お寺の掲示板 【No.29/柊原のお寺・真宗寺/2023.6月】
【掲示板の言葉】
「仏よ ほとけ この世で一番尊い人は誰?」「それはあなたでございます」
と、仏は仏前の人に必ずそう答えるのであった…
● 白雪姫の話みたいに、鏡に「鏡よ鏡、この世で一番美しい人は誰だい?」と聞いてみて、誰しもに「それはあなたでございます」と答えてくるならば、それはなんとも八方美人な鏡ですね。
映る人も映す鏡も、そういう意味でどちらも「美人」……。
一方で、仏の眼が映すのは、その人の美醜や、見好しさ見にくさ、または社会的な貴賤などの外面ではなく、一切の人に内在する、「独尊子(どくそんし)」という性(しょう)であり、姿である。どんな人も、一人一人が一人一人にして、存在まるまるが尊いのである。
自己の正体とは何であろうか。イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、「人間の愚かさを決して過小評価してはならない」と述べている。
人間を「ホモ・サピエンス(賢いヒト)」とか「霊長」とか、「知性」とか「理性」という言葉で捉える場合もあるだろう。
しかし、氏の指摘や仏教の考えに拠れば、人間を「儜弱怯劣(にょうにゃくこうれつ/根機(素質能力)の劣った弱々しい者/龍樹著『十住毘婆沙論』)等という言葉でも見明かすことができる。
自分を「凡夫」とか「大愚」といった言葉で見定めれば、自己が痛まれるべき存在であると初めて気づくであろう。
しかしそれは決して、自虐や悲嘆に終わるだけの話ではない。
自分の有り様がはっきりしたからこそ、自己を超えた何かに帰依する兆しがここに初めて生じるのだ。
この私だからこそ、阿弥陀の仏道に生きていこうと。
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