ワンモア看板

トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」①

私が好きな食べ物って「ネオ日本食」なのでは?——平井「ワンモア」のホットケーキ

 『パンケーキ・ノート』が、刊行されてからも、わたしは相変わらずパンケーキを食べ続けていた。まだまだ飽きる気配がない。それは単においしいからではない。おもしろいからだ。

 とくに喫茶店のホットケーキが面白い。ジャパニーズパンケーキとか日式パンケーキとか呼ばれていて、海外でもすごく人気がある(空港のお土産売り場にホットケーキミックスがあるくらいだ)。ホットケーキの何がおもしろいって、海外からやってきたパンケーキをそのまま再現するのではなく、生地をぶ厚くふっくらとさせ、スイーツとして楽しむために甘く味付けしたところ。確かにおいしいけど、なんで元ネタのまんまじゃダメなんだろう。薄いパンケーキがいっぱい積み重なったやつよりも、ぶ厚いパンケーキが2〜3枚積み重なったやつを褒めたくなる。それは、極めて日本的な感覚だ。きっと、その感覚をくすぐるように、名もなき料理人たちは、パンケーキに工夫をほどこしガラパゴス的に進化させホットケーキをつくった、と思うとなんだか興奮する。

 そうした料理人の系譜に、平井「ワンモア」のマスターもいる。そのむかし渋谷の喫茶店で修行していたらしい。当時は国産の小麦粉がなかなか手に入らなかったため、進駐軍から流れてきたものを使ってホットケーキを作っていたという。いわゆる「戦後のドサクサ」というやつだ。全身真っ白になりながら粉をふるいにかけていた若き日のマスターが作るホットケーキを食べてみたかった気もするが、今のマスターが作るホットケーキも最高だ。食べ応えはあるけど、重すぎない食感。あらかじめたっぷり塗られたバターと自家製シロップのあまじょっぱ感。このジャパニーズパンケーキのおいしさは、世界に通用すると思う。喫茶店のホットケーキはどれも大好きだが、ワンモアのは格別だ。

 というわけでホットケーキは、自分の中で永久欠番というか殿堂入りなのだけれど、実はスパゲッティナポリタンや、オムライスも好きだ。あとはハムカツとか、焼き餃子とかも好き。なんとなく好きになったそれらメニューの間に共通点などない、と思っていたが、ワンモアのホットケーキを食べながら考えているうちにハッとなった。これらはすべてホットケーキと同じ「もともと海外から入ってきたハズなのにいつの間にか独自の進化を遂げた」食べ物ではないか。そんな食べ物をわたしは「ネオ日本食」と名付けることにし、備忘録としてTwitterでつぶやいた。夜中の3時44分に投稿されたつぶやきは、4人にファボられただけ……自分的には大発見だったが、反応が薄い。

 しかし、このつぶやきを見逃さなかった男がいた。『パンケーキ・ノート』の担当編集・Kくんである。「トミヤマさん、ネオ日本食ってなんですか、ほかにどんなメニューがあるんですか」と、グイグイ食い付いてくる。「いや、なんかふと思いついただけなんだよ」と言うと「じゃあ、もうちょっと食べてみましょうよ、そしたらネオ日本食が何なのかハッキリするかもしれないじゃないですか」と引き下がる気配がない。ああ、そうだった。この不思議な編集者は、数年前ポロっと「パンケーキの店に行くのが好きなんだ〜」と言ったわたしに「じゃあ30軒行ったらまた連絡ください」「ホントに行ったんですか?じゃあ次は50軒行ったら教えてください」「70軒行ったんですか?」「社長に話したら本にしていいって言ってますけど、どうします?」という具合に、ひとを乗せるのがうまいのだった。そしてわたしはそういう彼の口車に乗せられるのが嫌いじゃないのだった。

 寿司、天ぷら、蕎麦のような王道の日本食ではなく、喫茶店や大衆酒場の片隅にシレっと存在するネオ日本食をわたしは愛する。というか、みなさんもすでに結構愛しているはずだ。ナポリにナポリタンはない。天津に天津飯はない。その意味でネオ日本食は外道なのかもしれない。でもおいしい。そしておもしろい。

 ここから始まるのは、そんなネオ日本食をめぐる冒険である。「これはネオいのでは?」と思うものをとにかく食べて、考えて、書く。その繰り返しを通じて日本の食文化の「おもしろおいしさ」を伝えられたら嬉しい。どうぞよろしくお願いします。

ワンモア

https://tabelog.com/tokyo/A1312/A131202/13002937/

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