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『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』 (25)俺は妹より弱いっていうのか?

デビュー戦で、年下の女子選手にTKO負けを喫した堂島龍太は傷心の日々を過ごしていた。“俺は格闘技に向いていない、そんな自分が父の仇討ち?打倒NOZOMIなんて身の程知らず。世間に笑われるだけだ!もうきっぱり格闘技の舞台から降りよう…” 
そうやって、部屋に引きこもっていたのだが、何故か釈然としないものが残り時が経つにつれふつふつとした悔しさが込み上げてくるのも感じていた。

そんな、悩む兄のもとへ妹の麻美が様子を見に来た。

「何だ!麻美。こんな弱くて情けない兄を笑いに来たのか? ハハハ!…」

「お兄ちゃん、まだ落ち込んでるの?柳さんとの試合、何もしてなかったじゃない。NOZOMIさん言ってたよ。堂島龍太はドン底のデビュー戦だったけど必ず立ち直るって。立ち直ったお兄ちゃんはNLFSにとってとても手強い存在になるって…」

「そんな慰め言われてもな、、単なる負けじゃないんだぞ。俺は年下の女の子に無惨にもTKO負けしたんだ。男としてのプライドがズタズタだよ。俺は弱い」

麻美はしばらく兄を見つめて言った。

「お兄ちゃん、まだ、男だから、女だからなんて言ってるんだ? そんなんだから自分の力の半分、否、三分の一も出せなかったんだよ。男が年下の女の子に負けたからって決して恥ずかしいことじゃない。もうそういう時代じゃないの。恥じるのは女性蔑視の気持ちがあるからよ」

「麻美、、お前もNOZOMIに洗脳されたんだな? 男の気持ちが分かってたまるか!」

麻美は兄の顔を悲しそうに見ている。

「そう、、もう、お父さんのリベンジ諦めたってことね?  言っておくけど、私はNLFS道場で何度も柳紅華さんとスパーリングしてるけど五分五分なのよ。最近では、むしろ私の方が優勢。理屈から言うと、柳さんに何も出来なかったお兄ちゃんより、妹である私の方が強いってことね?」

「麻美、お前! 柳紅華より強いのか?…」

麻美はそのままNLFSの寮へ帰って行った。
ショックだった。
麻美は柳紅華より一つ年下なのでまだ中学三年生に過ぎない。体重も柳紅華より10㎏以上は軽いだろう。それに、麻美は自分が庇護すべき可愛い妹だと思っていた。

” 高校3年である俺は、中学3年である妹の麻美より弱いってことなのか?”

堂島龍太は再び立ち上がった。
デビュー戦で年下女子に敗れ、自分の才能に絶望し、一度は格闘技の舞台から降りようとさえ思ったのだが、妹の言葉が耳から離れない。麻美は道場でのスパーリングでは柳紅華と五分以上に戦うと言った。暗に麻美は “お兄ちゃんより私の方が強い!”と言っているように聞こえた。あれだけ格闘技に心血を注いできたのに、その結果が妹にさえ抜かれる才能しかないと思い知っただけなのか? 龍太は妹麻美に軽蔑されたくない一心で、悪夢を振り払い以前より必死に格闘技に取り組む覚悟で前を向く。

格闘技興行会社G主催の格闘技大会。
夏の大会で高校生MMA甲子園のトーナメントを制した迫田宗光のもとに、その時に棄権した柳紅華の関係者から年末の大会で戦わないか?という打診が度々あった。それでも迫田は受けることはなかった。

「女なんかとリングで肌を合わせたくないね。逃げてる訳じゃない、女に負けるはずないじゃないか! 勝っても何のメリットもないからね。女に揃って負けた堂島父子は本当にみっともない‥」

迫田はビッグマウスで有名なのだ。

そのコメントに堂島麻美は怒りの炎で全身が震えるのを感じていた。
” 父と兄を侮辱した。いつか、私が(迫田を)倒して、絶対後悔させてやる!”

