トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」18

 「かつ丼を冷やす」という発想の妙!――渋谷「かつ吉」

 冷やし中華からはじまった、わたしの「冷やしネオ日本食」研究。毎年必ずやってくる暑い夏をどうにかしようとした料理人たちが、めくるめく「冷やしの世界」へ誘ってくれるに違いない……とか思っていたのだが、現実はちょっと違っていた。意外に思うかも知れないが、そもそも冷やしフードって、あまり定番化しないようなのだ。冷やし中華みたいな超ロングベストセラーが本当に少なくて、せっかくメニュー開発をしても、数年で消えてしまうものばかり(冷やしお好み焼き、冷やし炒飯、冷やしフレンチトーストなど)。冷やしの世界、けっこう厳しい。

 でも、巷の冷やしフードをいろいろと食べているうちに、定番化しないのも納得、という気持ちになった。まず、麺以外の食べ物に対して「冷えてて美味しい」と感じるのがけっこう難しい。ほかほかご飯は最高だが、冷え冷えご飯になると、ちょっと微妙だ(「冷や飯を食う」なんていうことわざもあるくらいだし)。いま冷蔵庫から出したばっかりです! みたいな、キンキンに冷えたご飯を「美味しいな〜!」と思わせるのには、それなりのスキルが必要だが、それに成功している店はとても少ない。

 あと、冷たい麺は美味しいけれど、冷やしすぎると美味しくなくなるパターンがあるので要注意だ。体温高めの大食漢には関係ないかも知れないが、冷え性×胃弱のわたしなどは、冷たいものをずっと食べていると、舌が麻痺して味がわからくなってくる。ヘタすると完食できない。

 しかも冷たすぎる系の麺は、舌の麻痺に負けないよう、ものすごくしょっぱく味付けされていたりもする(そのせいで今回紹介を断念した店があるくらいだ)。こうなるともう味の暴力なのだが、まあ、冷たさで鈍くなった味覚を、強烈な塩気で揺さぶり起こすしかないのだろう。雪山で死にかけてる人を「寝ちゃダメ!」とか言って殴るあのシーンをイメージしてもらえると話が早い。

 冷やしネオ日本食を食べれば食べるほど、夏のはじめに「喜楽」で食べた「ぬるいとまでは言わないが冷たくもない」温度が大正解だったとわかる。涼もとれて、味もちゃんと美味しくて、最高だった。これを読んでいる外食産業のみなさん、「冷やし」と言いつつ、実はあんまり冷やさないのが正解ですよ!

 そして、これが冷やしフード研究最大の発見だったのだが「物語のない冷やしは飽きる」……お前なに言ってんだ、って感じなのはわかっているが、聞いて欲しい。温かい食べ物が冷めていくよりも、冷たいものがぬるくなっていく時の方が、圧倒的に「つまらない」のである。そこにあるのは、ただの弛緩であり、劣化。だから、トッピングの種類なり、食感なり、冷たさのコントロールなり、とにかくなんでもいいから「物語」を演出してくれないと、飽きる。どんなにわくわくしながら入店しても、食べ始めて5分でもうギブみたいなことになる。

 こうして冷やしフードにどんどん厳しくなっていったわたし(と編集Kくん)だが、そんな中にも「これはすごい!」「天才か!」と唸るものはあった。「冷やしかつ丼」である。

 東京都内に三つの店舗を持つ「かつ吉」の冷やしかつ丼は、お店のHPによれば、2002年に誕生し、すでに16年の歴史を有するという。累計販売数は11万食以上。プレーンな「冷やしかつ丼」のほか、渋谷店には「冷やしカレーかつ丼」、新丸ビル店には「冷やし辛みそかつ丼」、日比谷国際ビル店には「冷やしトマトかつ丼」がある(夏季限定、渋谷店のみ9/30まで販売予定)。フランス料理の「コートレット」が、日本でネオって「カツレツ」になり、どんぶり飯に乗っけられただけでもすごいが、さらに冷やされるとは。どうなってるんだこの国は。

(「かつ吉」渋谷店)

 今回かつ吉で食べたのは、冷やしかつ丼(銘柄豚ロース1600円)と、ミニサイズの冷やしカレーかつ丼(ひれ980円)と、いわゆる「ふつうのかつ丼」がなかったので、渋谷店限定の特製厚切りかつ丼(ロース(上)1600円)の三種類。

 まず、冷やしかつ丼の基本構造だが、一度洗った冷たいご飯に特製の醤油出汁をかけ、そこに細かく砕いた氷を浮かせてある。言ってみればめちゃくちゃ冷たいお茶漬けのようなものだ。さっき冷え冷えごはんは微妙と書いたが、お茶漬けにすることで、パサつきがなくなり、むしろすごく食べやすい(一度洗う、というひと手間もパサつき防止に役立っている模様)。添えられたとろろと梅干しをお出汁に溶かしながら食べると、食べやすさはさらに加速。さっぱり味で美味しいし、胃にサラサラと入っていく。カレー味の方は、お出汁がカレー風味になっており、和風&冷製にアレンジされたスープカレーだと思ってもらえればよい。ほどよくスパイシーで、こちらも箸が進む味だ。

(冷やしかつ丼)

 ご飯部分はあくまで冷たいのだが、かつは熱々で、かなり肉厚だからなかなか冷めない(さすがとんかつ専門店)。いわゆる「ひやあつ」の状態にすることで、冷たさによる味覚の麻痺からわれわれを救ってくれるのだ。食べはじめのカリっとしたかつから始まって、じゅわっとお出汁を吸い込んだかつに変化していくプロセスも楽しい。ここにはちゃんと物語がある。冷たかったり、熱かったり、カリっとしてたり、じゅわっとしてたり。この緩急を生み出すまでの料理人の苦労は、本当に表彰ものだと思う。

(冷やしカレーかつ丼)

(比較のために頼んだ特製厚切りかつ丼は、しっかりめの卵とじが特徴的で美味しかったです。こんなにオーソドックスなかつ丼を作れる店が、冷やしかつ丼も作っちゃうんだから、なんか不思議ですよね。) 

 ちなみにかつ吉は、全体的にサイズがでかいので(メニューのでかさも尋常じゃない)、ふつうサイズの胃袋の方には、17時から提供されるミニサイズがおすすめだ。というか、すでにミニかつ丼を置いている全国の蕎麦屋や定食屋が、夏季限定でミニ冷やしカツ丼を置いてくれたらいいのに。メインでどかんと食べるのもいいが、名脇役として控えていてくれたら、絶対みんなに愛される。カリっとじゅわっと、そしてひんやりと。「いつか冷やし中華と肩を並べるような冷やしフードとして人口に膾炙してくれ〜!」と祈らずにはいられない。

かつ吉


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リトルモア

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