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『ままならないから私とあなた』

⚠️ネタバレ注意⚠️

 朝井リョウさんの著書『ままならないから私とあなた』を読み終わりました。
読み終わった時に頭に浮かんだのは「アイデンティティやその人らしさは、”出来ないこと”の方に宿るのかもなぁ」という考えでした。


 以下、ストーリーのとある要素について要約した文章です。

 主人公の”雪子”とその友人の””は幼い頃にピアノを習い始めるが、途中で薫の方がピアノをやめてしまう。その理由は「ぴしっとした答えがないから、なんか気持ち悪い」というもの。その代わり、薫は「答えがひとつではっきりしてて気持ちいい」から数学が好きで、得意である。効率的・合理的、そういう方が薫にはしっくりくる。その点、日によって演奏が変わったり奏者らしさが出るところが面白いという理由で雪子はピアノを続ける。
 そんな二人が共通して応援するバンド『Over』にピアノを主とするメンバーがおり、雪子はその人の”この人にしか作れない曲・演奏できない曲”というものに憧れ、そうなることを夢みる。
 高校生になり、薫は得意な勉学を活かして「ピアノの演奏のクセを学習し、それを反映させて既存曲を演奏するソフト」を完成させる。それを作った理由について、薫は「雪子の夢を叶えるため」とインタビューで語る。
 二人とも一般的に言うと社会人の年齢になり、雪子は駆け出しの作曲家として活動をし、薫は起業をした。そんな中で薫が、「曲の傾向を学習してその人っぽい曲を作り出すソフト」を完成させる。

 学習の環境に電子黒板が導入されて、タブレットが導入されて、ランドセルを使わなくなっていく。ネットで買えるなら、グッズをライブ会場で買うことに意義を感じない。こういった世の側面を「合理的・効率的」と捉えるのが薫。
 教室にあるのが黒板だからこそ生まれた人との出会いがあり、学校の図書館でしかできないことがあるからこそ生まれた会話がある。ライブ会場で買ったグッズの方がなんとなく気持ちがこもって感じる。こういった世の側面を「人間性・あたたかみ」と捉えるのが雪子。

技術の進歩を受け入れる人。
技術の進歩の『都合の良い部分』だけを受け入れる人。

「昔の方が良かった」とか。
「俺たち/私たちが子供の頃なんてさぁ」とか。

雪子の言い分も分かる。
薫の「電子黒板は嫌だけど車や電車には乗る、なんて都合が良すぎる」という圧倒的な正論も分かる。

”エモい”は、記憶に紐付いている。
状況というわけではなく、それに紐づいている体験・思い出がそれらを美化して見させる。

薫が描く未来は、新技術が世の中を合理的にしていき、できないことがどんどんできるようになっていく。

「ボタン1つ押すだけでイメージに沿ったイラストを描画してくれるソフト」が開発されるかもしれない。
「ボタン1つ押すだけで小説の続きを書いてくれるソフト」が開発されるかもしれない。
「ボタン1つ押すだけで出演者の特性に則したテレビ番組の企画を立案してくれるソフト」が開発されるかもしれない。

その人にしか出来ないこと。
その人でないといけないこと。
そういったもの意味や存在が、技術の進歩でどんどん薄れていくような気がする。

 能力が技術力によってどんどんならされていくこの先の未来で、本当の意味での”アイデンティティやその人らしさ”はどこに宿ってくれるんだろうと考えた時に、漠然と「苦手なこと・不得意なことなのかもしれないな」と思いました。


 この小説は、表題にもなっている「ままならないから私とあなた」の前に、「レンタル世界」という短編が収録されている。
レンタル”家族”やレンタル”彼女”という、レンタル〇〇が話の軸になっている。
著者は自身のエッセイ『風と共にゆとりぬ」にレンタル〇〇を利用した話をおもしろ話として書いている。
そことのギャップもあり、めちゃくちゃ喰らってしまった。



ままならないから、私、と、あなた。


#299  『ままならないから私とあなた』
#読書の秋2022

 この本を読んだ後、go!go!vanillasの『アメイジングレース』という曲が頭をよぎりました。

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