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トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」④

ロメスパとサンドイッチで世界一周——大手町「リトル小岩井」

 「ロメスパ」という言葉を知っているだろうか。路面+スパ=ロメスパ。路上のごはんということはつまり、めちゃくちゃ庶民的であるということ。基本的には茹で置きの極太麺+たっぷりの具材で構成されている。つまりボリューム満点&アルデンテって何ですか状態。ノリとしては、牛丼屋とか立ち食い蕎麦屋に近い。遠ざかるイタリア……これは明らかにネオ日本食である。調査しなければ。

向かったのは、大手町にある「リトル小岩井」。同店は、銀座「ジャポネ」と肩を並べるロメスパの名店である。お店のある「大手町ビル」は、駅に直結しておりかなり便利……らしいのだが、なんせ駅がダンジョンみたいだから、だいぶ迷ってしまった。「本当にこの道でいいのかよ?」と思いながら謎の地下道(うす暗くて怖い)を抜けた先に賑やかな地下街を発見して、ようやくひと安心。

 道幅が狭くて、天井が低くて、人と人との距離が近い地下街は、古き良き昭和の匂いがムンムンする。かつては、上階のオフィスで働くひとたちが地下へ下りてきて飯をかっこむことが、相当イケてる行為だったに違いない。ビルから一歩も出ずに働き、ご飯を食べる。これぞ高度経済成長期のサラリーマンって感じだ。

 そんなことを考えながら店の近くまでやってきたのだが、待ち合わせしているKくんが見当たらない。メールを送ると、Kくんもまた、大手町ダンジョンに行く手を阻まれていた。わりと地図が読めるわれわれをも陥れる大手町ダンジョン、手ごわい。

 数分後、店の前で落ち合ったわれわれは……激しく萌えていた。お店のコンパクトさがたまらなかったのだ。

 客席は14席しかなく、見るからに狭い。だが、その狭さをものともせず、うまいこと客をさばきつつ、店頭ではサンドイッチも販売。なんて小回りの効くお店なんだ。入口横にはサンドイッチのショウケースがキチっとはめ込まれ、中を覗くと、色とりどりの切り口がこちらに顔を向けている。そして完全に店の敷地からはみ出す位置に、ジュースの入った冷蔵ショウケース。この狭小店舗を4〜5人のスタッフがきびきびと動き回っている。スーツ姿のサラリーマンが圧倒的に多い店内では、ひとり客がスッスッと空いている席に座り、誰に言われずとも相席を形成し、さっと食べてさっと去ってゆく。すべての動きにムダがなく、本当に美しい。このグルーヴを邪魔しないよう、われわれもきびきび入店し、きびきび注文した。

 「塩ベジタブル」とか「醤油バジリコ」とか「キーマカレー」とか、気になるメニューはたくさんあるが、リトル小岩井初心者のわれわれが頼んだのは、「ジャポネ」と「ナポリタン」。ジャポネは「豚肉・玉ねぎ・ピーマン・マッシュルーム・ニンニク醤油」の入った和風のスパゲティ。さきほども書いたように、銀座にはジャポネという名の店があり、大手町にはジャポネという名のスパゲティがある。「日本風」であることへの矜持を感じさせるので、わたしはこの名前が大好きだ。

 注文を終えるとまず出てくるのが、ガラスの器に盛られたコールスロー。ひとくち食べてみると「しょっぱすっぱい」味がする。塩気と酸味が互角に戦っており、けっこうパンチが効いている。これはサラダというより、おしんこに近いかも。隣に座った常連らしきおじさんが「別盛〜!」と言ったので、何かと思ったら、デカいサイズのコールスローが運ばれてきた(写真は普通サイズ)。ええ? そんなに食べたい? ちょっとで良くない?

 しかし、この直後にわたしは、このしょっぱすっぱ味の素晴らしさにひれ伏すことになる。スパゲティの箸休めとして食べると、口の中がとてもスッキリするのだ。とくにリトル小岩井のナポリタンは思わず童心に返るほど甘めの味付けなので、それを引き締めるには、このしょっぱすっぱ味がベストなのだった。さっきの常連さんごめん、やっぱり別盛アリだと思います。

 そしてお待ちかねのジャポネだが、とても優しい味がする。醤油味のスパだからもっとしょっぱいのかと思っていたけど、そんなことはなかった。ロメスパの特徴である極太もちもち麺が、洋風焼きうどんとでも言うべき、優しい塩気によって絶妙のネオさを醸し出している。ぱっと見は地味だけれど、柔らかく甘い豚肉や玉ねぎの中に少しだけピーマンの苦みが感じられたりして、意外と味は平坦じゃない。ニンニク醤油が入っているというけれど、仕事に差し障りが出るほどの匂いじゃないのもありがたいと思った。

 ジャポネは和風のスパゲティだけれど、試しに粉チーズをかけてみた。これはこれで美味しい。ネオ日本食については、和風だから、とか、洋風だから、みたいな二分法で考えていてはダメだと改めて思い知る。

 食べているあいだじゅう、Kくんが「会社の近くにリトル小岩井があってほしい〜!」とうわごとのように言い続けていた。労働者のためのパワーフードでありながら、どこか家庭的な、懐かしい味。そしてきびきびと動き回るスタッフと、その流れにうまいこと乗る客。そのすべてが気に入ったKくんの、恍惚とした表情よ……。

飲食店の素晴らしさというのは、ゆったりとした店内とか敬語が完璧なスタッフによってのみ保証されるわけではない。いっせーのせ! で長縄飛びをするような、あうんの呼吸の中で食事をすることも、ある種の快感を呼び起こすものなのだ。

 ほどよく満腹となったわれわれは、お土産にサンドイッチを買って店を出ることにした。「どうせならネオいのいきましょう」ということで、「メキシカン」なる揚げサンドイッチ(タコスの具っぽいものをはさんで素揚げにしてある)と、「(韓国風)スパゲティサンド」を購入した(韓国風をカッコで括ってあるのはなんなんだ、謙虚か)。「焼きそばパン」というネオ日本食に慣れ親しみまくっている身としては、スパゲティをパンで挟むぐらいのことで驚きはしないけれど、(韓国風)スパゲティが店内では食べられず、サンドイッチのためにわざわざ開発された商品である点については、ちょっと驚いた。どんだけ研究熱心なんだよ。

 帰宅し、ひとりでサンドイッチを食べてみた。メキシカンはタコスにインスパイアされたのであろうピリ辛味で、(韓国風)スパゲティサンドは、キムチ風かと思いきや、チヂミなどのつけだれを思わせる醤油系の味だった。リトル小岩井には、このほかにも「ブラジリアンチキンサンド」「ツナキャベツカレーサンド」「ポテトピザサンド」などがあったことを思いだし、ニヤニヤが止まらない。だって、それぞれのサンドイッチが目指しているのはブラジル、インド、アメリカのムードを再現することでしょう? てことは、これひょっとして、サンドイッチで世界一周できるんじゃないの? 日本の大手町にいながら、わたしたちは世界を旅することができる。なんてワールドワイドな話なんだ。リトルとか名乗ってるけど、全然リトルじゃないぞ、リトル小岩井は。

リトル小岩井

https://tabelog.com/tokyo/A1302/A130201/13000032/

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