日本語カバー概論

LL教室ハシノです。

洋楽の日本語カバーのレコードを専門にディグさせていただいてる者です。

これまでに収集した日本語カバーは560曲あまり。

それでもまだまだ掘り尽くせておらず、また日々新しい曲がリリースされてたりもするわけで、こりゃ人生をかけるにふさわしい沼だわと嬉しくなったり怖くなったり。


日々のディグの成果はトークイベントやラジオなんかで少しずつ発表させてもらっており、次回は7月12日に行うLL教室presents『実習#1』というライブイベントの中でも1コーナーいただく予定です。

ただ、日本語カバーって言われてもふつうの人は少しの興味もひかれないというのは痛いほどわかってますので、今日はちょっと日本語カバーの世界について概論というか大まかな紹介をしてみようと思います。

日本語カバーとは?

てゆうか、そもそも日本語カバーってなんだよってなりますよね。そんなマニアックなジャンルは聴いたことないって思ったかもですね。

ですが、実はほとんどの日本人は日本語カバーをたくさん聴いてきてます。

たとえば、DA PUMPの『U.S.A.』もそう。安室奈美恵 with SUPER MONKEY'Sの『TRY ME』も、WINKの『愛が止まらない』も、荻野目洋子の『ダンシング・ヒーロー』も、西城秀樹の『ヤングマン』も、みんな元は海外アーティストの曲を日本語でカバーしたもの。

さらに遡れば、いろんな歌手が持ちネタにしてる『マイウェイ』や『愛の讃歌』『夢見るシャンソン人形』なんかも日本語カバーなのです。

歌謡曲〜J-POPの歴史をたどるとき、日本語カバーは欠かすことのできない重要なピースであることはご理解いただけただろうか!

日本語カバーの歴史

そもそも日本のポピュラー音楽というものは、最初はすべて洋楽のカバーでした。日産やトヨタが国産車を生産できるようになるまで、日本で走ってる自動車がほとんどすべて外車だったのと同じように、日本人が国産のポップスを作れるようになるまでは基本的に洋楽か洋楽のカバーしか存在しなかったわけです。

やがて少しずつ日本人の手によるポップスが作られるようになりますが、それでも欧米の「ハイカラな」音楽のフィーリングを味わいたいというニーズから、戦前戦後を通じて洋楽の日本語カバーは常に存在してきました。

特に、われわれLL教室が大事にしてるテーマのひとつである「リズム歌謡」は、日本語カバーの存在感がひときわ大きかったジャンルのひとつです。

「いまアメリカではこんなリズムが大流行してる!」っていう売り文句で、毎年のようにマンボやチャチャチャ、ブーガルーといった新しいリズムが紹介されていた1950年代〜1960年代。雪村いづみや浜村美智子といった実力派がそれらの新しいリズムを日本語で歌いこなすことで、日本人のリズム感や言語感覚は大きく進化したと思います。

ところが、1960年代も後半になると、ビートルズやボブ・ディランの影響から、自分で作詞作曲することを重視する価値観が日本の若者にも広がっていきます。

そんな時代の空気から生まれたフォークソングやニューミュージックがメインストリームとなり、日本語カバーは一旦廃れることに。

この時期の日本語カバーは、デビュー直後で持ち曲の少ないアイドルのライブ盤やアルバムの埋め草として仕方なく生み出される感じで存在していました(それゆえに狙いがよくわからない迷カバーが多いことも事実)。


やがて1970年代後半になると、世界的なディスコブームが到来。

日本でも安直なディスコ曲がたくさん作られ、その中には日本語カバーももちろん含まれていました。西城秀樹の『ヤングマン』もそういう背景から出てきた曲。

ディスコでかかる音楽はジャンルとしてはソウルなどの黒人音楽がメインだったんだけど、日本においてはやがてジュリアナ東京みたいな感じでユーロビートが流行ってくる。

ユーロビートという、「日本でしか流行っていない洋楽」という謎のジャンルにおいては、日本語カバーは実にたくさん生み出されています。「ダンシング・ヒーロー」はこの流れ。


また、1980年代の日本語カバーを語る上で外せないのが、「ヤヌスの鏡」「スチュワーデス物語」などの大映テレビの一連のドラマの主題歌。実は日本語カバーだってこと知らない人がかなり多い。

