酔の助_外観

トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」13

大衆酒場のネオさを語らおう(夫と)その2――神保町「酔の助」

 今回のネオ日本食ノートも、前回に引き続き、わたくしトミヤマとおかもっちゃん(夫)の酒場談義である。話題は「ネオいつまみ」から、「大衆酒場のたのしみ(ときどき悲しみ)」へ。愛する酒場と相思相愛になるため、地味に努力を重ねる呑兵衛たちの姿をご覧いただきたい。

トミヤマ:ビールに似せたホッピーを出したり、ウィスキーに似せたホイスを出したり、日本の大衆酒場って言ってしまえば「まがいもの」をものすごく許容するよね。作り手も客も、「本物とは違うけど旨いからオッケ〜!」っていう感じ。この「和風ガーリックポテト」だってそうだよね。何をもって和風としているのかよくわかんないけど、食べちゃうもん(笑)。

MOBY:これは、上にかかってるかつお節のおかげで和風を名乗れてるんじゃない?

トミヤマ:この国にはかつお節とかきざみ海苔とかかけると和風を名乗れるシステムがあるね。

加藤:なんか、こういうメニューってお母さんが作りそうですよね(笑)。

トミヤマ:作りそう。でも、お母さんって勘で作った創作料理を二度と再現できないじゃない? 「こないだの和風ガーリックポテト作ってよ」「いや、あのときと同じ味に仕上げる自信ない」みたいな。だけど酒場は、偶然生まれたメニューであったとしても、ちゃんと再現できるから偉いな〜。

加藤:それってパンケーキとも似てませんか? べつに家でも作れるけど、美味しく作るとなると打率が低くなるっていう。

トミヤマ:あ、ほんとだ。

MOBY:煮込み系もそうだよね。家で作れないわけじゃないけど、お店で食べると、完成度の高さにほっとする。あと、お店だと、市販では手に入りにくい部位を使っていたりするしね。

(下の写真は、トミヤマ&MOBYが大好きな祐天寺「忠弥」の煮込み。あっさりと滋味深いスープが胃袋にしみわたる。)

トミヤマ:酒場って、家っぽいけど家じゃない、っていうキワキワのところを攻めてる業態なんだな。もちろん、お店としてちゃんと売り上げを確保するためのシステムはあるんだろうけど、それだけじゃなくて、実家っぽいというか、もっと人間味のある、アナログなルールで動いてる部分もないと成立しない。それが素晴らしいよね。

加藤:僕、チェーン居酒屋のネオ日本食にはあんまりグッとこないんですけど、それってアナログなところが足りないからですかね。

MOBY:血が通ってないって感じ?

加藤:うーん、そうかも……均質化しすぎるとつまらないんですよね。

トミヤマ:でも、疲れてるときはチェーン店に行くっていう人もいるよね。個人経営のお店って、客が自発的に「波に乗っていく」必要があるじゃない? 店の空気を読んで動くっていうかさ。でも、心が弱っていて、他人とコミュニケーションとることが面倒くさいときに、完璧にマニュアル化された場所でごはんを食べたいという気持ちもわからんではないよね。ボタン押して店員さん呼んでメニュー指させば食べ物が出てくるって、ノンストレスだもん。チェーン店にはチェーン店なりの優しさがあると思う。

MOBY:てことは、大衆酒場にいる人たちは、比較的元気ってことかもね。接客する方もされる方も、受け身なだけじゃダメだもんね。吉田類さんの「酒場放浪記」が爆発的にヒットしたのも、外食産業のマニュアル化が進み過ぎた結果、「やっぱチェーン居酒屋つまんねえな〜」っていう人が相当数いたってことだろうし。

トミヤマ:うん。濃いキャラの常連さんを観察したり、ご主人やおかみさんの面倒くささが楽しかったり、店の個性というか、ある種「ノイズ的なもの」すら楽しいんだよね、個人経営の酒場って。そういう場所で、ちゃんと振る舞えてる自分のことも好き。まあ、慣れるまでがちょっと大変なんだけど。

加藤:どうやって慣れていけばいいんですか? 「この店、クセ強いな〜」みたいなお店で。

MOBY:いや、それは、気に入られるようにがんばるしかないんだよ(笑)。

加藤:あはは。

トミヤマ:酒場的優等生のふるまいってのがあって、それをやると、帰り際に「きょうはありがとね」とか、ふいに言われたりするのね。そうするとすごく嬉しいんだよ。ひょっとしたら酒場って、承認欲求が強い人に向いてるのかもしれない(笑)。お行儀の良いお客さんでいれば、いつか必ず認めてもらえるから。

MOBY:日本語がまったくできない外国人観光客の注文を代わりにきいてあげると、おかみさんに感謝されるとかね。

加藤:なんで飲み食い以外の部分でそんなに頑張るんですか(笑)。

トミヤマ:えー、だって、そうやって酒場ポイントが貯まっていくと、あるとき思いもよらない裏メニューが出て来たりして楽しいんだよ。ポイントカードみたいなもんだよ。いろいろな方法でお店に貢献して、ちょっとずつポイントを貯めておくと、あるときすごい何かと交換できるの。何と交換できるか、いつ交換できるかは、完全にお店次第なんだけど(笑)。みんなもTポイント貯めるでしょ? あれと一緒! いきなりドーンとは貯まらないの。日々のちょっとした努力が大事なの。

MOBY:ポイントを貯めるって、目立つとか、常連ぶるとか、そういう意味じゃないんだよね。むしろ、店員さんがたまたま近くを通ったときにタイミングよく注文することで、相手の手間を減らすとか、いかに邪魔せず目立たずいられるかっていうのが大事。とにかく黒子に徹するわけ。しかし黒子になることで逆に覚えてもらえるんだよね。

トミヤマ:わたしも、自分ひとりのために店員さんを呼びつけるのは極力避けよう、っていうのはいつも考えてるな。

MOBY:センターステージのときは特にね。

加藤:センターステージ!?

