見出し画像

市民はカーフリーな環境に住むまでその考えを嫌悪する

case|事例

2016年のロンドンは大気汚染が深刻だった。当時200万人以上が大気汚染レベルの基準値を超える環境で生活しており、500校もの学校がその範囲に含まれ、年間36,000人もの早期死亡が大気汚染によって引き起こされていた。200万人はロンドンの総人口のほぼ25%にあたる。またロンドンの大気汚染の原因の多くは運輸部門にあると指摘されていた。ロンドン市は自動車の利用に制限をかけ、数年かけて状況を劇的に改善し、基準を超えた環境に住む人を94%も減らすことに成功した。これはロンドンに限ったことではなく、オスロやハンブルク、ヘルシンキ、リュブリャナをはじめヨーロッパの多くの都市が、気候変動対策や大気汚染改善のために道路交通量の削減に取り組んでいる。

ロンドンは、環境性能の悪い自動車への課金から住宅地内の道路空間再配分による静穏化まで、多種多様な政策によって自動車抑制を行っている。アメとムチの両方を含む多様な政策が必要であることは学術的にも裏付けられている。自動車の使い勝手を悪くするなら、公共交通や自転車の利便性を高め、優遇することが必要となる。

自動車の削減による社会的便益は、大気汚染の改善や気候変動対策以外にも及ぶ。オスロやヘルシンキは、自動車の利用に制限をかけることで、数年にわたって交通死亡事故ゼロを実現している。また、駐車場など自動車用の空間を減らせることで、公共空間の活用用途の幅が広がる。

自動車の削減による効果は明らかであるが、それを導入する際には例外なく大きな反対を受ける。オスロは2017年に都心部をカーフリーとする計画を策定したが、大きな反対を受けたことで計画の修正を迫られ、駐車場の削減や自転車レーンの設置など当初の計画と比べると小粒な施策に留まってしまった。また、ロンドンでもLow-Traffic Neighbourhood(LTN)の導入に対して大きな反対が起きている。ハックニー区では、LTN導入を指示した議員とその家族に殺害の脅迫が届いた。

これらの反対は、いかに自動車に依存した都市がこれまで設計され、我々の生活が自動車に依存させられているかの証左ともいえる。アメリカの多くの都市では都心部の50%~60%が駐車場で占められていると言われる。またイギリスは、アメリカほどではないが、道路は基本的に自動車の円滑な交通流を実現するという思想の下で設計され、それがスプロール開発を助長している。

では、このような反対にどのように対処していくべきだろうか?実際、市民に自動車のない生活を納得してもらうのは難しく、時間がかかる。しかし、LTNの住民の支持は時を経るごとに高まっていることは希望の光となる。またボトムアップのアプローチも効果的かもしれない。バルセロナのスーパーブロックは、設計から実施までの各段階で住民の意見を取り入れながら導入が進められている。

insight|知見

  • 生活習慣を変えることはかなりの負担を感じさせることは理解しますが、生活してみないとカーフリーな生活への評価がなかなか高まりにくいというのは自動車依存を抜け出す難しさを示しています。

  • 慣れれば収まるとはいえ、大なり小なり反対が必ず出るという状況での政策の推進は担当者の負担が大きくなるでしょうし、そもそも議会などの意思決定で覆される場合もあるように思います。

  • 記事の中でもアメとムチの両方の政策が必要だと書かれていますが、どのようなアメであれば受け入れやすいのかということを考えなければならないなと思いますし、ボトムアップのアプローチも体系化していく必要がありそうです。めちゃくちゃ壮大なテーマですけど。