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新年の挨拶のおかげで「おめでとう屋さん」は大繁盛の巻き

新年、明けましてあれでございます。


お正月ほど、「おめでとう」という言葉がたくさん使われる日は他にないだろう。もうあっという間に在庫切れ。おめでとう工場では十二月に入ったころから大量生産のラインを敷いて、従業員に繁忙手当をつけながらのフル稼働。
それもそのはず。
日本中でおめでとうの応酬。通常時には「おめでとう」ときたら「ありがとう」と返すものだが、お正月だけは「おめでとう」に対して「おめでとう」を繰り出すカウンターおめでとうが発動する。

親戚や友人、知人への挨拶まわりのことを考え、私も工場におめでとうを1ダースだけ発注しておいた。
だが、待てよ。私は思う。私にはおめでとうを言う友人などいないではないか。
しまった。勢いに流されておめでとうを注文してしまったが、半分くらいで良かったかもしれない。それだけあれば知人に配るおめでとうは足りるであろ……いや、待てよ。知人ってなんだ? 知っている人って意味? それはすなわち、徳川家康とか土方歳三とか、そういう私が知っている人物のこと? え、彼らにおめでとうを言う必要ある? そもそも何に向かって? 教科書? 
仮に、知っている人物というのが、現実社会の中、会話を交わせる中の知っている人という意味だとすれば、私にはおめでとうを言う知人などいない。
しまった。まずいぞ。これではおめでとうが全て無駄になってしまう。


いや、待て。私にだって親戚というものがいるではないか。そうだ、そうそう。だいたいどこも親戚が集まっておめでとうの狂喜乱舞、大盤振る舞い、大量消費がなされるわけだから、もうこうなったら私も親戚に向かって注文したおめでとうをぶつければいいわけだ。

ここでふと疑問に思う。
親戚の集まりってなんだ?
待て、待て待て。そもそも私なんかは土の中からいきなりガバッと誕生したわけで、親戚らしい親戚などいないではないか。

いやあ、まいった、まいった。年末の空気っていうのは恐ろしいもので、なんかみんなが買っていると、つい自分も買いたくなっちゃうんだよね。

というここまでの話は余談で、本当に言いたいことは、私がおめでとう工場に買い付けに行ったときに出会ったある女の子の話。


 寒風吹き抜ける工場地帯の一角。いつもは廃油の臭いや金属の加工音ばかりが響くこの通りに行列ができる。みんなの目的はおめでとう工場で新年用のおめでとうを購入すること。クリスマスが終わったあたりから、整理券まで配られて大混雑。周囲の工場に勤める人は、道がふさがれてしまい、通勤にも困るような事態。
 そんな喧騒の中、私は無事に手に入れたおめでとうを持ったまま、一人の女の子を見かけた。
 家族連れはよくいる。新年の挨拶としてどのような「おめでとう」を言いたいかが、家族の間でも分かれるため、各々が自分のお気に入りの「おめでとう」を手に入れるため、家族総出で並ぶということもよくあるからだ。反対に、家長が代表して全員分の「おめでとう」を買って帰るということも多い。だが、子供が一人で「おめでとう」を買いに来ているのを、私は初めて見た。
 その子はピンクの耳当てに毛糸の手袋をしていたものの、割と軽装だった。よその子供たちはスキーウェアやコートを羽織るなか、ウィンドブレーカーのような薄いジャンバーを身に着けている。昨夜降った雪が道路わきに山を残す中の薄着を、私は訝しく思った。
 正面にまわり、顔を覗き込んでみると、案の定、鼻を真っ赤にし、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
 私はここに寄る前、ちょうどアイスクリームをコーンの上にいくつも重ねる要領で、熱々肉まんタワーを作り、それを持ち歩いていたところだったので、いくつか彼女にあげることにした。
 突如現れたあしながおじさんならぬ肉まん積み上げおじさんに、最初彼女は面食らった様子だった。だが、私が必死に決して怪しいものではない、と服を着ながら言ったのでセーフだった。
「今日は一人でおめでとうを買いに来たの?」私は訊ねた。
「本当はもっと早く来て……好きなおめでとうを選びたかったんだけど、もう混んじゃった」
「大丈夫。新年用のおめでとうなんてだいたいどれも同じようなものさ」
 私は彼女を励ますつもりでそう口にしたのだが、彼女の表情は曇るばかりだった。
「もう新年用はお家にあるの」
「え? それじゃあ……」
「一月一日がお母さんのお誕生日で。お母さん、いっつも遠慮して、自分の誕生日にはおめでとうはいらないって言うの。お正月でおめでとうはなくなっちゃうから。だから、今年のお誕生日にはわたしがこの一年に貯めたお小遣いでお母さんにおめでとうを買ってあげるの」
 彼女の手にはわずかばかりの小銭が握られていた。そこで私は彼女の家の窮状を察した。ご近所づきあいもあるだろうし、新年のおめでとうは欠かせない。それなら個人的なイベントである誕生日を犠牲にしようということなのだろう。
 そのとき、おめでとう工場から従業員の声が響いた。「申し訳ございませーん! 今年分のおめでとうはすでに売り切れてしまいました! ラインの再稼働は年始明けの1月4日からとなります!」
 列を連ねていた人々からの不満や怒号が飛び交う中、私の視線は悲しそうな彼女の顔に釘付けとなった。
「……今年もダメだった。お母さんにおめでとう、言えないや」
 私は肉まんを一つ頬張り、右手にぶら下げた紙袋を見た。
「よし。それじゃあ、今年はおじさんがこれをあげる」私はおめでとうを取り出した。
 彼女の目が大きく見開く。が、すぐに首を横に振った。「もらえません。悪いです」
「いいんだ。おじさんには別におめでとうを言う人はいないから」
「そんな……」
「少し遅れのクリスマスプレゼントだ。おじさんをサンタクロースだと思えばいい」
「そんな……」
「全然サンタっぽくないけど」と私は微笑む。「でもサンタさんみたいに全身真っ赤だよ。さっきまで服を着ていなかったから」
 アウト、アウト! これはアウトだ! 私はすかさず「嘘嘘嘘嘘」とつけたし、戸惑う彼女におめでとうを押しつけた。そしてそのまま立ち去る。
 背後から懸命に張り上げた声が飛んだ。「ありがとう! 肉まんサンタさん!」

というわけで、私は今年、おめでとうを持っていないので、冒頭でも「新年、明けましてあれでございます」という何にでも汎用可能な「あれ」を用いてご挨拶とさせていただいたのです。
今年もどうぞよろしく。

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