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Gail Honeyman『Eleanor Oliphant Is Completely Fine』:生ぬるいアラサー女性向け小説とは一線を画す、イタイけどいとおしい名作

イギリス・スコットランド作家による2017年のデビュー作にしてベストセラー

作者のGail Honeyman(ゲイル・ハニーマン)は、イギリス・スコットランドの作家で、本作『Eleanor Oliphant Is Completely Fine』がデビュー作です。「New Yourk Times」ベストセラー1位。

日本語訳は、『エレノア・オリファントは今日も元気です』という、原題のほぼ直訳のタイトルで、早くも2017年12月20日に出版されているようです(西山志緒 訳)。

アメリカの俳優・映画プロデューサーのReese Witherspoon(リース・ウィザースプーン)が映画化する計画があるそうです。

よくあるアラサー女性向けの甘ったるい話ではない!

スコットランドのグラスゴーに住む29歳の女性、エレノアが主人公で語り手。月曜から金曜までデザイン事務所の経理の仕事をし、必ず定時に帰って、家でテレビを見たり本を読んだりする。毎週水曜日には、母親と電話で話す。金曜日の夜は、ピザとウォッカを買って、家で飲食するのが楽しみ。仲の良い同僚はいない。土日に人と会うこともほぼない。でも、ある男性に出会ってから、常に「大丈夫で、何の問題もない」と自分では思っていた人生と世界が変わり始める。

このあらすじを読む限り、よくある、かったるい、もう若くはなくなってきた悩めるお年頃の女性向けの小説かなと思うと思います。「恋をして、変わった」的なやつでしょ、と。

私も、どうせそうかなと思ったのですが、タイトルに引かれ、冒頭の1ページを立ち読みすると、とてもよく書けていて引き込まれたので、これは期待できるかもしれないと思い、購入を決めました。

エレノアにはとんでもなく深い秘密がある

読み始めてすぐに、「平凡な日常」を描写しているはずの主人公の口調に、不穏なものを感じ始めました。彼女は自分の生活が自分にとって「普通」だと思っていて、自分と人とが違うことには気付いているけれど、それは仕方のないことだと諦め、自分は今の生活に不満はないと思っている。というより、そう思っていると思い込んでいる。でも、読者からすると、彼女の毎日はそんな生半可なものではないのです。

エレノアの人とのコミュニケーションの仕方、母親との電話での会話、顔の傷、過去のこと。彼女は、とてつもなく暗い陰を抱えています。

魅力的なユーモア

「変」なエレノアの、周囲の人などに対する考察やコメントは、独創的で、つい笑ってしまいます。彼女の人生に入り込んできた同僚のRaymond(レイモンド)も、そんな彼女を面白がり、興味を持ったのでしょう。

judgemental(すぐに決め付け、批判的)な態度は鼻持ちならないはずですが、独特な物の見方に、こちらも新たな視点を得て、つい聞き入ってしまいます。

豊富なボキャブラリー

エレノアは言葉の表現力が豊かで、会話としてはやや不自然なくらい、きちんと話します。レイモンドのカジュアルな口調とは対照的です。このことも、彼女の育ちと深く関わっています。

英語はとても読みやすく、ぐんぐん読み進められます。時折フランス語も交じるエレノアの言葉には、分からない単語も出てきますが。

好奇心と、新しいことに挑戦してみる勇気

一見、習慣を何も変えたくなくて、頑固で、心を閉ざしている、と見えるエレノアですが、パソコンを買ってSNSを始めたり、ライブに行ってみたり、人の家を訪問したりと、初めてのことに挑戦していきます。

その原動力は、実は、地元のある歌手に一方的に恋したことです。その歌手に接近するための数々の戦略が、レイモンドと親しくなるきっかけになっているところも、この小説の構成の面白いところです。

また、エレノアは意外にも、完全に他人に無関心なわけではありません。直接関わることにはほとんど関心がなくても、人を観察してどういう人か思いを巡らすのは結構楽しんでいるのです。ただし、自分への観察となると、鋭さが鈍ってしまうようです。この点も、物語の伏線になっています。

ミステリーの要素も

エレノアの過去や家族について、ほのめかしはあるものの、核心はなかなか出てきません。それが、本書にミステリー小説のような趣も与えています。

最後に明かされるころには大体推測はできていますが、少し思いがけない種明かしもあります。ぜひ最後まで読んでみてください。

胸が熱くなり、泣ける

レイモンドとのやりとりには、いわゆるラブシーンはありませんが、胸がとても温かくなります。レイモンドがきっかけで知り合った他の人たちとエレノアとの関係性にも、優しい気持ちになります。

こういう関係を築けるのは、エレノアが本当は心優しい人間で、人の助けになったり、人が喜ぶのを見たりするのが好きで、そうなるとうれしくなるから。そして、私たちの誰もがきっとそうなのです。

声を出して泣いてしまうシーンもありました。イタイ、けど分かる、けどエレノアはすごく頑張っている。その姿を心から応援したくなります。

嫌なことは消せないけれど、きっと乗り越えられる、誰かと一緒なら。そう信じさせてくれます。自分の人生を振り返って、いろいろと考えてしまいました。最高に楽しくて、希望が持てる小説です。

計算され尽くして書かれているようでもある

泣かされる一方で、丹念なリサーチに基づいた、「感動ポイント」が埋め込まれている小説なのではないか、とも思います。だからエンタメになり得ている。まあ、当然のことかもしれませんが。

それにしても、主人公はまじめに言っているのだけど、たまらなく面白い、そしてそこにはギクッとするような心理が潜んでいる、というユーモア・センスは巧みです。著者が高みから眺めて書いているからこそ、共感を呼べるストーリーやディテールを描けるのでしょう。

2作目にも期待したい

この著者の2作目が出たら、読みたいです。

私が読んだ本に収録されていた巻末の著者インタビューによると、現在、著者が取り組んでいるのは、「1940年代と現代を行き来する、ロンドンとスコットランドを舞台とした小説で、互いに関係している男女が主人公」の物語だそうです。


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