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『BGM』をつくる旅──東北フィールドワークレポート〈5〉

『BGM』の下準備を進めるべく2017年5月に行われたロロ主宰・三浦とミュージシャン・江本の旅を記録する東北フィールドワークレポート、第5弾の会津若松〜草加編にてついに完結!東北ハードオフツアーの様相を呈したこの旅は果たして『BGM』に何をもたらすのか……?(文&写真・もてスリム)

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山形を出発して30分も経たないうちに車のガソリンがだいぶ減っていることに気がつき、ガソリンスタンドに立ち寄る。三浦さんは高校生のころ少しだけガソリンスタンドでバイトをしていたことがあるらしい。そのときに身につけたであろうテクニックを存分に発揮し、三浦さんが車のフロントガラスを拭いてくれる。

ホテルのチェックイン時間が迫っているぼくらは、会津若松に向かって急ぎながらも通りがかったブックオフとハードオフには必ず立ち寄り続ける。旅の初めにそういうルールを設定したのだから仕方がない。それでも一応時間を気にしているからなのか、ぼくらのブックオフパトロールは徐々にシビアになってくるのだった。車を停め、外に出てバタンとドアを閉じる。「……じゃあ、ここは5分で!」と三浦さん。ブックオフに入店したぼくらはそれぞれが目をつけているコーナーへ駆け出す。三浦さんは海外文学コーナー、江本さんはCDコーナー、ぼくはエッセイコーナー。猛スピードで棚をスキャンし、どんなに豊作でも5分後には車に戻っている算段だ。

ブックオフを辿りながら、車は少しずつ会津若松に近づいてゆく。山道に差し掛かると一気に景色が暗くなった。いくつかトンネルを抜けているうちに、いつの間にかぼくらは怪談について話していた。「ひらちゃん(ひらのりょうさん)がこの前車の中で『怪談DJ』として怖い話をし続けてたんですけど、それがめちゃくちゃ面白くて」。そう江本さんは楽しそうに話すが、ぼくは怖い話が嫌いなので心中穏やかではない。「こういうトンネルとかよく出てきますよね。トンネルを抜けたらフロントガラスにビッシリ手の跡がついてたりとか」。勘弁してほしい……。道は暗く、街灯も少ない。車で走っているから気が付かないが、実はめちゃくちゃ暗いんじゃないか?という話になり、道路脇につくられた少し開けた駐車スペースに車を停めてライトを消す。確かにめちゃくちゃ暗いし、とてもじゃないがひとりで歩きたくない。嫌だなあと思いながらふと頭上を見上げてみると、そこには満天の星空が広がっていたのだった。街灯も車のライトもないのでとにかく星がめちゃくちゃにハッキリ見える。「わっ星すごい!」「ほんとだ!」「すごいなあ」。星が綺麗すぎて、怖い話のことはどうでもよくなってしまった。

山を越えてようやくホテルに着くと、時刻は22時を回っている。取り敢えずチェックインして大浴場に向かうか夕食を食べに出かけるか迷うも、24時にはフロントが閉まると知らされ急いで街に出ることに。大して吟味する時間もないので、会津若松駅からほど近い喜多方ラーメンの店に滑り込む。ラーメンをすすっていると子どもを連れた若い夫婦や男子大学生二人組が入ってきて店内はにぎやかだ。壁には芸能人のサインが飾られている。適当に見つけて入った店だったが、地元の有名店なのだろうか(と思っていたが、翌日国道沿いのあちこちで同じ名前の店舗を見かけ、ただのチェーン店だったことが発覚する)。

コンビニでジュースやお菓子を買ってホテルに戻り、風呂に入って浴衣に着替えたら今夜の作業時間の始まりだ。江本さんはハードオフで買ったフルートとポータブルレコードプレイヤーを取り出して動作確認をしている。2,000円で買ったというフルートはきちんと音が鳴っている。浴衣でフルートを構える江本さんの姿はどこか珍妙だ。レコードプレイヤーの方もきちんと音が鳴っていたが、よく聴いてみるとなんだか音が低い気がする。「モーターがおかしくなってるのかも」と江本さんは言う。中古のレコードプレイヤーはしばしばこういったことがあるようで、分解して中のパーツを整理してあげると意外と簡単に復活するらしい。頼もしいぜ、江本さん。こうして今日も夜が更けていく。

