見出し画像

ヴァサラ戦記Ng『麗蝶誘う咒箱』(後篇)

『ヴァサラ戦記/New-gen 麗蝶誘う咒箱れいちょうさそ コトリバコ』(後編)

※本作はシネマンガテレビにて連載されている『【少年漫画あるある】ヴァサラ戦記』のオリジナル二次創作です。

 ――――――――

前篇までのあらすじ

 ナゴラン島に秘められていたのは、古から続く『妖刀狩り』と、彼らが作り出した『呪い』の力の源であった。しかしその力を結集した呪いの化身『三法の箱』もオルフェとジャスティの活躍、そしてポッピンの協力によって打ち破られる。

クロベ村の人々を救い任務を達成したヴァサラ軍四番隊は、ナゴラン島事件の首謀者であったハナマス神社の男を連れて帰還しようとしていた。

しかしそんな彼らの背に、突如として「奇妙な鈴の音」が鳴り響く……。

 ――――――――


————————


第11話

〈ナゴラン島 正午 曇天——〉

『見つけた……極楽蝶花』

神楽鈴かぐらすずの音と共に降り立ったその声は、鼓膜へ染み込む様に奇妙な不快感をもたらした。

 背筋の冷たさに思わず振り返ると、そこには澄ました笑顔の少女が一人立っていた。

 彼女は……いや、アレは一体なんだ?

 そんな疑問が頭に浮かんだのとほぼ同時に、少女は文字通り瞬く間に此方の傍を通過し……


 後ろにいる仲間の方へ凶刃を差し向けた。
 
 
 
 「ジャス、れっちゃんッ!」
 
 

 突然頬へ吹き付けた風を追いかけて、咄嗟に極楽蝶花を抜き彼女の後を追った。

 そして紙一重のところで、仲間へ向けられた少女の刃を弾いて食い止める。

 恐ろしく速い、奇襲で不意を突かれたとはいえ、初動への反応がほとんどできなかった。

 それにこの刀……一体どこから取り出したんだ?

 「あら……」
 
 彼女は不思議そうな顔で一言だけ呟くと、再び剣を構えて此方を斬ろうとそれを振り下ろしてきた。

「閃花一刀流……『宝輪花ほうりんか』ッ!」

 八方から襲い来るその刃を弾き返すたびに無表情のまま繰り返し斬撃を加えてくる彼女だったが、こちらの剣を突破できないと感じたのか、しばらくして後ろへ飛び退いた。

 すると、先ほどまで刀剣の形をしていたその得物は、どういうわけか軋むような不気味な音と共に神楽鈴へ姿を変えた。

 なるほど、どうやらあの神楽鈴には妙なからくりがあるのか。

 だがそれが分かったところで、事態は何も変わっていない。

 あの少女、僕らを攻撃してきたということは恐らく神主と同じく『妖刀狩り』の関係者だろう……さっきの打ち合いで感じた妙な不快感も奴らが操る呪いの類か。

 とすれば、狙いは極楽蝶花……しかし……。

「……なぜ僕を狙わなかった」
「邪魔になると思って」

 会話するだけで理解わかる。

 体にかかる重圧と鳴りやまない動悸……あの水子の化物よりもはるかに呪詛が強い。

 そして彼女にまとうように揺らめく仄かな黒い光……どうやらこの強烈な呪詛は眼前がんぜんにいる一人の少女から漏れ出しているらしい。

「邪魔? この剣を手に入れるのに村人やジャスティ達を殺す必要はないだろう……」
「駄目よ、ちゃんと皆で遊ばないと」
「いや……分からないな。僕から極楽蝶花を奪うのが目的なら全員を殺す必要はない」
「でもあなた事を……極楽蝶花の事を知っているから」
「これは妖刀だ。僕以外が扱う事は出来ない。だからみんなを殺しても意味はない」
「……みんなで遊んだほうが楽しいじゃない」
「人の命を奪う事が遊びか……君の価値観は間違っている。やはり君のような者に、極楽蝶花を渡すことはできない」
「そう」

 本当に話が通じているのか分からない。こちらが話している間、表情どころか全身微動だにしない。

 本当に人間なのか――?

鳥獣戯画ちょうじゅぎが……壱ノ画いちのえ
「ッ!?」

 会話の直後、少女は身体から揺らめく黒い光をあふれさせ、変じた黒い剣の切先をこちらへ向ける。

 攻撃の構えか……やはり言葉が通じる相手ではない!


子捕針コトリバリ――】


 少女はその華奢な身体から発揮されるとは思えない凄まじい脚力でこちらへ向かってきた。
 
 
 速いッ……反撃は間に合わないか!

 
「閃花一刀流……なずな!!」

 間一髪のところで切先を避け、鍔をその凶刃に叩きつける。

 薺が直撃した。

 普通ならまともに剣など握っていられない衝撃……しかし少女は武器を落とすどころか表情一つ変えないまま勢いだけ突っ込んでくる。

 強烈な突進の勢いに、此方の両足が浮かぶ。

「しまッ――!」



炎流脚えんりゅうきゃくッ!!』

 致命傷を覚悟した刹那、燃え盛る旋脚がその半身を捉え、少女の身体は炎に包まれた。

「何をしているオルフェ!」
「じゃ、ジャス……」

 頬にくすぶる炎を浮かべたジャスティの姿を見て、ふと我に返った。

 あの少女が現れてから一体どれだけ意識の余裕を削がれていたのだろうか。

 もう一度刀を正面に構え、深くゆっくりと呼吸する。
 
 落ち着け、思い出せ……任務はこの場にいる全員の安全を確保することだ!

「助かった、れっちゃんや村人は?」
「武烈は消耗して戦える状態ではない……が、村人たちには奴の方が顔が利く。俺たちが女を食い止めている間に避難すると言っていた」
「分かった、最後にもう少し頑張ろうか」
「……了解した」

 会話を終えたところで、少女が瓦礫がれきの中から姿を現した。

「綺麗な炎……」

 全身を焼かれ、さらにジャスティの蹴りをもろに受けたにもかかわらず、その姿は火傷ひとつ負っていない。
 
 
「馬鹿な……直撃したんだぞ」
「来るよジャス、相手の能力や出方が分からない以上……今はとにかく時間を稼ぐんだ。」

 そう、僕らの勝利条件は何も彼女を倒すことじゃない。

 それにあの異常な耐久力あるいは再生力もおそらく無限ではないはずだ。

 
「今度は二人で遊んでくれるのね」

 少女は嫌に可憐な笑みをこちらへ向けて、顔の前でパンと両手を合わせた。

 僕らはその音を合図に少女へ向けて吶喊する。

 分かっている範囲で警戒すべき相手の攻撃は、先ほど繰り出した超速度の突き技、そして鈴に刀と変幻自在な得物えものだ。

 だが突きの姿勢に入る瞬間には必ず溜めがいる。変形している間は使用できないであろう武器についても同様だ。

 つまり僕ら勝機を見出す術は……『攻め続ける』こと!

