トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」17

冷やし中華インスパイア系の冷やし麺を食べに――池尻大橋「鶏舎」「ソウルフードバンコク」

 日本のフード界は夏場に麺を冷やしがち。蕎麦や素麺によって育まれた冷やし麺の文化が「冷やし中華」を生んだ――そのことについては、これまでの取材でよくわかった。しかし、ただ冷やし中華を発明しただけで満足できないのがこのネオらせ大国・ニッポンである。街を歩けば、冷やし中華の応用編みたいなメニューをそこらじゅうで見かける。 

「アレがいけるんだったら、コレもいけるでしょ!」的な夏祭りの勢いには、巻き込まれてなんぼ。というわけで今回は、甘酢とごまだれの世界から離れて、ちょっと変わった冷やし麺を調査してみたい。

 池尻大橋「鶏舎」は、東京の街中華好きなら一度は名前を聞いたことがあるだろう有名店だ。ぷりぷりの海老が乗っかった炒飯も、シンプルイズベストな餃子も素晴らしい。が、夏季限定の「冷し葱そば」(950円)も素晴らしいという。

 お昼の時間帯を狙って店に行くと、すでに店の外まで行列ができていた。この日はすごく暑い日だったので、みんな我慢の表情だ。わたしも同じような顔をして最後尾に並ぶ。ふと入口の脇を見ると、ざっくり四角に切った紙に「冷し葱そば」の荒々しい文字が……夏の間しか用がないからこその適当さ、最高である。

 昼ならではの回転率の良さに助けられて、案外すぐに順番が来た。カウンター席に座ると、調理器具が賑やかに音を立てる厨房がとてもよく見える。ぶわっと炎が上がるコンロの前では、タオルではちまきをした男性スタッフが忙しそうに立ち働いている。ああ、いい眺め! わたしは厨房で忙しそうにしている料理人を見るのが好きなんだ!

 そして噂の冷し葱そばがやってきた……見た目はかなり地味というか、おとなしいというか。しかし、食べてみると、そんなことはどうでもよくなる! 細めのちぢれ麺は、しっかりと冷やされており、葱油をベースにしたコクのある塩ダレとよく絡む。ややこってり感のある麺の上には、葱&キュウリのあっさりトッピング。とくにたっぷり葱の爽やかさがたまらない。麺、葱、キュウリ、麺、葱、キュウリ、ときどきチャーシュー。紅生姜みたいな味の濃いものをアクセントとして入れないからこその、心地よいループが生まれる。揚子江菜館の冷やし中華は、種類豊富な具材が魅力だったけれど、これは具材の種類を減らすことで、逆に美味しく食べられるパターン。これぞ引き算の美学、食べ終わるのが惜しいような気持ちで完食した。

 そして池尻大橋にはもう一軒ユニークな冷やし麺を出す店がある。タイ料理の店「ソウルフードバンコク」だ。

 こちらの「冷やしトムヤムらーめん」(980円)は、まず、トムヤムクンスープをラーメン、つまり中華風にし、その上で日本式に冷やしたわけだから、計二回の「ネオり」が加えられている。そもそもこの店、オリジナルの甲類焼酎が置いてあったり(ちなみに担当Kくんは「抜群の協調性。」というキャッチフレーズをいたく気に入っている)、パクチーを天ぷらにするなど、隙あらばネオらせようとする店であり、わたしの中ですでに監視の対象となっていたのだが、とうとう冷やし麺にまで手を出してきた。貪欲にもほどある(褒め)。

 いつもハフハフ言いながら食べているラーメンが今日は冷たい。しかし、なんだか妙な気がするのは最初だけである。冷ますことでしっとり感が増したトムヤムスープのほどよい辛さが、食欲をじわじわ刺激してくる。ピリ辛の冷製ポタージュって感じで、妙に後を引くのだ(スープだけでも売れそう)。具材はエビ、肉味噌、ゆでたまご、もやし、きゅうり、プチトマト、そしてタイ料理に欠かせないパクチーだ。温かいバージョンには入っていない、肉味噌、ゆでたまご、きゅうり、プチトマトが新たにトッピングされているところに、冷やし中華リスペクトを感じる。冷やしになった途端、具材が増え、若干サラダっぽくなるのが面白い。

 冷やし中華が日式中華ならば、冷やしトムヤムらーめんは日式タイ料理と呼ぶべきものだろう。トムヤムクンとラーメンを最初に融合させたのは、1992年にオープンした「ティーヌン」とされているが、それから20年ちょっとで他のタイ料理屋も同じようなメニューを出し、さらに冷やすところまできた。まさに光陰矢の如し。時の流れは料理をどんどん変えてゆく。その流れを止めることは、誰にもできない。

 なんて、ちょっとかっこいいことを書いているこの瞬間も、日本のどこかで本来冷やさなくてもいい何かを冷やそうとしている料理人がいる。それはちょっぴり恐ろしく、そしてすごく楽しいことである。

 さて、麺類が続いた冷やしシリーズだが、次回は麺以外を取材することにした。2017年の夏はちょっと引くぐらい素早く終わってしまって、もう冷やしの気分じゃないかも知れないが、来年の予習だと思って是非お付き合い頂きたい。よろしくお願いします。

鶏舎 

ソウルフードバンコク


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

3

トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」

最盛期、年間200食ものパンケーキを食べていた、パンケーキのエヴァンジェリスト・トミヤマユキコさんが、いま注目する食文化「ネオ日本食」。ホットケーキ、ナポリタン、オムライス、焼き餃子、ハムカツ……海外から来たのに日本食としかいいようのない、ガラパゴス的進化を遂げた料理たち。...
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。