小竹佑児

編集者。日常の瑣末なことをつらつらと書きます。

小竹佑児

編集者。日常の瑣末なことをつらつらと書きます。

最近の記事

自転車にまつわる記憶。

初めて自転車に乗ったのは、何歳のときだったか。 おそらく4~5歳の頃だったと思うが、まったく記憶がない。補助輪付きの自転車を買ってもらったのが最初だったはずだが、どんな風に練習して、どこに行ったのか、ほとんど思い出せない。補助輪を外して乗るのに苦労したことは覚えているのだが。 先月末は、娘の誕生日だった。プレゼントには、補助輪付きの自転車をあげた。いたく気に入ったようで、大張り切りで練習している。最初はペダルでスネを打ったり、カーブで曲がりきれなくてコケたりして泣いていた

    • 今夜も無心で干す。

      洗濯物を干す作業に、どれだけ時間を費やせばいいのか――毎夜、そう考えてしまう。 洗濯物を干す作業は、私の担当(たたむのは妻の担当)。毎夜、洗濯機をまわし、深夜に干す作業を行っている。 職場から帰宅して夕食を終え、子どもと風呂に入って寝かしつけ、洗い物や部屋の片付けなどの雑事を済ませてから着手するから、だいたい22~23時頃になる。帰宅後の一連の流れのなかで、何かトラブルがあったり、そもそも仕事が押して帰宅が遅くなったりすれば、当然さらに遅くなってしまう(そして、それはひん

      • そこでどれだけ粘れるか。

        人は、習慣の奴隷であると言われる。 私は割とその傾向が強いのではないかと思う。朝はだいたい同じ時間に起き、通勤時もほぼ同じ時間帯に同じ車両に乗る。ランチの時間もそこまで変わらないし、夕食の時間もだいたい一緒だ。1日の大きな流れは固定されているほうなのではないか。その流れが大きく崩れると、ストレスを感じることもあるぐらいだ。 このnoteも、今年の3月末から平日更新することを決めてから、なんとかサボらずに続けている。書かないまま夕方になると、「今日は何を書こうか・・・」「早

        • 風呂敷の広げすぎに注意。

          自分が社会人になったのは12~13年前。その頃は、まだスマホは普及しておらず、ガラケーのボタンをポチポチやっていた。電車内では新聞や雑誌を読む人が多かったし、音楽はCDやMDで聴くのが当たり前だった。SNSも今ほどは普及していなかった。この10年ぐらいであまりにもいろんなものが変わってしまった。 だが、目まぐるしい変化の一方で、ほとんど変わらないものもある。 それは例えば、「おにぎり」である。 おにぎりは形や具にバリエーションはあれど、「具を入れて米を握ったもの」である

        自転車にまつわる記憶。

          そこに「気持ち」はあるか。

          超大型連休が明けてから1週間。 連休中は特に体調を崩すことはなかったが、ここに来て疲れが出たのか、風邪気味になってしまった。 そんなとき、最近は近所に開設したクリニックモール内の耳鼻科に通っている。その耳鼻科の先生は、明るくコミュニケーション上手で、診察も素早く的確。大人はもちろん、子どもの扱いもお手のものだから、開設以来あっという間に人気を集め、平日でも早い時間に行かないと、長時間待たされることになる。 ただ、受付の方々のオペレーションも的確なので(受付後は外出可)、

          そこに「気持ち」はあるか。

          集中できるときに限って。

          一昨日に引き続き、今日も外出先でノートパソコンをパタパタしている。急遽、外出しなければならなくなったからで、普段はあまりそういうことはないが、これはこれで悪くない。本当に便利な時代になったものだ。 といっても、たまたま入ったタリーズが、人が少なくて静かだから、そう思うのかもしれない。朝の静謐な空気も相まって、集中するには最適な環境だ。これで思考が冴えて、気の利いたことでも書ければいいのだが、そういうときに限って、どうでもいいことばかり考えてしまうのが、われわれ人間の悲しい性

          集中できるときに限って。

          「手」を止めるな!

          「何を書いてもよいですよ」と言われると、はて何を書いたらいいのか、と立ち止まってしまうことがある。 ここ最近、迷うことが多いのが保育園の連絡帳だ。 保育園の先生方と家庭とのやり取りに使う連絡帳は、私が(いつの間にか)担当することになっている。なかなか日頃はわからない園での様子を、先生方がていねいに書いてくれるので、毎日帰ってから読むのを楽しみにしている。 だが、自分が書く段になると、とたんに迷ってしまう。 ・・・あれ、今夜は家でなにしてたっけ? おそらく雑事に追われ

          「手」を止めるな!