「『炎流拳』――ッ!!」
「『宝輪花』!!」

 正面からは火力で勝るジャスティが相手の注意を引き、そして彼への対処を左右から揺さぶるように、手数で勝る此方が追撃を加える。

 少女は驚異的な反応速度で二人がかりの攻撃を躱してゆく……が、それでも数で勝る此方が確実にその動きを制限している。

 見極めろ、閃花一刀流の真価は僅かな「隙」でも「機会チャンス」に変えること。

 直撃しなくてもいい、彼女の体勢を崩せば……!
 
 
白煉掌』びゃくれんしょう――!!
「きゃっ」

 その時、ジャスティの渾身の掌打しょうだが彼女の頬を掠め、繰り出された炎の白い瞬きが少女の視界を奪った。

 千載一遇せんざいいちぐうの機に反射するように両足が動いた。少女の死角に回り、今度はその無防備なくびを確実に射程に収める。

手向花たむけばなッ――』
 

 だが、少女は尚も此方の斬撃に反応した。回復した彼女の目が、その首元へ迫る極楽蝶花へと注がれた瞬間、神楽鈴の剣が再び歪みを見せ切先の前後が入れ替わる。

 甲高い金属音が響き、やはり『手向花』の斬撃は防がれた。
 
 視覚を封じてもお構いなしか、だが――。

「それでも僕たちは負けない」
「……っ?」
 
 

「捉えた……『紅蓮流醒掌ぐれんりゅうせいしょう』――」
 
 
 ――

  
 少女の背後へと灼熱の掌打が襲い掛かる。

 僕らは決して彼女を侮らなかった。もしこちらが相手の隙をついて攻撃することができたとしても、必ず想定以上の反応を見せてくるはずだと。

 僕らが彼女を倒す為に全力で戦い、なおそれを越えてくると信じて……。

「『紅蓮流醒掌』――!!」
 

 灼熱に巻く一撃が少女を捉え、ぜ、その体を破壊する――。

 はずだった。

 が……目の前で燃え盛っていた炎は、消えた。

 

「ぐっ……オル…フェ……」

 ジャスティの右手はほのかな硝煙しょうえんを上げ、少女に触れる寸前で止まっていた。

「ジャスティッ!?」

 そして次の瞬間、彼は崩れる様に片膝をついた。顔面からは無数の汗を滴らせ、荒い呼吸で揺れる肩は体の熱を必死に逃がすようにくすぶっている。

 
 抜かった……普段全開で行使することが少ない「火の極み」を、ここまでの連戦でかなり酷使している。

 気付くべきだった……彼の限界に!

「もう遊べないのかしら、残念」

 動けなくなったジャスティを見て少女は悲しそうな視線を送る。

 そして同時にその手の剣を再び神楽鈴へと変え、二度、しゃらんと鳴らす。

「弐ノ画、『命々雫々メイメイダダ』――」
 

 すると奇妙な鈴の音に呼応するように、ジャスティの周囲の地面がみるみる盛り上がった。

 地面を破って現れたのは、濁った暗赤色の液体で形作られた、牛とも豚とも取れない奇妙な四足の生き物。
 
 生き物ソレは地中から這い出すと、その勢いのまま目についた無防備なジャスティの腹部へ次々と突進した。
 
 「待てっ!」

 異形の生物に、言葉など届くはずもない。
 
 人体のきしむ音がして、ぶつかった生き物がその場で破裂する。

 突き飛ばされたジャスティは宙を舞い、衝撃に耐えかねて開いた口から血と吐瀉物としゃぶつが混ざった液体を吐き出しながら地面を転がった。

 倒れ伏して沈黙したジャスティを見た少女は、再び此方を向いて笑う。
 

「あの子はおしまい……だけど貴方は、まだまだ遊んでくれそう」

「やっ……たなッ!」

 


閃花……一刀流ッ!! 


「『砂箱木スナバコノキ』ッ!!」
「わぁ」

 手向花の硬直を無理やり振り切って、極楽蝶花を振り抜いた。

「『彼岸花ヒガンバナ』――!!」

 
 そこから地面を砕くように踏み込み、少女の脳天を突く。

 が、切先はくうを切った。

「……『大輪乃花たいりんのはな』!!」

 さらに重ねた一文字斬りも、また虚空を走る。

「『宝輪花ほうりんか』ッ!!」

 手の先の血管まで脈を感じるほど柄を握り、八方すべてから斬る。

 しかし尽く、当たらない。

「すごいすごい! お花みたい!」

  
 少女を追いかけてひたすらに斬る……が、相手はまるで夢中で駆け回る子供の様に閃花の剣を躱し、あるいは斬られても傷の一つも負う様子なく笑う。

 
「はぁ……はぁ…はぁ……」
「ぁ……もうおしまい」
 
 そして此方が息を切らして動かなくなると、またつまらなそうな無表情に戻る。

 まるで僕たちの事を沢山動く玩具だとでも思っているのだろう。

「ねぇ、お花はおしまい? せっかく楽しかったのに」
「もう一度言う。君の価値観は…間違っている……こうして戦う事も、人の命を奪う事も、決して楽しい事ではない」
「そう」
 
 
 さっきの連撃で、ジャスティから少女を遠ざけることはできた。

 恐らく呪いに触れて大量の呪詛の影響を受けているが、彼ならすぐに戻って治療を受ければ死ぬことはない。
 

 だがそれも……この場を切り抜けられればの話だ。

 悔しいが……これだけあそばれれば認めるしかない。

 ……僕の閃花一刀流では、彼女には通用しないと。

 
 一人であの少女バケモノ止める方法……そんなものは一つしかない。

 右目の奥の住人へと語り掛けるべく、蝶飾りに触れた。
 
 
 ところが次の瞬間、場の雰囲気に亀裂きれつを入れる頓狂とんきょうな声が響く――。

 

