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「徘徊」 善方基晴

 

 自分が今なぜ冷蔵庫を開けたのか、何を取り出そうとしていたのか、5秒前にやろうとしていたことがわからなくなってしまうことはあっても、自分が今なぜ外出しているのかわからなくなることは、今のところない。

 
家の外に出る時、それはいつもどこか行く場所があって、そこで何かをする目的があるから家を出る。
 
当たり前だったそんな外出の目的が一切なくなったのが、コロナ禍だったのだと今改めて思う。


 
 大学2年の4月から、いわゆるコロナ禍になって外に出る理由が皆無になった。

なんとなく外に出て歩きたくなって、家から井の頭公園まで1時間ほど歩いて、往復2時間歩くことが自分の中で習慣化しかけたのもコロナ禍が生んだ産物だった。今はもうそんなことする余裕も気力もないのだが、あれは散歩というより徘徊だったような気がする。井の頭公園という目的地はあったものの、そこで何をするわけでもなくただただUターンする目印としていただけだったから。
 
 
 
歩くときはイヤホンをして音楽やラジオを聴いたりしていた。
井の頭公園まで歩いて1時間くらいのため、その1時間をどう使うか、いつも試行錯誤した。

 
 radikoのタイムフリーで好きな1時間のラジオ番組を聴けば公園に着くころにちょうど終わる。ポッドキャストやスタンドエフエムはひとつの番組の時間がそこまで明確に決まっているわけではないから、一つ流して、それが終わったらまたほかの回を流したり、音楽に切り替えたり、適当に徒歩のお供になるものを探しては流し、探しては流しを繰り返していた。
 
 
 井の頭公園まで向かう途中で、奇跡的に中学のとき好きだった人に遭遇したとか、公園で青い鳥を見たとか、何かここに記せるような劇的なことはほとんど起こらなかった。
 
 
ただ一つだけ、興奮したことがある。
今でもそのラジオのその部分を聞いたときに自分がどのあたりを歩いていたかを思い出せるくらいに。
 
 
 それは2021年から始まったTBSラジオ「24時のハコ」という月替わりで芸人がパーソナリティを務める番組でかが屋さんが担当していた時のこと、ちょうど1時間の番組だったため、タイムフリーで片道のお供に聞いていたのだが、その放送の少し前に放送されたNHKラジオの「あとは寝るだけの時間」(ピース又吉さんとサルゴリラ児玉さん、パンサー向井さんの3人がパーソナリティを務めるラジオ)で又吉さんが流していた曲を、加賀さんが「めっちゃいい曲見つけたから聞いてほしい」と言って、「24時のハコ」の番組内で、又吉さんが「あとは寝るだけの時間」で流していた曲と同じものを放送したことに気付いたときだ。

加賀さんは、具体的にどこでその曲と出会ったかはお話していなかった。ただ、個人的な確信にとてつもなく近い推測なのだが、おそらく加賀さんは「あとは寝るだけの時間」を普段から聴いていて、そこで又吉さんが流した曲があまりにもよかったため、自分が担当していた「24時のハコ」でも流したいということになったのだと思う。

 
 実は、かが屋のお二人は何年か前に「あとは寝るだけの時間」にゲストで出演したこともあり、加賀さんはかねてより又吉さんのことを尊敬しているというお話をされていた。お二人がゲストで出演された「あとは寝るだけの時間」の番組内で行われた自由律俳句のコーナーでは、加賀さんがとてつもない量の自由律俳句を持ってきていて盛り上がっており、リスナーである自分にとっても印象的な回だった。


 

  加賀さんが「24時のハコ」でその曲を流すまでの経緯を理解できている(あくまでも推測だが)のはおそらく、いま日本で自分以外いないのではないかと気付いたとき、一人で歩きながら静かに興奮していた。

 
 

 又吉さんと加賀さんのおかげでラジオから2回も聞くことができたその曲が、工藤祐次郎の「ゴーゴー魚釣り」という曲だった。

 今まで自分があまり通ってこなかった曲調の楽曲で、とても印象に残っている。それを聴いていた時、僕は玉川上水にかかる小さな橋を渡っている最中だったことを今でも思い出す。

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