目が覚めて風呂に入って朝ごはんを食べて部屋に戻ると、江本さんはまだ布団の中だった。江本さんを起こして出かける準備を済ませ、チェックアウト。外に出ると今日も晴天だ。思い返してみると、この旅はほとんどずっと晴天が続いている。今日はお昼過ぎまで会津若松を巡って、夜までに草加へ移動することになっている。今回会津を訪れることになったのは、単にぼくが会津に行きたかったというところも大きい。ぼくは東京生まれで会津に住んだこともないのでほとんど思い出はないのだが、数年前に会津・飯盛山に建つさざえ堂の存在を知って以降、毎年数回会津を訪れていたのである。今回、山形から東京に戻るにあたってどこか立ち寄りたいということで、それならばと会津を訪れることになったのだ。

飯盛山の麓に到着し、土産物屋の駐車場に車を停めてさざえ堂に向かう。いつ通ってもさざえ堂に向かう道沿いにある土産物屋のおばさんは元気良く声をかけてくる。さざえ堂までは階段を上っていかねばいけないのだが、連日の疲れが溜まっていたため(とはいえ毎日観光をしているだけではあるのだが)有料エスカレーターに乗って一気に上がることにした。白虎隊の墓に立ち寄ってからいよいよさざえ堂。さざえ堂は1796年につくられた二重螺旋の構造をもつお堂で、上るときと下るときで異なる道を通ることで知られている。ぼくは数年前から二重螺旋のことが気になっていて、それでさざえ堂の存在を知ったのだった。「卒論を提出するときに論文を紐でまとめろって言われたんですけど、そのとき初めて紐のことをちゃんと意識したんですよ。それでホームセンターに紐を探しに行ったらすごいたくさん紐があって、ロープとか見てたらかっこいいなって。で、ロープって二重螺旋じゃないですか?」とさざえ堂に興味をもった経緯について話してはみるものの、なんだか伝わっている気がしない。

駐車場に戻って車に乗る。薄々気づいてはいたが、想像以上に思い出の場所などなかったのであった。仕方がないから会津に来るたびに立ち寄っているリサイクルショップへ向かうことになった。会津の創庫生活館はいつ行っても薄暗く、地味に面白いものが置いてあるのだ。とかいって、今回は誰も何も買わなかったのだけれども。その流れでもちろん会津のハードオフにも向かう。会津のハードオフは天井がやけに高くて、ぬいぐるみの品揃えがいい。ぬいぐるみを探している人にはオススメのハードオフだろう。

大したこともしていないのに気がついたらお昼になっていて、これ以上会津ですることもないので東京に近寄りながら猪苗代湖に向かうことになった。初日にいわきを訪れたとき、いわき総合高等学校の先生たちから猪苗代にある「まるいち食堂」のソースカツ丼がオススメだと教わっていたからだ。車を走らせること約1時間、まるいち食堂に着くとちょうどピークは過ぎていたのか店内はほどよく空いていた。カウンターの上に貼られた短冊型のメニューを見て、江本さんとぼくがソースカツ丼、三浦さんは煮込みカツ丼を注文する。水を飲んでカツ丼を待っている間、ふと気付いたことがあった。「もしや、三浦さんが頼んだ煮込みカツ丼とは、ただのカツ丼なのではないか……?」。口に出すかどうか迷っているうちにそれぞれのカツ丼が到着する。三浦さんの目の前に置かれたのは、やはりただのカツ丼だった。「やっちまったー……」「煮込みカツ丼ていうから、なんか味噌煮込み的なのをイメージしてた」「でも、考えてみたらいわゆるカツ丼って煮込みカツ丼のことですよね」。ソースカツ丼で知られる店を訪れて普通のカツ丼を食べる三浦直之。端から見ると「通」っぽいセレクトに見えるが、三浦さんの表情は暗い。もっとも、どちらのカツ丼も美味しかったのだけれど。

まるいち食堂を出て今度は猪苗代湖の畔まで。湖畔にははくちょう丸という白鳥型の大きな遊覧船が止まっていたけれど、時間が合わず乗ることは叶わなかった。車を停めてぼくらは何をするでもなくiPhoneの動画撮影で遊んでダラダラしている。と、ここで突然三浦さんが柴田聡子「後悔」のPVみたいな動画を撮りたいと言い始める。

たしかに柴田聡子「後悔」はめちゃくちゃいい曲だしPVもいいよねと車中で話していたが、なぜそんなテンションに……?しかし当時のぼくらは疲れていたのかフィールドワーカーズハイに陥っていたのか黙々と準備を始め、後部座席のぼくが助手席に座る三浦さんを撮るかたちで柴田聡子「後悔」三浦直之バージョンの撮影を開始する。江本さんにグルグルと車を走らせてもらい、抜けのいい背景を探しながら何度か撮影を繰り返すと動画は完成した。早速動画をTwitterに上げる三浦さんは「柴田さんまで届くといいなあ」と呟いている。江本さんがすかさずRT。もちろん動画は柴田聡子さんまで届かず、代わりにロロのメンバーである森本華さんから「今年ナンバーワンゾッとした」というコメントをもらったのであった。やはりぼくらは疲れていたのかもしれない。