MOBY:コの字カウンターの突端です(笑)。店の奥から突端まではるばる出て来てもらうことになるので、タイミングよく注文したいんだよ。あうんの呼吸が大事。酒場での飲み食いは一種のライブなんで。

加藤:隣の人が「ハイボール!」って言ったら「じゃあ俺も!」みたいな?

MOBY&トミヤマ:そうそう!

MOBY:お店の人を観察して、なるべく無駄な動きをさせないように振る舞うと、ふつうのお店は「おっ、あんたわかってるね」って感じで認めてくれるんだけど、このあいだみんなで取材に行ったあのお店では、それが嫌がられたんだよね……。

トミヤマ:例のボツにしたお店だね(※先日、当連載の取材のために訪れた酒場の店主がおかもっちゃんにだけキツく当たる、という怪事件があり、食べ物&飲み物は美味しかったのですが、掲載を断念したのでした)。

MOBY:あれは悲しかったな。僕が「酒場をわかってる風」でムカついたのかも知れないけど、それなりに酒場偏差値が高くなってくると、周りの常連さんを見てれば「あ、これはこうするんだな」ってわかるから、ついそうするじゃない。

トミヤマ:その学習能力の高さがムカつかれたんだよ。わたしは右も左もわからなくて終始オドオドしてたからか、まったく怒られなかったもん。しかし、グループで飲みに行ってて、ひとりだけ扱いが違うってすごいよね……。

加藤:そういうお店って、他にもけっこうあるんですか?

MOBY:ここまでわかりやすくやられたのは初めてですね。「コソコソ空気読んでないで、俺に直接訊け!」って思われたのかもしれないけど、僕としては、お店の方を捕まえていちいち質問するのも、お手数おかけすることになると思うから、やっぱり常連さんの動きを参考にするわけで。

トミヤマ:それってドラムに喩えると、「俺ってなかなか難しいリズムパターンを叩いてるよな」って思ってる人に向かって、おかもっちゃんが「そうでもないけど?」ってあっさり言っちゃったって話じゃない? だから、あの店主の中では、すぐわかってくれて嬉しいというより、あっさりわかられちゃって悔しいという思いが勝ってしまったんだよ。初めて来た店なのに、お前なんですぐ理解してんだよ、生意気だぞ、と。

MOBY:そう言われてみるとそうかも……。

加藤:でも、今回のお店に限らず、ルールが厳しいとか独特だとか言われる酒場ってありますよね。

MOBY:ルールが独特というと、京成立石の「宇ち多゛」のようなお店があるけど(※同店は、入店や注文の方法に独自のルールがあり、初心者は難儀すると言われている)、ルールを知らないからってバカにするような接客は絶対にしないよ。ただ、自分から「お客様は神様です」って言っちゃうような、超横柄な客に対して、うちはそういう人は歓迎しませんからねって言ってるだけのことで。

トミヤマ:ベロ酔いのお客さんは叱られたりするけど、ふつうに飲んでるお客さんはべつに大丈夫だもんね。

(完全に余談だが、宇ち多゛と同じ立石に本社があるタカラトミーが出した「あつまれ! トミカのたべものやさん」シリーズには、宇ち多゛にインスパイアされたとしか考えられない移動もつ焼き屋のトミカが存在する。これはトミヤマの私物)

MOBY:僕が偉いわけじゃないし、僕が正解ってわけでもないけど、例のお店は僕には合わなかった。いつもと同じような初入店の振る舞いをしたつもりだけど、嫌われてしまったな〜。

トミヤマ:でも、そういう事故みたいのも楽しいよね。酒場との関係は恋愛と一緒で「良い/悪い」ではなく「合う/合わない」だと思うし、あのお店と相思相愛の人もいると思うんだよ。

MOBY:それはほんとにそう思います!

加藤:みんながそれぞれ「ここ居心地いいわ〜」っていう酒場を見つければいいんですよね。

トミヤマ:そうそう。お店によっては、一般的に想定されるようなホスピタリティじゃないホスピタリティを発揮してくる変わったお店もあるけど、そのマニュアル化されていない感じ、均質化されてない感じを楽しんで欲しいですね。あと、一回はずれを引いたくらいでへこたれないことも大事(笑)。

MOBY:僕は先日初めてお邪魔したお店で「またきてね」って言われたからふたたび自信を取り戻したよ! いつものやり方でちゃんと認めてくれるお店もあるんだって!

トミヤマ:良かったねえ。

加藤:自信回復ですね。

トミヤマ:ただの酔っ払いかと思いきや、こうやって一喜一憂しながら生きてるんですよね、呑兵衛って(笑)。

……というわけで、夫婦対談は次回が最終回です。


オカモト”MOBY”タクヤ

4人組ファンクバンド、SCOOBIE DOのドラマー兼マネージャー。「LIVE CHAMP」として知られるバンドは今年結成22年目を迎えた。野球、アメリカ横断ウルトラクイズ、香港、そして大衆酒場をこよなく愛しており、FMおだわら「NO BASEBALL, NO LIFE」のMCを担当するほか、AbemaTIMESで「大衆酒場大学」を連載中。香港政府観光局認定の「香港マイスター」や、MLBの野球解説者といった肩書きも持っている。ちなみに、妻のトミヤマとは2014年に結婚した。

酔の助

千代田区神田神保町1-16-4 @yonosuke_jin

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