 「おい! そこの女っ!」
 

第12話

 声の主へ目を遣ると、そこには血眼になって少女へ呼びかける神主の男がいた。

 どさくさに紛れ拘束を脱していたのか……だが今更何のつもりなんだ。

 
 肝心の少女の方も神主の方へは視線こそ送っているが、まるで興味を示していない。

「おい、聞いているのか女!」
「貴方、誰?」
「な、なんだと?! 私は三法の……この島にあった『依り代』の管理者だぞ!」
「そう、私と御揃いね」
「馬鹿な事を言うな! とにかく『三法』を失った! 一度島を脱し、依り代を作り直さねばならない!」

 まさかとは思ったが、どうやら神主の男は少女に助けを求めているらしい。

 だが、当然そんな意図は少女に理解されることはなく、彼女は「そう」とだけ呟いて、それからジッと神主の方を見つめた。
 
「な……何だ! 不気味な奴め! とにかく、そこに残っているヴァサラ軍の奴を何とかしろ!」

 そして神主の男が少女へ命令しようと彼女の白い羽織を掴む。

 ところが、少女はその手に不快感を覚えたのか逆に神主の首を掴み返して、そのまま高く持ち上げた。

「ぐ、が……ぎざま、な゛にをぉ゛?!」
「壊した物は治してあげなきゃ」

 怒り……一瞬そう考えたが、彼女アレに限ってあり得ない。

 神主を掴んでいる彼女の、およそ感情の流れていない体から放たれているのは、恐ろしい呪詛と無機質な『死』の予兆だけだ。

 ふと、少女が此方を見ているのに気が付いた。

「箱、ちょうだい」
「は?」

 箱……恐らくあの巨大な水子の化物を閉じ込めていた呪いの箱か。

 だがあれは既に機能を失っている。中身が敗れ、焼け焦げたそれはただの残骸に過ぎない。

『箱』を拾い上げ、もうそこに禍々しい気配は無いことを確認する——

 あの時、確かにこの手で確かめた……そのはずなのだ。

 ところが少女がそれを要求すると、此方の懐に入っていた箱がひとりでに動き出し、彼女へ向けて宙を泳いでいく。

 ハッとして咄嗟に箱を取り返そうとするが、それは何かに吸い込まれるようにするりと此方の手をかいくぐり、少女の手に収まる。

 そして失われたはずの『黒い光』が再び明滅し始めた――。

 すぐに光が呪詛の波動だと理解した神主は、慌てた様子で少女の手にある箱へ飛びつこうと手足をばたつかせる。
 
「おい離せ……貴様何を!? ぅあ゛ッ!」

 しかし少女は神主が暴れると一層つよくその首を掴む。

 次第に恐怖で我を失い絞首こうしゅ鬱血うっけつして腫れあがった顔の神主は、何かを察したようにこちらを向き、口を開け閉めしてもがく。

 何かを伝えようとしているのか……。

「残念」

 すると、少女の方がそれを遮るように口を開く。

「この子を治したら、貴方も、貴方も、貴方もおしまい……」
「何?」
「だから最期は、みんなで楽しく遊びましょう」
 
 最期、その一言と共に、少女の周りに渦を巻くような波動が立ち込める。

 情報が脳内を走る。

呪いの管理者である神主すら知り得ないあの少女、おそらく『妖刀狩り』が今日までずっと、その存在を隠され続けてきたのだろう。

 その圧倒的な戦闘力と呪力を以て、確実に妖刀狩りを遂行するために。


 そこから導き出される、あの少女の正体……。

 神主の言う「呪いの依り代」は……『三法の箱』でも、巨大な水子の化物でもない。

 本当の『依り代』は――

 

 少女は、右手の箱と左手の男を目の前へ向けて放り投げた。

 男の身体は無造作に地面へ叩きつけられたが、箱はやがて独りでに宙へ浮かんで行き、それから村全体を覆うように激しい光を放って辺り一帯を暗く照らす。

 全身を引き裂くような痛みが襲ってくる。

 その時、眼前に打ち捨てられた神主の男がうめきながらこちらへ告げる。

「良いことを教えてやろう……若隊長……あの女は、いや、彼女こそ……恐らく……真に妖刀狩りが求めた存在だ……それは、人型の呪い……」

 神主の男もおそらく此方と同じことに気が付いたのだろう。

「聞いた…ことがある……死産の子を…器とする……呪詛の擬人化だ。私の推測が……正しければ、あの女は……

  かんなぎ……コトリ……く゛ボッぉ゛?――!?!?」
 

 神主は最後の一言を口にする直前、その腹部から激しい血柱を吹き上げて絶命した。

「命がいっぱい、いっぱい……だけどみ~んなさよなら」

 神主の男が死ぬと、渦巻く呪詛はさらに勢いを増し、少女ははしゃぎまわる子供の様に箱を見つめ、静かに舞い踊る。

 

 
「……オルフェ」 

 黒い光に気を取られていると、こぼれだした様な声音が鼓膜を揺らした。

 ハッとして振り返ると、ジャスティを背負ったポッピンと……その赤く腫れた目と視線が合う。

 恐らく此方が戦闘に精一杯だったために、倒れたジャスティの身を介抱してくれていたのだろう。

「ごめん…二人が戦っている間……僕はまた……」
「いいやれっちゃん、まだ戦いは終わっていないよ」
「でも、このままじゃみんな……みんな死んでしまうじゃないかぁ」

 それは違うよ。

「僕は誰も死なせるつもりはないさ」
「もうやめてくれ、ずっと見ていたんだ……君とジャスティが戦うところを! ジャスティだけじゃない! 君だってたくさん呪いを浴びた……本当はボロボロのはずさぁ!」
「それでも、たとえここから全員で逃げ出したとしても、皆が助かる保証はない」
「……そんな」

 宙へ浮かぶ箱から放たれる呪いの波動は、次第に強さを増している。

 もしこの場を離れて呪いから逃れたとしても、彼女は僕と極楽蝶花を、そして傍にいる人間たちを狙い続けるだろう。

 そうなれば『コトリ箱』の脅威はこの島だけでなく、海を越えてもっと多くの人を巻き込むかもしれない。

「僕はヴァサラ軍の隊長として、今ここで自分の責務を果たす。優しい君ならきっと分かってくれる……そうでしょ、れっちゃん。」
「……ぁぁ」
「ありがとう……大丈夫さ。彼女を倒したら僕もそっちに合流するよ。だからお願い、ジャスティを……みんなを頼んだよ、

