NOZOMIにダウンを喫した影響はないようだ。逆に正統的なボクシングの構えからジャブを放ってくる。
村椿はNOZOMIの長いリーチを掻い潜り中へ入っていく。
村椿にとって一番警戒しているのは後ろにまわられること。あの堂島源太郎を葬った背後からのチョーク攻撃。

(それにNOZOMIは想像を絶する動きをすることがあるらしい...)

膠着状態のまま1ラウンドが終了。

村椿はダウンを奪った段階で試合は終わったと思っていたので多少の焦りを感じていた。思ったより彼女の打撃技術は攻守とも優れている。
それにカウンターを狙っているのは明白だ。アテ感もかなり鋭いと考えた方がいいだろう。容易に入っていけば何をしてくるか分からない。
それでも、この試合は長引くと厄介なことになりそうな気がする。
早く決着付けないとまずいだろう。

「男は女より圧倒的に強いということを彼女は思い知ることになります。第2Rにマットに沈めます！」

試合前のインタビューで村椿和樹はそう宣言しているのだ。
(次の回に俺はNOZOMIをぶっ倒す)

村椿はセコンドから「一気に決着をつけてしまおう！」とアドバイスを受けた。勿論、彼もそのつもりだ。

NOZOMIのセコンドはモデルのようなセクシーな女性が2人、ミニスカートを穿いている。それが黙ってジーッと村椿陣営を見つめている。

(実況)

「さあ！ 第2ラウンドのゴングが鳴りました。初回はいきなり村椿の猛攻にNOZOMIはダウンを奪われましたが、どうにかしのぎ切りました。村椿はこの回にKO予告をしています。立ち技のみのルール。NOZOMIはどう戦う？」

NOZOMIの長い手足が槍のように襲いかかってくるので厄介とは思ったが、逆にその手足の長さが大きなモーションとなって読み取れる。
村椿のローキックがNOZOMIの膝、下腿部にビシっと決まる。このローキックで堂島もNOZOMIを追い込んでおり彼女相手には効果的なのだ。

何度目かのローキックがNOZOMIに決まるとその顔が歪んだ。意識が下半身に集中したのか？ NOZOMIのガードが下がり気味になってきたようだ。
そこへ村椿のパンチが顔面を襲ってきた。必死にガードするNOZOMIだが、あっという間にコーナーに追い詰められた。村椿の顔は明らかに倒しにかかるときの表情だ。女が相手であっても容赦のない攻撃である。

村椿和樹は不愉快な気持ちでいた。
男の世界で戦ってきた俺が、なぜ女とリングの上で戦わなければならないのだ？ こんなスカートと一体となったレオタード姿のバレリーナみたいな格好をした女と俺は殴り合っている。
見世物？ 屈辱以外の何物でもない。

(男に挑戦したことを絶対に後悔させてやる。俺は本気でこの女を潰す！)

村椿はNOZOMIをコーナーに追い詰めパンチを雨あられと降らせた。
レフェリーが防戦一方のNOZOMIに向かってカウントを取り始めた。スタンディングダウンを取られたのだ。

NOZOMIは防戦一方ながら意外と余裕があり相手の打ち疲れを待っていたのだが、このままではレフェリーに試合を止められかねない。堂島戦でのリング禍の教訓から、危険と思われれば早めに試合を止める傾向がある。
現に前々試合での桜木明日香は、ボクサー真鍋俊之の猛攻を受けレフェリーストップで敗れている。

(このままじゃまずい...)

カウント6でファイティングポーズを取ると、NOZOMIはレフェリーに向かってニヤッと笑った。

「本当にまだやれるんだね？ 今度一方的になったら止めるぞ！」

そんなレフェリーの声に、NOZOMIはその場でピョンピョン飛び跳ねた。余裕があるという意思表示なのだ。

それを見た村椿和樹は頭にカーっと血が上り我を忘れた。
(ピョンピョン飛び跳ねやがって、俺を舐めてんのか？ ぶっ倒す！)

第2ラウンド1分45秒、レフェリーが試合再開の合図をした。

村椿が凄い勢いで飛び込んできた。

次の瞬間...。

シュッ！ グサッ！

村椿和樹は天井がひっくり返ったような感覚に襲われた。

(どうしたんだ？何が起こったんだ...)