迫田宗光vs柳紅華は実現することはなかったが、龍太のもとへ「柳紅華と年末の格闘技大会で再戦しないか?」とのオファーがあった。龍太にとっては願ってもないことだ。女子選手にあんな不様な負け方をした自分にオファーがあるとは思えなかったからだ。あれから半年、龍太は柳紅華にリベンジするチャンスが巡ってきた。


年末の格闘技戦で龍太は再び柳紅華と相対した。どちらかといえばストライカーである龍太であるが、敢えてシルム出身紅華得意の手四つの形から入った。そこから相撲でいう相四つの形になると、紅華が夏より更に進化しているのに気付いた。その体幹の強さ、驚くべきフィジカルだ。先に膝をついたのは龍太の方である。流石に韓国相撲無敵の女子王者、足腰が強い。

“ 麻美はこんなのに勝てるのか?”

それでも、今回の龍太は落ち着いていた。
前回の反省から、絶対相手の攻撃を受けようとしてはだめ。男女間のシュートマッチは、NOZOMI vs 堂島源太郎のリング禍の反省から、少しでも危険と判断されれば早めに試合を止められる。前回の紅華との試合でも龍太は反撃の機会を窺っていたのだが間に合わずレフェリーストップ。
グランドの攻防になれば柔道もやっている龍太が一枚上。常に先手、先手でペースを支配しているのは龍太の方だ。
最後はスタンディングからの打撃戦で、テコンドー流紅華のハイキックをかいくぐると龍太の強烈な右フックが見事に決った。紅華は膝から崩れ落ちるように倒れ二度と立ち上がることはなかった。
年下の女の子の顔面を容赦なく打ち抜いたことに少し心が痛んだ。

試合後、リング上でハグをして称え合う。
“ 恐るべき女の子だった… ”
龍太は韓国からやってきた、この柳紅華という少女を心の底から称えた。
その後、堂島龍太は総合格闘技戦での舞台では一度として誰にも負けることはなかった。そう、あの麻美との禁断の兄妹シュートマッチまで無敗街道は続いたのだ。
それは、NOZOMIが言ったように、この柳紅華とのデビュー戦で屈辱を味わったことが精神的に大きかったのだろう。ドン底からの脱出が龍太を大きくした。
そういう意味で、龍太にとって柳紅華は忘れることの出来ない存在になった。

春になると龍太は大学に進学し、そこでも柔道部に入る。そこには高校時代柔道でのライバル迫田宗光も在籍していた。
龍太も迫田も柔道と並行して、総合格闘技のリングにも上がる予定である。
迫田は再三龍太に総合ルールで「俺と戦え!」と挑発する。しかし、龍太はそれを無視した。同じ大学の柔道部員同士で戦うことの意味がない。柔道で勝負というのが表面上の理由だが、龍太はこの男が好きではなかった。こんな男を相手にすると碌なことはないに決まっている。
“ あいつ(迫田)は、父と俺のことを二代に渡って女に負けたみっともない父子と侮辱した。俺のことはともかく、父を侮辱したことは許せないが関わり合いたくない”


ちょうどその頃、高校生になった麻美はもうすぐ16才になる。その類稀な才能に夏の格闘技戦でのデビューが決まっていた。

「麻美、デビュー戦で戦いたい相手はいるかしら?」NOZOMIにそう問われた。

「〇〇大学柔道部、迫田宗光と戦う!」

麻美の女豹のような眼光に、NOZOMIはゾッとした。あれは獲物を食い殺す目だ。

あの娘(麻美)は私を倒すためここ(NLFS)に入校したいと言った。
敵?である私(NOZOMI)の懐にわざわざ入ってその全てを学びたいと言った。
私もそれに応えない訳にはいかない。
あの娘の目は女豹。ちょっとでも隙を見せれば相手の首筋に牙を立てるだろう。

NOZOMIは、麻美がデビュー戦で戦いたいと言った迫田宗光がちょっぴり心配になった。尊敬?否、大好きだった父を侮辱された怨念は相当なものだろう。
(麻美は迫田を血の海に沈めてしまう…)
迫田は “女とは戦いたくない” と、日頃言ってはいるが、格闘技興行会社Gのマッチメーカー沼田に頼めば容易だと思っていた。

「なんで、俺が、、堂島龍太の妹なんかと戦わねばならないんですか?…」

最初は女子(麻美)からのオファーに難色を示していた迫田だったが、マッチメーカー沼田の手にかかれば赤子の手を捻るようなもの。断ることが出来なくなった。
こうして、堂島麻美のデビュー戦の相手に迫田宗光が正式に発表された。

迫田宗光(19)vs ASAMI(16)

堂島麻美は「ASAMI」として登録された。




つづく。




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