 ポッピンは数歩後ずさりしながら頷き、ジャスティの身体を背負ってこちらから離れるように駆け出す。

「行っちゃうの? 駄目よ」

 少女はわざとらしく眉を下げると、逃げていくポッピンの方を見つめた。しかし、黒い光は既にクロベ村中を包み込んでいる。

 今更走って逃げたところで間に合わないことが分かっているのか、追いかけようとする様子はない。
 

「心配せずとも、遊び相手なら僕が引き受けよう」
「……」

 
 沈黙したままの少女へ一歩近づき、もう一度右目を覆う蝶飾りに手をかざす。

 聞こえるかい。

 僕はもう一度、大切なものを護る為に戦う。

 
 だから、力を貸して――。

「でも、全員さようなら……」
「そうはさせない! 僕はヴァサラ軍四番隊隊長、オルフェ・イタリカ……この島にいる人は、誰も死なせない!!」
 

「そう」

 刹那、少女が鈴を鳴らし、箱がさらに濃い渦を描く。
 

 
 捌囘戯画はっかいぎが――】

 
 大気を丸ごと喰らうように、黒い波動が辺りを飲み込んでいく。

 同時に右目の眼帯が、蝶の羽のように地面へ舞い落ちた。

 

『蝶の極み……
  鶉衣うずらごろもヒナ】――』

 ――――

 ――
 
 
 
 吹き付ける混沌とした風に背中を押されるまま、ひたすらに走った。

 今ジャスティが目を醒ましたら、きっと今すぐ引き返せと叫ぶだろう。

 僕だって戻りたい。

 戻りたくて仕方がない。

 
 だけど彼は言った。あの少女を食い止めるのが自分の責務だと。

 だから戻るわけには行かない。

 武烈ぼくが、ポッピンがヴァサラ軍の一員である限り……今ここでオルフェに背を向けるのがその責務だ!

 果たすんだ……仲間との約束を、僕の責務を!
 

「お、おい! 副隊長が戻って来たぞ!」
「それにあれは……武烈か!?」
「武烈さんだ、どうしてこの島に!」
「まて、副隊長がひどい怪我だ!」
 
 カタクリ町が見えた。

 港町の入口には、村の方で起こった異変を察知ししたであろう殆どの隊員が集まっている。

 
「出航の準備だ! それと医療班は副隊長の応急処置を」

「え、えと……」
「早く! 僕も手伝う!」
「わ、分かりました!」

 
 荒れた潮風と波の音が、動悸と重なり鼓膜を煩わせる。

 無事でいてくれ、オルフェ――。
 

 ――

 ――――
 
 
〈クロベ村――〉
 

 極楽蝶花の一振りが呪詛の光を断ち切り、辺りに幾千もの麗蝶れいちょうが漂う。

 蝶は未だその場で明滅する咒箱じゅそうに誘われるようにちらちらと羽をはためかせたかと思えば、火に入る虫の様にはたりとちる。

 しかし煌めく蝶が触れるたび、箱は少しずつその黒い輝きを失っていた。

「綺麗ね……たくさん飛んでる」
「はぁ…はぁ……」

 ジャスティやポッピンの気はちゃんと感じられる。弱まってはいるが、命にかかわるほど揺らいでいたりする様子もない。

 ひとまず、捌囘は凌ぐことができたと考えて良いだろう。

「箱の中……命はひとつ」

 少女がそう言って短いため息をつくと、光を放っていた箱がふっと彼女の手のひらへ落ちる。

 捌囘を経た『三法の箱』は、最初に見たころと同じ禍々しい気配を取り戻している。

 そして次の瞬間、彼女はそれを指の長い手でぐっと握りこみ……そして、口の中へ放り込んだ。

「は?」
「ん……これでお揃い」

 飲み込んだのか、あの箱を……。
 
 ポッピンや神主の言う通り、より強い呪いは他の呪詛を取り込み進化する……ということか。

 これが【依り代】――。

 
「……巫、コトリ」

 一見すれば可憐かれんな少女、然しその正体は、人の身体を持ちながら『人を殺めるため』に作り出された呪いの人形……心を持たず、故に心を知らない「呪い」の少女。

 「三法の箱」を取り込んだ巫コトリは恍惚こうこつとした顔で佇み、それから神楽鈴を胸の前で持ってこちらへ向き直った。

 
「今度は蝶々ね」
「一つ訂正しよう。君の遊び相手になると言ったことだ」

 
捌囘戯画はっかいぎが】……恐らく箱が必要な事、そして威力や範囲からして連発はないと思いたいが、もう一度使われてこれ以上呪詛を浴びれば、蝶の極みでも無事で済む保証はない。

「僕は君と遊んであげるつもりはない。もし君が『極楽蝶花』を恨む理由があるなら相手をしよう。けれどもしもこの先、罪のない人間の命を奪うつもりなら……今ここで君を斬る!」

 極楽蝶花の切先が少女の呪いとぶつかり震え、少女の剣に触れた蝶もまた、むしばまれて消える。

「そう」

 少女が返事をすると、彼女の傍らには煩わしそうに地面を突き破って水子の姿をした肉塊が現れる。

 
 心臓に力を込める様に息を吸った。
 

 巫コトリを倒し、そして証明する……僕が『極楽蝶花』を握るのは、愛する民を、国を、仲間を……護る為だと。
 
 
 
「いくよ、極楽蝶花……」
「それじゃあ沢山遊んでね……」


 


 

第13話

――――――

――――

――


第14話

〈翌日——〉

 四番隊の帰還に先んじて、伝令係からナゴラン島の出来事がヴァサラ軍本部へ伝えられた。

「伝令です、ナゴラン島の救援要請は偽報! 島には我が軍を脱走した元四番隊隊員『武烈』および『妖刀狩り』を名乗る謎の組織が潜伏していた模様! 両者は出撃した四番隊のオルフェ隊長およびジャスティ副隊長によって撃破に成功……負傷者はいませんが、戦死者が一名とのことです……」