          仕事をする「場」に影響を受けがち。

          今日は割と忙しい。事務所のデスクで集中して仕事に打ち込む時間は、ほとんど取れないだろう。 そんなときでも、いまはノートパソコンがあるから、たいていのことには対応できる。 改めて言うまでもないが、メールの返信やファイルのチェックなんかは朝飯前。原稿を書いたり、写真の編集をしたり、なんならページのラフをタブレットで描く猛者もいる。 編集やライターの仕事の大半は、ノートパソコンさえあれば、比較的どこでもできてしまうのである。 しかし。いくら便利なツールがあったとしても、以下

          仕事をする「場」に影響を受けがち。

          10連休が終わって。

          10連休が終わった。 こんなに連続で休んだのはいつ以来だろう。とりあえず社会人になってからはないし、高校・大学時代も記憶にない。とすれば、中学3年の夏休みとかまで遡らないといけないかもしれない。 ともあれ、10連休を終えたわけだが、ふつふつと仕事への情熱が高まっているかといえば、そんなことはまったくない。逆に、「仕事したくない・行きたくない」みたいなネガティブな感情もあまりない。 感情的には、凪のような状態である。「そろそろ働くか」ぐらいの控えめなあっさりした気持ちで、

          10連休が終わって。

          大型連休を迎えるにあたって。

          明日から10連休である。 連休中なにをするか。とりあえず決まっているのは「休む」ということだけだ。幸いにも連休にかかる仕事がなく、こんなチャンスはもしかしたら、今後何十年もないかもしれないので……。 いま疲れが溜まっているわけでもなく、10連休だからといって、そこまでテンションが上がるわけではないけど(むしろ不安なぐらいだ)、とりあえずリフレッシュしようと思っている。 ウィークデーに更新してきたこのnoteも休むつもりだ。今年の3月末から始めて約1か月。だいぶペースがつ

          大型連休を迎えるにあたって。

          成長は加速する、だからこそ。

          今日は娘の誕生日。4歳になった。 朝、起こすときに「誕生日おめでとう」と言ってみたけど、特にリアクションはなく、いつもどおり寝息を立てていた(その後、強制的に起こした)。 「もう4歳」なのか、「まだ4歳」なのかを考えると、どちらかといえば「もう4歳」という気持ちのほうが強い。 生まれてから4年が経過しているという実感はあまりない。生まれたのは、つい先日のことのような気がする。 だが、確実に月日は経過している。 いつの間にか、鉛筆の持ち方を覚えて、字を書いてみたり、「

          成長は加速する、だからこそ。

          文章を書くのに適した時間帯。

          このnoteは、いつも午前中に書いている。 だが、今日は細々した業務をこなしているうちに午前中が終わり、昼食後もその続きや別件の業務などをこなしていたら、いつの間にか夕方になってしまった。 まぁそんなときもあるかと思いつつ書いているが、今日の仕事をあらかた終えてからの執筆作業は、どこか心理的に重い。一番やっかいな作業が、一日の最後にきちゃったよ、みたいな。 *** ビジネス書などでは、「午前中の頭がスッキリしているときに、その日に最も頭を使う仕事をしてしまおう」という

          文章を書くのに適した時間帯。

          こんな朝が、毎日続けば。

          今朝は、娘(3歳)の寝起きがよかった。 そのおかげで朝の準備がきわめてスムーズだった。朝食を自ら進んで食べ、得意げに着替えをする娘。「ぜんぶ自分でできた~」と私や妻への報告も怠らず、ぐずり出しそうな弟の面倒まで見ていた。 まさに文句なし、100点満点のスタートである。 ここまでうまくいくのはいつ以来だろう? そう思ってしまうぐらいに、ここ最近は、朝の準備がうまくいかなかった。 それが、特に対策をしているわけではないのに(逆に、昨夜の寝付きはあまりよくなかった)、拍子抜

          こんな朝が、毎日続けば。

          大切にしたい、小さな書店。

          週末、ふと思い立って自宅から2駅ほど離れた場所にある書店に行ってみた。 学生時代、私は実家の近くにあったその書店によく通っていたのだが、たまたまその書店について調べる機会があった。そのなかで現在はどこに店舗があるのかを調べたところ、いまの自宅から2駅ほど離れた場所に店舗があることを知った。 ちなみに、実家の近くにあった店舗は、もう10年以上も前に閉店している。小さい規模のお店だったので、置いている本の数は少なかった。 しかし、目利きの人が厳選したであろうことを強く感じさ

          大切にしたい、小さな書店。

          子どもは親を見ている。

          そう思わされることがよくある。 先日の夜、娘(3歳)はNetflixで動画を観ながらおやつを食べていた。おやつを食べる合間に、ちゃっかりジュースも飲んでいる。 飲み食いし始めてから1時間ほどが経過し、就寝時間も迫ってきたので、そろそろ止めるようにやんわり促した。 しかし、動く気配はまったくなし。何度か声をかけたが、ほぼノーリアクションだったので、最終的にちょっとキツめに注意した。 ところが、娘はそれがたいそう不満だったようで、烈火のごとく泣き出した。「なぜ、自分だけが

          子どもは親を見ている。

          お世話になった中華料理店。

          その昔、よく通っていた中華料理店が閉店していた。 家族2~3年前から弁当生活に移行したため最近は疎遠になっていたのだが、それ以前は多いときで週1~2回、少なくとも月1回は必ず通っていた。 いわゆる昔ながらの町中華で、どこかホッとする味が気に入っていた。家族経営なので、お店の雰囲気も温かい。お昼時を外してしまって、ふらっと1人で入ったときも、嫌な顔ひとつせず迎え入れてくれたことを覚えている。地元のおじさんおばさん連中もよく通っていて、大将や女将さんと他愛のない会話を交わして

          お世話になった中華料理店。