我に返ったぼくらは猪苗代湖を離れて東北自動車道に乗り込み、東京へ向かって徐々に南下してゆく。福島県を抜けて栃木県に入ったところで、ぼくらはあることに気がつく。そう、宇都宮周辺にやたらとたくさんのハードオフが集まっているのだ。「わ、宇都宮めっちゃハードオフありますよ」「うわー、やばいねこれは」「下道に降ります?」。この旅は草加で終わることになっていたし、宇都宮から草加くらいであれば下道でも時間はさほどかからないかもしれない。意を決して下道に降り、ぼくらはハードオフのボーナスステージに突入する。いわきのリサイクルショップで購入したSAMURAIという京セラのカメラを栃木のハードオフでも見つけて折角だからと購入。ジャンク品で電源つかず。さらに別のハードオフでも別モデルのSAMURAIを見つけ、今度は江本さんが購入。電池を入れてみたらきちんとシャッターが切れた。SAMURAIはハーフサイズのフィルムカメラで、ハンディカムのように構える一風変わったデザインで知られている。「これならいかにもカメラで写真撮ってます感が出ないからいいね」と江本さんも気に入ってくれたようだ。旅のあちこちで各地の友人と出会って別れるのがRPGみたいだねと話していたが、各地のハードオフを訪れて楽器やカメラを購入して回るのもRPGっぽいといえばRPGっぽい。フルートもSAMURAIも江本さんの新しい装備アイテムだ。

埼玉県が近づいてくるころには、ぼくらのブックオフ/ハードオフセンサーがかなり鋭敏になっていた。「あっ、ちょっと!」と三浦さん。「この道路の感じ……ここら辺にあるんじゃない!?」。いつの間にか三浦さんはロードサイドの風景からブックオフの有無を判断できる能力を身につけていたようだ。そして、実際そのあたりにブックオフが見つかるのだった。気がつくとトランクにはいくつものビニール袋が積み重なっていて、中には本や機材が詰まっている。それらはただの古本とジャンク品などではなく、5日間かけて東北各地でせっせと集めた古本とジャンク品なのだ。大げさにいえば、そこにはぼくらの旅の記憶が詰まっていた。江本さんが一冊数十円で買った『ブラックジャック』にも、ぼくが108円で買った『郷ひろみの紐育日記』にも記憶は等しく詰まっている。

だいぶ明るい時間に猪苗代湖を出発したはずが、草加に着くころにはすっかり暗くなっていた。草加駅から始まったこの旅は、「湯の泉 草加健康センター」で終わりを迎える。(たとえ三浦さんやぼくのように1秒たりとも運転していなかったとしても)毎日朝から晩まで観光と移動を繰り返すのはそれなりに疲れるようで、誰もが湯の泉のサウナと水風呂を心待ちにしていた。存分にサウナで体力を回復させると三浦さんと江本さんは今夜も作業に取り掛かり始めた。一応これが東北フィールドワークのエンディングとなるはずなのだが、フィナーレ感は乏しく、これまでと変わらずにふたりは作業し続けている。恐らく、明日東京に戻ってもふたりは同じように作業をしているのだろう。

ろくに具体的な行き先も設定せず、半ば行き当たりばったりに始まったこのフィールドワークだったが、結果的にはさまざまな人々の記憶を辿る旅になっていたようだ。いわきはロロの駿谷さん、仙台〜女川は三浦さん、山形は原田さん。強いて言えば会津若松はぼくの記憶。そして旅は過去の記憶を辿るばかりではない。思いつきで訪れた仙台の10boxは、10月になれば『BGM』が上演されロロの記憶が埋め込まれる場所になるだろう。

さて、この文章を書いているのが8月14日(月)。まだ『BGM』の本稽古は始まったばかりだ。このフィールドワークがどの程度作品に反映されるのかも正直わからない。全く反映されなかったらそれはそれで楽しい東北旅だったとも思うが、きっと多少は反映されたりするのだろう。で、あるならば、だ。このフィールドワークが『BGM』と結びつくならば、もしかすると『BGM』はすでに始まっているといえるのかもしれない。すでに音楽は鳴り始めているのかもしれない。あなたがいま見ているこのフィールドワークの様子は、『BGM』のイントロでありうるのかもしれない。イントロにしては、5泊6日もある随分と長いものだけれど。じゃあ、この長い長いイントロからは、一体どんな曲が始まるのだろうか?

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