 死者一名……その一言に場は騒然とし、そのうちに誰かが尋ねた。

「それは誰か」と。

 伝令係は顔を伏せたまま、ゆっくりと口にした。

「戦死したのは……オルフェ隊長です」

 ――――

 ――

〈三日後 ヴァサラ軍本部 拘留室——〉

「行くぞ武烈」
「随分早いじゃないか。君らしくないなあ……」
「抵抗する意志の無い者をいつまでも閉じ込めておくほど、ヴァサラ軍は狭量ではない。それだけだ」
「そっか……ありがとう」

 ジャスティは、拘留されていたポッピンを連れ出した。

 ポッピンは脱走及び私闘の咎めを受けて、ナゴラン島から帰還して数日の間自由を封じられていたのだ。

 ただ、オルフェらと戦闘になったという報告をそのまま受け取れば、謀反の重罪に問われてもおかしくはなかった。そうならなかったのはジャスティの進言によるものである。

「一応聞くけれどさあ、どうして僕の事を助けたんだい。こっちは首をねられても文句を言えないことをした自覚はあるんだよ」
「昔、オルフェが俺に同じことをした。だがあの時は意地になっていたんだ……だから俺は軍を離れる選択をした。」
「そっか……全然知らなかったなあ……」
「武烈、お前はやはりお人よしが過ぎる」

 ナゴラン島におけるオルフェの戦死は、瞬く間にヴァサラ軍全体へ広まった。

 カムイ軍との戦争以来、隊長が失われたのは初めての事であり、強大な敵が消えてもなお「十二神将」全盛に劣る事の無いよう鍛えられてきたヴァサラ軍にとって、彼の喪失をもたらした今回の敵は新たな『脅威』と言う他なかった。

 軍師たちは『妖刀狩り』の動機からして、今後もヴァサラ軍やその周辺の人間が狙われると考え、さらにはまだ未知の『呪い』が国中へ散らばっている可能性を鑑みて、今後の方針を掲げた。

 即ち、軍の総力を以て、自ら『呪い』の脅威を排除することである。

 だがそれは、各隊がより困難な任務へ挑むということであり、そのための戦力確保及び強化が求められることも意味していた。

 ポッピンの処分が軽くなったことは、実を言えばこうした事情が関係しての事でもあった。


 そしてもう一つ。

 ナゴラン島の任務の後、クロベ村周辺は呪詛が残留していることを理由に何人なんぴとも立ち入りが禁じられた。これにより、オルフェの遺体も回収することができない状況となっていた。

 しかし、これにはごく一部の人間にしか伝えられていないとある事情がある。

 数百名を超える島民を誰一人死なせる事無く護り抜いた最大の功績者であるオルフェはその後、ジャスティ及び同行していたポッピンによって『巫コトリに刀を突きさした状態』で見つかった。

 この時オルフェは既に息絶えていたが、それ以上に彼の愛刀「極楽蝶花」に見られた異変が、彼をその場に留める要因であった。

 彼は依り代である巫コトリを抑え込む様に、二人の全身へ茨が絡みついて離れない姿で……その身を挺し「封印」のくさびとなっていたのである。

 これらの事実を正確に把握しているのは、目撃者であるジャスティとポッピン、ナゴラン島へ関わった伝令、そして総督と軍師長のみであった。

「結局、最後もあいつにしかできないやり方だった。ずっとオルフェを超えるために……いや、せめて横に並べる様に戦ってきたつもりだったんだがな」
「僕は付いていくのに精いっぱいだったなあ……って言いたいところだけど、これもきっと僕たちの勝手な期待なんじゃないかな」
「そうかもしれない……だが俺はお前ほど優しくなれない」


 二人は少し静かになった軍営をすすみ、四番隊の隊舎へと向かう。

 そこには一つ、主を失った部屋がある。

「君が気を失っている間、オルフェは言ったんだぁ。君の事を頼むって……」

 
 物が多いにもかかわらずどこかがらんとした空気の部屋に向けて、ポッピンはつぶやく。

「悪いのはお前じゃない」
「どうしてそう思うんだい。僕が二人と戦わなければ、もっと被害を抑えられたはずさあ」
「そんなものは結果論だ。それに『巫コトリアレ』はお前が加わったくらいで敵う相手ではなかった」
「そんな言い方……だったら、君だって自分の体力を顧みずに戦う必要もなかっただろう」
「……何だと」
「大体君は、昔からそうやって頑固で……強情で……」
「じゃあどうすれば良かったんだ。教えてくれよ! お前はいつも後ろから見ているだけだったくせに!」

 ポッピンの言葉が琴線に触れたのか、ジャスティは彼の胸倉をつかみ、自分より小さなその身体を突き飛ばした。

「俺がもっと強ければ……オルフェを超えていれば……」

 ポッピンを睨みつけながら、ジャスティは軋むような声で言い放つ。

「だから、そうやって……何でも自分が背負い込もうとして……さぁッ!」

しかしポッピンはその隙に立ち上がると、反論と共にジャスティの頬を殴り返した。

「ッ……武烈……お前!」
「そういう僕らの思い込みが、オルフェを一人にしたんだ!」
「黙れッ! 俺はただ必死で……あいつを超えたかっただけだッ!」
「ぃ゛……そんなの……君ばっかりが必死だと、思うなァッ!!」

 それから二人は互いに拳を、そして言葉をぶつけ合った。
 
 殴られた傷なのか、あるいはあふれる涙のせいなのか、どちらも顔が腫れあがり苦しそうに肩を揺らす。

「大体……あの時俺を置いていけば……よかったんだッ!」
「……そんな事……出来るわけ…ないだろ! 勝手に……君のせいにするなあッ!」
「余計なお世話なんだよッ……お前の…そういうところがッ!」
「ぃ゛ッ!」 

