さんからコメントを頂けるなんて大変嬉しいです(*˘︶˘*).。.:*♡

許す、怒りを忘れるというのは、水に流すという言葉通り、ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、な生き方ですよね(*˘︶˘*).。.:*♡
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