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トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」⑩

中年にやさしいネオい酒——新宿「萬太郎Jr.」の生ホッピー(とチキナー)

 日本が生んだネオい酒として忘れちゃいけないのがホッピーだ。ホップを使って作られるビアテイストの清涼飲料水で、焼酎を割るとビールに似た酒が完成するのだが、ビールと違ってプリン体は0。痛風を恐れる飲んべえにはもってこいの飲み物である。このあいだ友人のライターKくんと居酒屋に行ったら、「腕のギプスが外れるまで酒が飲めないんだよ」と言って、ホッピーを単品で飲んでいた。が、Kくんよ聞いてくれ。ホッピーには0.8%のアルコール分が含まれているんだ。法律上は清涼飲料水だが、実はうっすらと酒なんだ。
 ホッピーを製造&販売するホッピービバレッジのホームページに「日本人独自の酒文化「焼酎との割り飲料」のパイオニアとして知られているホッピーですが」という一文があることからもわかるが、日本の食文化はなぜか「焼酎をいかにして割るか?」にやたらとこだわる。そしてきっちり結果を出す。ホッピーとか、博水社のハイサワーとか、ほんとに旨いもんな……。
 ホッピーには、白ホッピー(≒ビール)と黒ホッピー(≒黒ビール)の他に、樽生ホッピーというのがある。つまり「≒生ビール」である。字面だけですでに旨そうでしょう! そして飲んでみると実際に旨いのであるが、生ホッピーはどこにでも置いてあるわけじゃないので(そもそもホッピー自体が関東エリアを中心に売られている飲み物で、ぜんぜん全国区じゃない)、飲みたくなったら、店をリサーチせねばならない。生ホッピーの最高峰を目指すなら、横浜は野毛にある「ホッピー仙人」に行くべきなのだが、仙人の店、ちょっと遠い(ごめん)。もうちょっと近場で、仙人レベルじゃなくてもいいので、旨い生ホッピーが飲みたい。
 というわけでやってきたのが、新宿歌舞伎町にある「萬太郎Jr.」である。ここは、歌舞伎町で生ホッピーが飲める唯一の店、ということになっていて、メニュー表にもそのことが載っている(誇らしげ)。我が家では、大衆酒場と言えばおかもっちゃん(夫)なので、付き添いをお願いした。


 萬太郎Jr.は、近所にロボットレストランがあるなんて思えないような、すごく落ち着いた店である。天井近くに設置されたテレビを観るともなく観ながら、みんなダラダラ喋っていて、スタッフも物腰柔らか。親戚の家みたいだ、とか思いながらさっそく「樽生ホッピー」(450円)を注文した。
 ふつうのホッピーは、焼酎が入ったグラスと茶色いビンに入ったホッピーが「セット」で出てくるのを、自分で混ぜて完成させるのだが、生ホッピーの場合は、はじめから完成した状態で出てくる。


 ビンのホッピーとはまるで違う超クリーミーな泡は、生ビールと同等、あるいはそれ以上のきめ細かさ。そして飲んでみると、ビールにあるベタつきが一切なく、すっきりとした喉ごし。庶民の酒としてはかなり上品な仕上がりである。というか、これ、上品すぎてスーッと飲めてしまう。ビールより飲めてしまうのではないかという気さえする。危ない(笑)。
 例によって、ネオい酒に合うネオいつまみを食べようとメニューを見たら「カレールーコロッケ(2個)」の文字を発見(コロッケはフランス料理のクロケットを先祖とするネオ日本食)。カレーコロッケではなく、カレールーコロッケとは一体どういうことなんだ?と思って頼んでみたら、本当にカレーのルーだけを揚げたものだった。わかりやすく言うと、クリームコロッケのカレーバージョン。そんなもん、旨いに決まっている。あつあつをひと口頬張ると、おかもっちゃんが「なぎら健壱先生が、カレーのルーだけで酒を飲むのが好きだと言っていたので、このコロッケは飲んべえ的には極めて正しい」と教えてくれた(豆知識)。


 焼きものも少し頼もうということになって、焼き鳥とやきとんを2本ずつお願いしたのだが、店員さんが見慣れないものを「これどうぞ」と持ってきた。焼き鳥を串から外すための道具だった。なんだこれ、初めて見た。あ、知らないのは我々だけで、けっこうメジャーなのかしら。わからない。わからないけど、とにかく使ってみることにした。すごい外れる。わりと不器用なおかもっちゃんがじゃんじゃん外しているのが地味に衝撃的だ。帰ってから調べたら、これは「チキナー」という名前らしい。「焼き鳥用フォーク チキナー」。お前、いい仕事するな。


 チキナーの描写につい熱が入ってしまったが、生のホッピーは掛け値なしにいいものだ。「わたし、泡(シャンパン)以外は飲めないの」みたいなこと言う人にも、この繊細な炭酸を味わっていただきたい。
 ちなみに、この原稿を書いているのは、取材の翌日なのだが、もうすでに樽生ホッピーが飲みたい。なんなら生ビールよりも飲みたい。ビールすら「濃い」「重たい」と感じ始めているすべての中年にとって、生ホッピーのクリアすぎるほどのクリアさは、まさに救いであり、「ビールの代用品」以上の価値があるように思う。というか、代用品に代用品以上の価値を見いだす、ということ自体が、とてもネオ日本食っぽい。ホッピーを求める気持ちは、高級イタリアンより喫茶店のナポリタンを食べたいと思う気持ちとどこかで繋がっているのだ。


萬太郎Jr.
https://tabelog.com/tokyo/A1317/A131701/13010363/

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