巨人デカオの川遊び

 大きな伸びをしてデカオは起きました。窓の外からは小鳥の鳴き声が聞こえます。

「はあ。嫌だな」デカオは時計を見て、次にカレンダーを見ました。今日は学校の水泳学習の日。泳げないデカオにとって憂鬱な一日です。デカオは、楽しい予定が待っていれば小躍りしながら布団から飛び出し、嫌なことがある日には時計が止まることを懸命に祈り続ける、どこにでもいる普通の巨人でした。

 デカオは巨人族のお母さんと一般族のお父さんとの間に生まれたハーフの男の子です。お母さんは巨人族としては小柄な身長230センチ。お父さんは普通サイズの人間としては大きめの210センチ。デカオの身長は小学五年生で350センチ。まだまだ成長期です。

 デカオはお父さんの仕事の関係で、特別巨人学校ではなく、一般の小学校に通っています。お友達より二倍以上も大きいデカオは、クラスでもみんなと馴染めません。縦にも横にも大きいデカオは、みんなと机を並べることができず、廊下から教室を覗くようにして授業を受けます。デカオのためにドアは開けっ放し。冬はみんなから寒いと文句を言われるのでなるべくドアの隙間を埋めるように座り、夏には風の通りが悪いと怒られるので身を縮こませ勉強します。

 みんなが当たり前にできることでも、デカオには難しいことがたくさんあります。蛇口をひねるのも一苦労。給食の盛り付けなどの細かい仕事もできません。そのせいでデカオはいつも少し気おくれしてしまいます。

 太陽が長い時間お空に居座り、遠くの景色がゆらゆら揺れて見える季節になると、デカオを悩ませるのが水泳学習です。

 デカオがプールに入ると、大きな波が生まれクラスメイトが流されてしまいます。みんなの迷惑になることを恐れ、デカオは水泳の練習ができません。みんなが上手にクロールで泳ぐ姿を体育座りで見つめ続けました。

 沈んだ気持ちでお家に帰ります。背中を丸めても巨人。うなだれても巨人。大きな体は誰の目にも止まりやすいけれど、デカオの中にある小さなハートは誰にも見えません。

 この日の晩ご飯はデカオの大好物、牛の丸焼き。デカオが落ち込んで帰ってくることをお母さんは見越していたのかもしれません。

「みんなと違うことで、苦労もあるよね。でも大丈夫。デカオはデカオにできることを精一杯やればいいの」

 自分にできること。デカオは少し考え、とりあえず今は牛にかぶりつくことにしました。

 夏休みのある日、デカオはクラスメイトから川遊びに誘われました。そこに「お前は泳げないけど」という蔑みの感情を読み取ることもできました。しかし、デカオが友達と遊びに行くなんて初めてのこと。ウキウキが勝ります。クラスのリーダー格であるユウジくんの、大学生のお兄ちゃんが付き添いをしてくれます。キャンプファイヤーまでやるそうです。

「いいか、デカオ。お前にできることはただ一つ。キャンプファイヤーのために薪を集めてこい。お前なら一度にたくさんの木を運べるだろう?」

 自分が頼られていると思うと、がぜん力がわいてきます。みんなが川で水遊びをしている間も、デカオはせっせと薪に使えそうな木を集めて歩きました。

 デカオが両方の肩に百本ほど木の枝を集めてみんなの元へ戻ると、悲鳴が聞こえました。

 慌ててドスドス走ると、川の水面からクラスのミキちゃんの顔が見え隠れしています。

「大変だ! 足がつかないところに流されちゃったんだ!」

 ちょうどそのとき、ユウジくんのお兄ちゃんは買い物に行っていました。残された子供たちだけではどうすることもできません。

 デカオはただ呆然と立ち尽くしていました。苦しそうなミキちゃんの顔を見ていると、足が震えてきます。

「男子! 泳げるんだから、早くミキちゃんを助けてよ!」学級委員をつとめるアイちゃんが高い声で叫びます。

 そうだ。誰か泳げる人。僕は泳げないからダメ。僕は泳げないから……。デカオは心の中で呪文を唱えるようにそう言い続けました。

 しかし、川の流れが速く、誰も迂闊に飛び込めません。「泳げる俺だって無理だよ! あんな深いとこ、足つかねえもん!」

 そのとき、デカオの頭にお母さんの言葉が。「デカオのできることをやればいいの」

 震える足に力をいれ、デカオは一歩踏み出しました。川辺であたふたする級友たちの横を通り、川に足を入れます。ひんやりとした感触が興奮気味のデカオの気持ちを少しだけなだめてくれます。

「お、おい! デカオ!」

 デカオは強い気持ちで足を前に進めます。水の高さが膝まで、そして腰まできました。深い方へ進めば進むほど押し寄せる水流の勢いが増します。水の深さがデカオの胸のあたりまできたところで、デカオは懸命に手を伸ばします。「ミキちゃん!」

 水面からわずかに顔を出したミキちゃんが、薄く開けた瞳をデカオに向けました。ミキちゃんも細い腕を必死で伸ばします。互いの手が絡み合った瞬間、デカオはぐっと力を入れ、ミキちゃんを引き寄せました。

 岸辺で歓声が上がります。

 デカオはミキちゃんを抱きかかえ、慎重に戻りました。

「デカオくん……ありがとう」

 デカオは首を振ります。「僕は泳ぐことはできない。でも、川の深いところを泳がずに歩けるのは僕だけだ」

 その後、みんなでバーベキューをやりました。みんなが用意したお肉だけでは、デカオのお腹はいっぱいになりませんでした。でも、この日、みんなと少し打ち解けられたことと、自分に自信を持てたことが嬉しくて、デカオの胸はいっぱいになりました。

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