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トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」23

ネオらせに前のめりなメニューが嬉しい――大井町「東京洋食屋 神田グリル」のハントンライス

 ハントンライスは、石川県金沢市で独自進化した「地方系ネオ日本食」である。金沢に馴染みのないわたしは、はじめハントンライスと言われても、一体なんのライスかわからなかった。ハンガリーの「ハン」とフランス語でマグロを意味する「トン(thon)」を組み合わせた造語だと言われても、やっぱりよくわからない。ハンガリーとマグロ……謎である。トルコライスもわりと意味不明な名前だが、ハントンライスはそれよりもっとわからない。

 ケチャップライスに薄く焼いた玉子焼きを載せてオムライスにし、白身魚のフライをトッピングした上から、タルタルソースとケチャップをかければ、ハントンライスになるのだという。ハンガリーの名が冠せられているのは、ハンガリーの家庭料理に「ラントット・トン(rántott tonhal)」という、タルタルソースで食べるマグロのフライがあり、それと似ているかららしい(現在のハントンライスは、トッピングが海老フライのパターンもあり、マグロにはあまりこだわってない模様)。タルタルソースで食べる魚のフライなんて、ハンガリー以外にもたくさんありそうなものだが、敢えてハンガリーに的を絞っているのは一体どういうわけなのか。謎はますます深まる。しかし、オムライスと魚のフライという組み合わせは聞くだに最高だ。旨いに決まっている。

 そんなハントンライスを食べさせてくれる店が東京にもある。関東で6店舗を展開する「東京洋食屋 神田グリル」。“東京”洋食屋と名乗っておきながら、ハントンライス(金沢)もあればトルコライス(長崎)もある時点で、ネオ日本食に対しかなり前のめりな店であることは間違いない。商品開発部に相当の手練れがいるとみた。

 京浜東北線と東急大井町線とりんかい線が乗り入れる大井町駅を降りて、目の前のアトレに入り、エスカレーターで6階のレストランフロアへ。12の飲食店が軒を連ねる中に神田グリルはある。遠くから見ても、食品サンプルが「面出し」状態になっているのがわかる。それだけでもう幸せだ。というか、そもそも食品サンプル自体が日本独自のフードカルチャーのひとつであり、ネオ日本食とは親戚みたいなものである。パスタを巻き取ったフォークが宙に浮いてる例の食品サンプルとか、最高じゃないですか? あんなの思いつくの日本の職人だけなのでは? 工夫が行き着くところまで行き着いてしまうあの感じ、ネオ日本食と同じ匂いを感じて仕方ない……。

 入店し、ハントンライスとトルコライスを注文した。本当はハントンライスだけで終わらせても良かったのだが、ここ数回の取材でわたしはトルコライスをかなり好きになっているので、頼まずにはいられなかった。とくにトルコライスに入っているカレーピラフが大好きで、「どうせカレー味にしただけのピラフだろ」と思っていた過去を猛省中である。店ごとに異なるカレーの風味、食べれば食べるほどクセになる。地味だし微妙な差なのだが、だからこそ愛しい。
 
 しかし、今回の主目的はあくまでハントンライスだ。基本的に、魚のフライをつまみながら食べるオムライス(どちらも馴染みのある食べ物)なので、なにかものすごい新発見が! というわけではないのだが、よく考えたら、半熟卵とタルタルソースを一緒に食べたのは初めてかも知れない。旨い。何の違和感もなく旨い。ケチャップライスと一緒に食べれば、口の中はまったり濃厚な味わいで満たされる。甘いようなちょっと酸っぱいような味。そこにカリカリに揚げた白身魚のフライを頬張れば、ふわっと磯の香りが広がってゆく。

 言っておくが、カロリーのことは考えるだけ無駄だ。だいたい、ハントンライスもトルコライス同様、デカ盛り要素がある。神田グリルのメニューにも「白身魚のフライと、オムライスでボリュームたっぷり!」と書いてある。ボリュームたっぷりなのだ。カロリーのことなんか考えたってしょうがない。今日はもう諦めよう。摂取してしまったカロリーのことは明日考えればよい。そう決めたわたしは、編集Kくんが食べていたトルコライスのカレーピラフをもらった。結構もらった。

 神田グリルは、わたしのような胃弱からも正常な判断力を奪い、腹パンになるまで食べたいと思わせるような、ヤバすぎるチェーン店である。近いうちにに再訪したい。それかうちの近所に新規オープンして欲しい。関係者の方、どうぞよろしくお願い致します。

東京洋食屋  神田グリル
地図:東京都品川区大井1-2-1アトレ大井町6F


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13 大衆酒場のネオさを語らおう(夫と)その2――神保町「酔の助」
14 大衆酒場のネオさを語らおう(夫と)その3(最終回) 神保町「酔の助」
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