見出し画像

トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」11

ネオい酒の極北――江戸川橋「いずみ」の「バイスサワー」

 株式会社コダマ飲料が製造する「バイスサワー」(通称バイス)は、シソ味の清涼飲料水。焼酎を割って飲むための「割材」で、パキっと鮮やかなピンク色が印象的。名前の由来は「梅酢=バイス」だそうだが、お酢は入っておらず、編集Kくんに言わせれば「むかしおばあちゃんが作ってたシソシロップの味」。たしかに、懐かしく優しい味のする飲み物だ。
 チューハイが焼酎を使ったハイボールであることや、ホッピーがビールに似せて作られた飲み物であることに比べると、バイスには、そもそも似せるべき「元ネタ」は存在しない。レモンサワーは、海外のカクテル「サワー」を意識して名付けられたわけだが、レモンでもライムでもなく、赤シソを使おうと思った時点で、海外のカクテルがどうのこうのという話はある意味どうでも良くなり(笑)、完全に日本独自のネオらせルートに入ったと見てよいだろう。ついでなので指摘しておくと、コダマ飲料はお子様のシャンパンこと「シャンメリー」を作っている会社でもあり、ネオらせに関しては相当のプロである。
 バイスを出す大衆酒場はあちこちにあるのだが、今回わたし(と編集Kくんと編集Tさんとおかもっちゃん)が向かったのは、江戸川橋駅からちょっと歩いたところにある居酒屋「いずみ」だ。この店について最初に言っておきたいのは、居酒屋なのに全面禁煙だということ。タバコの煙は酒場を酒場らしくするものだと固く信じているわたしだが、とはいえ、煙くないと飲み食いに集中できるのもまた事実だ。


 入り口から奥に長く伸びる店内には、カウンター席とテーブル席、そして、座敷席がある。座敷席は混んできたら開放されるシステムらしく、開店直後はまだ薄暗いのだが、とにかく中を覗いてみて欲しい。田舎の祖父母の家みたいですごく和むから。玉のれんがかかっていたり、統一感のない人形陳列コーナーがあったりして、すごく萌える。
 バイスに合いそうなネオいつまみを選ぼうと、壁一面の短冊を眺めた。よい大衆酒場を見極めるポイントとして、味のある短冊があるかどうかは、かなり重要である。おかもっちゃん(夫)は、居酒屋の短冊を、七夕のそれになぞらえて「小さな願い」と呼ぶのだが、いずみの小さな願いは、すごくチャーミング。「なんじゃ!? もんじゃサラダ」「旨さバキッと 焼フランクフルトソーセージ」といった具合に、時々キャッチフレーズがついているのをみると「フフ…」とかすかな笑いが漏れてしまう。
 「コダマサワー」と書かれたビンに入ったバイスがやってきた(いずみでの呼び名は「しそバイス」)。やはりいつ見てもこのピンク色はすごい。原宿で「夢かわいい」とか言ってる人たちに見せてやりたいような、メルヘンチックな桃色だ。シソの爽やかな酸味が心地よくて、すいすい飲める。レモンサワーと比べると、酸味が柔らかく、かなりジュース感が強いのだが、梅酒のソーダ割ほど甘くなく、いい感じにスキッとしている。飲んべえだけでなく、飲酒デビューしたばかりで「ビールの何が旨いんですか?」とか思っているひとにもオススメしたい。


 ほどなくして、われわれ全員が「なにこれ!?」と思った「もんじゃサラダ」が運ばれてきたのだが、マジでもんじゃ味のサラダだった。ここに小麦粉を溶いた水を加えて焼いたらもんじゃ焼きになるんだろうな、でも焼かなくても十分もんじゃだな、みたいな味。ジャンクなんだけど旨いし、サラダとして成立している。おもしろメニューだと思って見くびっていたことを謝りたい。
 それから「丸ごとアボカドのクリームコロッケ」もおもしろおいしかった。これは、アボカドを縦半分に切って、種を取り除いたくぼみのところにピリ辛の肉味噌を詰めてから、ホワイトソースで表面を覆い、衣をつけて揚げるという、非常に手間のかかった料理である(めんどくさいので絶対に家で作りたくない)。アボカドとホワイトソース、ダブルのこってりで幸せになれる。


 このように、大々的にとまでは行かないまでも、ネオいメニュー開発に力を入れているのが、いずみという店である(お刺身とかもおいしいけど)。ネオいといえば、先日いずみでこんなことがあった。隣の席に、オーストラリア人の家族連れがやってきて、いの一番に「鶏のからあげ」を注文したのだ。からあげは「唐揚げ」と書くことからもわかるように、中国からもたらされたものだが、醤油ダレにつけ込んで、ゴロっとジューシーに仕上げるあのスタイルは、日本側のネオらせによるものである(戦後、ブロイラーの飼育管理が軌道に乗ったことで確立したスタイル)。
 日本に観光目的でやってきたきたというその家族は、店を出る際、「おいしかったからまた来るってお店のひとに伝えてほしい」とわれわれに頼んできた。彼らから一番近い席に座っていた新潮社のKさんが、通訳を買って出た。英語力にいまいち自信がないわたしはとりあえずニコニコしておいた(が、本当はネオ日本食について英語で説明できたらよかった)。
 英語メニューなんて一切ない店に飛び込みでやってきて、最初にからあげを頼む。そんな彼らの行動が、ネオ日本食の魅力を物語っている。ちなみに、日本語のクラスに通っているという小学生くらいの娘さんが「ドーモアリガトウ」と、はにかみながらコアラのマスコットをプレゼントしてくれた(Kさんとわたしといずみのママにくれた、女子限定?)。ネオ日本食が繋ぐご縁である。大切にしたい。

居酒屋 いずみ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?