 再びジャスティが勢い余ってポッピンを殴り飛ばし、ポッピンの身体は部屋の奥にある鏡台に激突した。

「ぐ……ぃ゛ったいなぁ! このッ!」

 が、ポッピンが立ち上がって反撃しようとした次の瞬間、先ほどの衝撃か鏡台がぐらりと揺れ、棚の中にある物ががらがらと流れ落ちた。


 ばらばらに崩れてしまった美容道具や装飾品をみて、ジャスティとポッピンははっと現実に引き戻された。

「あぁ、くそ……」
「……早く片付けよう」

 しかし棚から落下してきた中に一つ、同じ棚へしまうにはまるで似合わない紙束があるのが、ふと二人の目に留まった。

 うっすらと浅黄うすきじみた紙束には、誰のものか二人がはっきりと認識できる筆跡が刻まれている。


「これは……?」
「日記……かな……」


 二人は恐る恐る紙の束を手に取るが、次の瞬間、目を丸くして暫く呆然とした。

 この紙束には、おそらく今日まで誰にも明かされることが無かったであろう友人の、その胸の内が記されているのだろうと、何となく理解したからである。

 二人は込み上げる感情を飲み込み、恐る恐るページをめくった。


第15話

 ——

○月5日
 ちちうえから、かみのたばとえんぴつをもらった
 もじかきのれんしゅうをするとよいらしい
 ちちうえはかってにできるようになるといっていたけれどけっこうむずかしい

○月7日
 ははうえにもじをならいたいというと、てら子やへとかよわせてくれることになった。
 はじめてで心ぱいだったけれど、ジャスティという子がたくさんはなしかけてくれた。ははうえやちちうえのことをしっているみたい。

○月20日
 あたらしく武烈という子と友だちになった。かれは自分のなまえがきらいだといった。ともだちに名前とぜんぜんちがうといわれからかわれていたけれど、いっしょにいたジャスティがその子をいじめていた人をみんなおいはらった。
 それから三人でお団子を食べにいった。これからはれっちゃんとよぶことにしようと言うと、とても気にいってくれた。

▲月3日
今日は読み書きのれん習をしているとき、ししょうから上手だとほめられた。けれど、読み書きはれっちゃんの方がずっと上手だし、ジャスはさん数だってとくいだ。二人にまけないようにがんばらないといけない。

■月16日
 ヴァサラ軍の隊長がなん人も寺子屋にきた。一人は母上と知り合いのお姉さんだったけれど、ほかの隊長たちはとてもかっこよかった。いつか僕も、彼らのような立派な隊長にならないといけないと思った。
 寺子屋の帰りにジャスやれっちゃんと将来のことについて話し合った。二人もヴァサラ軍に入りたいと言っていた。

■月1日
 もう十歳になったからと、母上が剣術の稽古をつけてくれることになった。たまに父上も手伝ってくれるけれど、なんだかわざと負けているみたいで練習にならない。こんどはジャスとれっちゃんも呼んでよいかと聞くと、母上は嬉しそうにした。

○月9日
 剣の修行を始めると、時々母上の友達や弟子の隊員さんが僕達のところへ来るようになった。みんな口々に、僕らは将来立派な隊長になれるだろうと言ってくれる。僕の母上や父上も昔は隊長だったのだと。
 それと最近、ジャスティとれっちゃんがおそくまで残って修行していくようになった。寺子屋の先生に注意されてもおかまいなしだ。僕も負けないようにしないと。

◆月12日
 今日は妹と町へおつかいに出かけた。途中ではぐれてしまったけど、変わった格好の女の子に助けてもらってなんとか見つけられた。イザベラは泣いていたけど、怪我はしていなかったので安心した。
 女の子はいつのまにか居なくなっていた。今度お礼を言わないと。

○月13日
 一人で町へ来て、あの女の子を探した。彼女はすぐに見つかった。洋服屋のガラスの前でじっと服を見ていた。ひらひらとしていて、花の柄がとてもかわいい。名前はキクネちゃんと言うらしい。
 いつもこのお店にいるのと尋ねると、彼女は普段見て回っているお店をたくさん案内してくれた。なんだか仲良くなれそう。

■月18日
 母上がお店で忙しい日は、邪魔にならないように町へでかけることにした。この前のと同じ道を通ると、またキクネちゃんに会った。 

 ■月19日
 今日も町へ来てみると、いつものお店の前にキクネちゃんの姿があった。
 思い切って彼女が似合うと言ってくれた服を着ていったけれど、会うなり着こなしのなっていない所を直してもらってしまった。
 それから、今までとは違うお店へ連れて行ってもらった。かわいい服や装飾品がたくさん置いてあったけれど、お客さんは女の子ばかりで、自分が入るには少し恥ずかしかった。

でもキクネちゃんは僕の手を引っ張って行ってくれた。かわいいものが好きなら、男の子も女の子も関係ないと、そう言った。キクネちゃんといるとなんだかいつもと違う感じがする。
 ヴァサラ軍になることも大事な目標だけど、もっと彼女と一緒にいられたら、きっとすごく楽しいだろうなと思う。

 ■月31日
 また明日も、キクネちゃんと出かける約束をした。
 この間彼女がすすめてくれた店の服を下ろしていこう。

▼月1日
 もっと普段から町の事を調べておくべきだった。
 母上にも迷惑をかけた。
  
 
 ごめんなさい ごめんなさい 
 

◆月4日
 母上の閃花一刀流を教わることにした。母上は少し戸惑っていたけれど強くなるためには必要だ。僕にできるかは分からないけれど、何年かかろうと必ず習得してみせる。

◆月28日
 今日からヴァサラ軍の見習い隊員になった。いままで積んできた鍛錬は無駄ではなかったが、それでも軍には僕より優れたものを持っている人が大勢いる。今はまだ評価してくれる人が多いが、この先も同じというわけには行かないだろう。

僕は天才じゃない。気を引き締めないと。

○月15日
 今日の稽古もジャスティには勝ち越した。
 だが、次第に本数差が詰まってきている。彼の才能はきっと僕よりもずっと優れているのだろう。れっちゃんとも組手をした。彼はもともと争いごとを好まない優しい性格で格闘は得意では無いが、反応速度と吸収力は天性のものがある。
 僕には彼らのように突出した能力はないから、毎日地道に積み上げて行かないと駄目だ。休んでいる暇はない。

○月22日
 僕らは三人は、正式に四番隊へ配属されることになった。隊員の身で火の極みを発現させたジャスティは、きっとサザナミ隊長の後を継ぐ候補としての意味もあるのだろう。
 
