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『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』 (33)俺の大切な可愛い妹。完。

試合開始早々、麻美の高速タックルを警戒しながら近付く兄の顔面に妹の右ストレートが決まると兄はダウン。
そこから非情なる女豹の攻撃が兄を襲う。倒れている兄を妹は容赦なく蹴り上げマウントになるとその顔面に拳を振り下ろす。うつ伏せの兄に馬乗りになると、頭を持ち上げマットに顔面を打ち付けた。

「麻美! お兄ちゃんになんてことするの?やめなさい!」
母 佐知子はテレビに向かって叫ぶと何度もそのスイッチを切った。
倒されても起き上がる息子を見ながら、佐知子は ”もう立たないで!こんな試合早く終わらせて“ なんて、何度も願うのだったが、その度に彼女は  “龍太、お母さん変なことを思ってごめんなさい” と、気を取り直すのだった。佐知子は、只、子どもたちが大きなケガすることなく無事に帰ってきてもらいたいだけなのだ。 

1〜2Rを支配しているのは妹の方だ。
そんな麻美も兄の真の力を薄々感じ取っていた。兄は自分との試合に備えて研究を重ね猛特訓してきたのだろう。NLFS所属戦士のチョーク技は多くの男子ファイターを沈めてきたのだが、兄は完璧に入ったと思われた胴締めスリーパーを極めさせない。凄いフィジカルの強さだ。
それでも、どこか兄は妹の私に対する攻撃に躊躇いを感じる。兄は私を傷付けずにこの試合を勝つつもりでいるのか?

会場の片隅では、兄妹の継父である今井と岩崎の両トレーナーが二人の試合を真剣な眼差しで見つめていた。試合前、岩崎は今井に「この試合はやさしさと非情さのせめぎ合いになる」と言った。
二人のテクニック、スピードは五分五分だろう。しかし、いくら女子には女子の男子には思い及ばない身体能力が隠れているとはいえ、物理的、つまりフィジカル面は男であり体重も勝る兄 龍太の方が上。しかし精神面(スピリット)はどうだろう?
麻美は相手を破壊することに何の躊躇もなく非情に徹する。龍太は甘い、、このような勝負になるとそれは致命的だ。

“やさしさと非情さのせめぎ合い”
これが、この物語の最大のテーマです。

試合開始早々からほぼ一方的に妹に痛めつけられていた兄が、最終ラウンドになると一気果敢攻勢に出てきた。今までの守勢が嘘のように兄の気は凄まじい。このような実力が拮抗した者同士の戦いになれば、ウェート差は大きなハンデになる。
兄は妹の腕を取るとアームロックの体勢に入った。完璧に極ろうとしていたが妹の身体は柔らかくそれを中々ゆるさない。兄は尚も力を込めた。

そこで、兄 龍太の甘さが出てしまう。

必死にアームロックを逃れようとする妹を見ながら、兄は幼かった可愛い妹の姿を思い出していた。妹は絶対タップしない。ここで決着を付けるためには妹の関節を破壊するしかない。俺の大切な可愛い妹にそんなこと出来るもんか、、きっと、お母さんも家で観ている。そんなことしたらお母さんに、そしてお父さんにも申し訳ない。

兄が迷っている隙に妹はアームロックから脱出した。そして兄を睨みつける。

“ お兄ちゃんは甘い!あそこで極めようと思えば私の腕は折れていた。なぜそうしなかったの? 私はこの試合に勝つためなら何の躊躇なくお兄ちゃんを破壊する。そうじゃなきゃ勝てない。後悔させてやる”

それでも、兄の攻勢は続く。
気が付くと兄は妹に馬乗りになり大きく拳を振り上げた。マウントパンチの射程圏内に完全に入った。

“これでお終いだ麻美…”

そこで、又、幼い妹の姿が蘇った。
そして、父(源太郎)と母の顔も。

“ お父さん、お母さん、ごめんなさい。僕はアナタ達の大切な娘、麻美の顔を破壊しようとしてしまいました。でも、安心して下さい。こんな、僕にとっても大切な可愛い麻美の顔を破壊するなんて出来ません”

麻美は馬乗りになって迷っている兄の顔を見て父を思い出していた。
やさしかったパパ、そしてお兄ちゃん…。

どうにかマウントから逃れた妹。

堂島麻美はアームロック時とマウントになられた時、二度負けていたのだ。

それでも兄は私を思いやってくれた。
それを堂島龍太の甘さだと他人は言う。

違う! 甘さじゃないの。
それは兄のやさしさなの…。

麻美は泣いていた。

それでも麻美は兄に全力で向かっていった。そして、あの不幸な結末。
堂島龍太は命こそ落とすことはなかったが車椅子生活を余儀なくされます。

しかし、ラストシーンに救いを書いたつもりですがどうだったでしょうか?

本編(72)完結!ドージマコール

龍太にとっては、天才ムエタイ少女天海瞳との間に出来た「瞳太郎」だけが希望?
そんなことはないですね。

この『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』はこれで終わりです。

さて、次回はNOZOMI&ASAMI引退後、その後のNLFS女子ファイターはどうなったか?
『雌蛇&女豹の遺伝子』(仮題)と題し、ちょっとだけ書こうと思っております。
場面は 植松拓哉 vs NOZOMI から始まります。そして、一気に10年後へ。

しばらく休みます。



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