たとえば「ヤヌスの鏡」の主題歌は、映画「ストリート・オブ・ファイヤー」の主題歌のカバーなんです。


さらに時代が下って1990年代になると、また日本語カバー冬の時代に。

そう、バンドブームだったりシンガーソングライターがたくさん登場したりと、自作曲が重視される時代が再び到来したのです。同じタイミングで、アイドルという存在も一度完全にオワコン化しており、これは日本語カバーの衰退と同じ理由。


そんな時代に一矢報いたのが、王様。

洋楽の歌詞を直訳するとなんかおかしい!っていう、素朴だけど実は深い気づきを与えてくれたのでした。

ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンを直訳した王様の人気に便乗して、クイーンを直訳した女王様、マドンナを直訳した王女様、アース・ウインド&ファイアーを直訳した風林火山、キッスを直訳したCYU(ちゅう)、カーペンターズを直訳した浪花可憐といった感じで続々と企画モノがリリースされる事態に。


21世紀になると新たな日本語カバー勢力が中目黒のほうから登場してきます。

EXILEやE-girlsの一派がですね、コンスタントに味わい深い日本語カバーをリリースしてくれているんです。ロックバンドやシンガーソングライターと違って、ダンスグループの方々は自作曲かどうかというこだわりがない。

さらに極論を言ってしまえばダンスグループにとって大事なのはダンスであって、踊れさえすれば楽曲はなんでもいいってことかもしれず、であれば既存の流行ってる曲をカバーするっていうハードルは極めて低い。


日本語カバーの味わい方

こんな感じで、戦後のポピュラー音楽史に常に存在してきた日本語カバー。

じゃあ、そんな曲ばかり集めて何がおもしろいのかというとですね、ひとことでいうと原曲との距離の味わいです。

日本語カバーには当然ながら原曲があります。原曲とカバーがどれぐらい離れているのかまたは近いのか。基本的に離れていれば離れているほど味わいは深まりますが、がんばって近づこうとしてもどうしても生まれる距離ってのもまた乙なものです。

距離といってもいろいろあって、歌っている歌手の距離、歌詞の距離、アレンジの距離、文脈の距離などなど。

歌詞の距離でいうと、英語やスペイン語を日本語にするにあたってどうしても距離が生じてしまうわけで。たとえば英語だと「love me tender」って音符4つで伝えられるけど、日本語だとそこに「愛して」の4文字しか入らず「tender」のニュアンスが置き去りになる。一つの音符に詰め込める情報量は英語のほうが圧倒的に多いので、日本語で訳詞をつけるってことはひたすら削って削ってっていう作業にならざるを得ない。そこの苦労を味わうっていう楽しみ方がありますね。


文脈の距離でいうと代表的なのが西城秀樹の「ヤングマン」ね。原曲はヴィレッジ・ピープルっていう当時のアメリカのゲイカルチャーを象徴するグループの曲なんだけど、それが西城秀樹によって、小学校の運動会でみんなでダンスする曲に生まれ変わったわけ。

あと90年代の洋楽ロック好きの大アンセムであるオアシスの「don't look back in anger」っていう曲を、ゴスペラーズ的なコーラスグループが歌うっていう、ものすごい文脈の距離感を楽しめるこれとか最高じゃないですか!

まとめ

いかがでしょうか!

日本語カバー最高じゃないですか?

わたくしのハードディスクにはいいネタがまだまだたくさん詰まってます。


もっと聴きたい!って方は、7月12日に新宿でお待ちしてます。錚々たるメンバーのライブパフォーマンスとともに、日本語カバーのコーナーとして、しっかりまとまった時間を確保しました。

秘蔵の日本語カバーをできるだけたくさん紹介しようと思ってます!ぜひ!

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2019年7月12日(金)新宿V-1
LL教室presents『実習#1』
開場19:00 / 開演19:30
前売2500円 / 当日3000円

▼出演
4×4=16(落語×HIP HOP)
LL教室(日本語カバー曲特集)
MELODY KOGA(ピアノ弾き語り)
ナツノカモ(立体モノガタリ)

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チケットはこちら!


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LL教室

2015年、チューターに憧れる非常勤講師たちが意気投合。DJ、評論、イベントなどを通じて独自の切り口で音楽を提示すべく、構成作家の森野誠一、会社員のハシノイチロウ、批評家の矢野利裕の3人によって結成されたユニット。 ※番組などで扱う音楽企画、テーマ別選曲などの業務も承ってます。
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