とにかく、やっと正式な隊員になったのだ。明日からもっと鍛錬の時間を増やそうと思う。 

□月29日
 母上から、極楽蝶花を受け取ってほしいと言われた。前に一度触らせてもらったことがあるが、どうやらこの剣は僕と母上にしか扱えないらしい。
 
普通の剣よりも重く鋭い一撃が出せる。この剣があれば、母上の様な隊長に、いや、母上に限って道具に頼っていたはずもない。考えを改めないと。

○月9日
 ラーメンという異国の料理を振舞うお店を見つけたので、ジャスとれっちゃんを誘って食べにいってみた。

 完食すると無料になるというメニューがあったのでそれを注文した。味はかなりパンチが効いていて悪く無い。母上には悪いけれど、今度は夜にこっそり来てみようと思う。

 それと、少しからかっただけのつもりだったのだが、ジャスティには悪いことをした。

○月11日
 妹から「大嫌い」だと言われた。剣の手入れをしている最中だったので、あまりちゃんと話を聞いてあげられなかったかもしれない。今度、行きつけの雑貨屋に連れて行こう。欲しがっていたアクセサリーをプレゼントすれば機嫌を直してくれるだろうか。

▼月20日
 今日の組手は、初めてジャスティと引き分けた。彼は勝てていないから負けと同じだと謙遜していたけれど、近頃は任務でも彼に頼ってばかりだ。

▼月31日
 今度はれっちゃんに助けられた。あっちはどうってことないと言っているけれど、自分が足を引っ張っている気がしてならない。

先輩の隊員たちは僕の事を次期隊長に推しているというけれど、本気かどうかは五分だろう。

僕も極みがつかえたら、二人の様になれるだろうか。
いや、余計なことは考えるな。まだ出来ることは沢山あるはずだ。

○月7日
 任務中、剣から人間の女性らしき声が聞こえた。みんなを護りたい一心でその声にこたえると、身体から力がわき出してきた。

蝶の極みと、彼女はこの力をそう呼んでいた。母上からも聞いたことはない。

 しかしこれは僕自身の力ではないのだろう。体中が痛むし、右目も失ったらしい。おまけに不思議な夢を見た。キクネちゃんの夢だ。

 ひどく疲れた。今日はもう寝よう。

○月10日
 あの日の夢が忘れられない。父上に尋ねると、極楽蝶花には「呪い」のようなものが宿っているのだという。

蝶の極みが呪いなのだとすれば、何となく納得できる。この力はジャスやれっちゃんの様に、自分の努力して掴んだ力じゃない。 

父上は考えすぎなくても良いと言ってくれた。確かに、相応の代償を払ったとしても、誰かを護る為の力が得られたことは悪いことではないかもしれないとも思う。

きっとそうだ。

●月2日
 また蝶の極みに頼ることになってしまった。

 一夜明けても続くひどい倦怠感、それにまた彼女の夢を見た。

 キクネちゃんは大人になってもひらひらとした可愛い服を着ていて、あの頃のように僕の手を引っ張って、僕の知らない素敵なところへ連れて行ってくれる、どこまでも幸せな夢だ。

 だが夢は決して現実にはならない。彼女に会うたびに自分がすり減っていくのが分かる。

 残された時間は多くはないが、みんなに心配を掛けるわけには行かない。きちんと体を休めて、次の任務に備えよう。

●月18日
 ジャスティの処分は、しばらくの謹慎となった。極みの制御がどのくらい難しいのか、僕には想像もできない。

 彼は軍を離れるといったが、れっちゃんはとても強く反対した。それが彼の優しさであることは痛いほどわかる。だがそれでも僕はジャスの事を信じたいと思う。

 彼の心は僕なんかよりずっと強いはずだ。

●月17日
 何か月経っても、ジャスティは戻ってこなかった。

 僕は判断を間違えたのかもしれない。れっちゃんから薄情者と言われてしまったが、反論することなど出来るはずはなかった。

 僕はどうしたら良かったのだろうか。あの二人の気持ちさえ分かってあげられない人間に、多くの隊員を率いる隊長になりたいなどと言う資格はない。

 今の僕にできるのは、ただ二人が戻ってくるこの場所を護り続ける事だけだ。また三人で戦える日まで

○月6日
 あの日以来、れっちゃんはずっと行方不明だ。最近眠れていない。しっかりしなければ。

■月24日
 ジャスティが戻って来た。いつも通りに振舞ったつもりだったけれど、きっと肩が震えているのはバレていただろう。

 以前の彼よりも強くなっているのを感じた。もう一度ジャスと並んで戦えるのは嬉しいが、底の見えない素質が羨ましいし、少し怖い。

▼月11日
 任務の帰り、ジャスを無理やり甘味処へ連れて行った。店主が三人分のお茶を出してきたのだが、返すのがもったいなくて飲み干した。

 れっちゃんは、まだ見つかっていない。

●月14日
 隊長になれと、そう告げられた。

 正直、喜びより不安の方が大きい。本当に僕で良いのかと尋ねたくなったが、選ばれた以上はその責務を果たす必要があると思い直した。

 大丈夫、僕だって今まで必死に戦ってきた。それにジャスティや同期の皆、僕を慕ってくれる隊員も大勢いる。堂々としていればいい。 

▼月31日
 妙な任務が入ってきた。だが、四番隊の隊員たちは皆優秀だ。
 たとえどんな困難が待ち受けていようとも、必ず乗り越えられる。
 
 あの時とは違う。ジャスティもいる。れっちゃんもどこかで見てくれているだろうか。今日は凄く夕陽が綺麗だ。みんなで戻ってきて、またこの景色を見よう

――

〈ヴァサラ軍 四番隊隊舎〉

「……結局、全部読んじゃったねえ」
「ふん……くだらない事ばかり書いてある……だが」

 
 窓掛けの隙間からは、すでに茜色に染まった陽の光が差し込んでいた。

 ジャスティは日記を広げた机に背を向けると、胸元の襟締えりじめを握り窓の方を見遣った。

「そんな風に、思っていたのか。」

 それから彼は眩しそうに夕陽から目を背ける。

「……俺は…とっくに、お前に認められていたんだな……オルフェ」

 薄暗い床を見つめたまま動かないジャスティの後ろで、ポッピンは机に散らばった紙の束をまとめて、丁寧に二重底にしまい直した。

 それからぱたりと引き出しを閉めると、ゆっくりと口を開いた。

「ねぇジャスティ。」
「……」
「オルフェはさ、これを誰かに見られたりしたくないと思うんだ」
「……あぁ」
「だから、これは僕達だけの秘密だ。」
「……ぁぁ」

 
 それから二人は陽が沈むまでの間、互いの嗚咽が聞こえないように背を向けて、それが枯れるまで……決して部屋を出なかった。

 

