「質量のある授業」

インパクトのある授業とは違う。もちろん、インパクトも重要な要素だ。特に、記憶の目次を付けるフックとしては。ただ、それ以上の効果を期待するのはやや控えたほうが良いかもしれない。

例えば、「面白いことがあった」と言って話しかけてきた子どもに、その内容を聞こうとすると、「覚えていない」と言われた、もしくは言われているのを見た、という経験はないだろうか。単にインパクトがあるだけでは、これと同じ運命を辿ってしまう可能性がある。

自分の経験を振り返ってみると、より長く記憶されている情報には次のような特徴がある。

情報量に対して、触れている時間が長い

とても単純なことだ。理科のビデオで見た人もいるだろう。脳に物事を記憶させるには、電気信号を脳の回路に何度も走らせることで、ニューロン同士の結び付きを強くすることが有効だ。

しかし、教育の現場でかけられる時間は限られている。そうなると、たくさんの電気信号よりも、より強い電気信号を流すことを考えたほうが良い。必要なのは「重み」だ。

インパクトとどう違うのか。インパクトは瞬間的に強い注意を促すものである一方、「重み」―生活や人生に直結するほどの重要性―というのは、長期的に注意を促すものである。

この比較から1つ仮説を立ててみる。

質量のある授業とは何か?

それは
・長期的に
・人生に関わる
・重要な

内容を扱う授業

を指すのではないか

ところが、これらの3要素を満たすか否かは、簡単には評価できない。

何の役に立つのか分からないと思っていたことが、ある日突然必要になることもあれば、知ってさえいれば豊かな生活を送ることができたはずのことを、知ろうともしないまま日常を過ごしてしまうこともある。

どの知識や経験がそれらの分類に入るのかは、各個人がどのような人生を望むかによって変わってくる。改めて、良い教師には様々な人生経験と多角的/多面的な視座が必要なのだと思う。

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