気が付くとマットに這っていた。

うおおおおおお！

観客席が異様な雰囲気に包まれた。

(実況)

「これは驚きました！ ダウンを奪われていたNOZOMIが、試合再開直後、襲いかかってきた村椿和樹に向かって鮮やかなカウンターパンチを炸裂させました。たまらず村椿倒れました！これは立てるのか？」

俺はこの女のパンチで倒れたのか？
この俺が女に倒されたのか？
ふざけるな！ そんなことがあってたまるか！とにかく早く立ち上がって逆襲しないとKO負けになってしまうぞ。
(女にKO負けしたら恥だ...)
村椿はそんなことを思っていた。

ワン、ツー、スリー！

カウント8で村椿は立ち上がったが、足元が覚束ない。

そこへNOZOMIが襲い掛かかる。

肘を突き出しそれを村椿の眉間に狙いを定めたようだ。
NOZOMIの肘は細く長いだけに鋭利な刃物のようで鋭い。

ビシュッ！

NOZOMIの危険なエルボーが村椿の眉間を掠った。掠っただけで血が飛び散り村椿は流血しているようだ。
それでも村椿は倒れず踏ん張っているのだが、NOZOMIは追い討ちをかけるように村椿の首を掴んだ。

グサリ！

首相撲からの膝が、まともに村椿の腹部に突き刺さった。顔面を朱に染め流血の村椿和樹が、リング中央で腹部を抑えながらゴロゴロとのたうちまわり地獄の苦しみを味わっている。
鋭角で危険なNOZOMIの肘、膝をまともに食らってしまったのだ。

あわわわわわ、、

あまりの凄惨な光景に、場内は歓声というよりシーンと静まり返っている。
皆、目の前の光景が信じられないのだろう。あの村椿が女子に倒された。

レフェリーはカウントも取らずドクターを呼んでいる。

2R 2分38秒 NOZOMIのKO勝ちだ。

NOZOMIは苦しみもがいている村椿和樹を仁王立ちで見下ろしている。

(実況)

「2年前の堂島戦でも驚きましたが、NOZOMI選手は魔女なのでしょうか？ キック界のモンスターとの異名を持つ村椿和樹選手を、グラウンドなしの不利なルールにも関わらず破ってしまいました。2ラウンドKO予告していた村椿選手でしたが逆に倒されてしまいました。何ということでしょう」

NOZOMIの勝利によって、この『ジェンダー・バトル！ 男女対抗シュート・マッチ三番勝負』は、女性側の2勝1敗となった。女は想像以上に強い。

NOZOMIの鋭い膝をボディに受けた村椿がやっと立ち上がった。
あの瞬間、闘う意志そのものを叩き折られるような今まで経験したことのない苦痛。ボディは効くのだ。
心を折られるような無残な敗北に村椿は悔し涙を流している。

ドクターにより止血されてはいるが、NOZOMIの肘を受けた眉間、、目の上が紫色に腫れ上がっている。掠っただけに見えたそれは意外と深く抉り切れ味鋭い彼女の肘はまさに凶器。

悔しさと屈辱で涙を流している村椿の元へ勝ち名乗りを受けたNOZOMIが近寄ってきた。

「ありがとうございました。ナイスファイトでした！」

「・・・・」

すると、NOZOMIは村椿の右手を取ってそれを掲げた。場内のあちこちからパチパチ拍手が湧き起こった。

「むらつばきぃ~ 泣くな！お前もよくガンバったぞぉ~！」

女子に負けた屈辱で、涙を流す村椿に向かって同情の声が飛んできた。

なんということだろう。
俺は女に負けたんだぞ。こんな真っ赤なスカート付きレオタード姿の19才の女の子に無残にKOされたんだ。
屈辱と恥ずかしさに打ち震えている男に向かって健闘を称えてくれるな。

そんな村椿にNOZOMIはハグをすると声援に応えながらリングを降りた。
それとは対象的に目尻を腫らせた村椿はうなだれながら引き上げる。屈辱の涙は止まらない。

その後のメインは、元柔道王大田原慎二が総合ルールに対応してきたのか、
総合王者渡瀬耕作を終始圧倒。判定によって2年前の雪辱を果たす。
これも名勝負ではあったが、やはりその前の試合でNOZOMIがモンスター村椿和樹を血の海に沈めたインパクトは強く主役の座は持っていかれた。

つづく