 ――

〈数週間後――〉

「伝令です、南の集落にて民家を狙う盗賊団が出現したとの報有り!」
「了解した。四番隊、出撃の用意だ」

 ジャスティの号令で、隊員たちが一斉に声をあげて続いていく。

「ん……」

 しかし、当の副隊長本人は何かを探すように辺りを見回している。

「なにしてるのさあ。君が先頭を行くんだろう?」

 すると、一人の隊員がふわふわと耳飾りを揺らしながらその視界を遮った。ジャスティは一瞬驚いたが、すぐにため息をついてその隊員に言い放つ。

「武烈……どこで何をしていた」
「何って、僕は君みたいに人の前に立つのは苦手なのさあ。それに、僕の事はポッピンって呼んでくれよなあ」
「お前な」
「とにかく、先頭は頼んだよ。その代わり――」
「背中は任せるぞ。ポッピン」
「ぉぁ……うん、任せてくれよ」

 ナゴラン島の事件から数週間、ヴァサラ軍四番隊の隊長は、暫く空席となることが伝えられた。

 直接軍師たちへ進言を行った副隊長曰く「適任が見つかっていない」らしいが、それに納得している人間は少なかった。

 だが、それでも押し通そうとした副隊長の姿を見て気分が変わったのか、総督の一声でそれは決定した。

「ほんとにこんな日が来るなんてさ……そういえば、まだ言ってなかったねえ。」

 皆を率いるジャスティの姿が仲間たちの背中で見えなくなったころ、ポッピンは飴玉を一つ取り出して口へ放り込みながら、誰に聞かせるでもない声で呟いた。
 

「ただいま。ヴァサラ軍」

 




 

 



epilogue:

〈国内 某所——〉

「妙だな……」

 煙管を盆に落としながら、彼は呟く。

 高鼻に凛とした目元、しかし頬には雀斑そばかすと言うにはいささか変わった模様が浮かんでいる。

 彼だけではない。

 さほど珍しくない宿場町、そこにある旅館の一室に男女が四人……皆一様に紅白添えの羽織を身にまとい、ある者は喫煙を、ある者は扇の手入れを……またある者は部屋に置かれていた茶菓子を口にしては吐き出し、また別のを同じように食べ捨てる。

「これ、まずい」
「ユメ、あまり旅館の物を弄ってはいけないよ」

 茶菓子を食べ荒す幼女を咎めたのは、畳が敷き詰められた部屋の中でただ一人、広縁ひろえんの椅子に座り外を眺める霊妙れいみょう染みた風貌の男。

 男と幼女の会話を聞いていた女性は、扇で口元を隠しながら「ホホ」と浅く笑む。

 
 すると突然、無造作に座敷の引き戸がとーんと開かれる。

 
「いや~すんません、えらい別嬪さんから声掛けられてしもて!」

 
 戸の向こうに表れたのは、他四人の顔と同様に目元へ雀斑模様のある能面をつけた青年。
 
 遅れてきたにもかかわらず軽口を叩くが、ほかの四人がまるで興味のない様子で聞き流すので、ため息をつきながらその場に腰を下ろす。

 しかし、直後に何かに気が付いた風に再び口を開いた。

「なんや、コトリちゃんがおらへんやんか」

 
 一瞬の沈黙と共に張りつめた空気が流れるが、広縁の男は意に介す様子もなく答える。
 
 
「遅かったね世阿弥ぜあみ。コトリは『極楽蝶花』のところへ行ったよ。あそこには三法もあったと思うけれど、少し心配かな」

 『心配』という言葉とは裏腹に、広縁の男は優雅に窓の外を眺めながら口元を緩めた。

 すると、あらかた菓子を荒しつくした幼女が無機質に呟く。

「コトリちゃんしんじゃった?」

 これに、面の男が返答する。
 
「そないなことあらへんがな。コトリちゃんはえらい強いのやさかい」
「そっか。ユメしんぱい」
「お、なんや新しい言葉おぼえはったんちゃうか? えらいな~ユメちゃん」

 面男はそのまま幼女の頭を撫でようとするが、ばちりと掌を払いのけられてしまった。

 それを見て、また「ホホホ」と扇の女性が笑う。
 
「なんや、いけずな子やな~」
「世阿弥、丁度遅刻をしてきたのだ。お前がコトリを見に行けば良い」

 それを見て、煙管の男が煙をくゆらせている雁首がんくびで残念がる能面の青年を指し詰める。彼は青年が部屋に入ってきてからというもの、終始その態度を不服そうに睨みつけていた。

 「て、言うてはりますけど?」

 青年はその視線に気が付いていたのか、煙管の男からの質問をわざとらしく広縁の方へ投げかける。

 ところが返事は中々帰ってこず、次いで窓の外からと思われる叫び声が部屋にうっすらと響いた。

「おい! 大丈夫か?!」
「そんな、さっきまで普通にしていたのに……!」
「誰か、誰か医者を!」
「ひでぇ熱だ。早く運んでやってくれ!」

 すると、あわただしくしている様子を見下ろしていたであろう広縁の男はふと椅子から立ち上がり、

「好きになさい」

 とだけ答えた。

 
 男の返事の直後、いつの間にか能面の青年は部屋から姿を消しており、広縁の締まっていたはずの窓からは、静かに春の薫風が吹き込んでいた。

 

 ――――

 ――

 

〈某日 ナゴラン島 クロベ村付近――〉

 
「はぁ……はぁ……」


 冷たい。

 それに、寒い――。

 助けなきゃ……この人だけは……。

「きゃっ」

 はやく立たなきゃ……歩かなきゃ、どこか…遠くへ……。

 死なせない、死なせない――。
 
 

「なんや、やっぱり生きてるやんか」


「……ぇ」

なんで……?




「えらい探したで~…… コ ト リ ち ゃ ん」






――ヴァサラ戦記/New-gen『麗蝶誘う咒箱』 終わり




           

原作  シネマンガテレビ  

シナリオ/イラスト/漫画 ぽよ @daredaronen

シナリオ ぐんそー @wabtgunso

ご協力いただいた皆様

キャラクター原案
なのはな  @nanohana222vsr
ロロたんめん  @tanmenmen_suihi
はなまる  @Hana0_Cinemanga

各設定・参考
ヤミナベ  @FQ6Yyhd4Qk16765
送火  @souka_no_ura


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?