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「署名」の先へ。声なき声に向き合うために。(後編)

※前編はこちらへ。
※末尾に追記しました(2018.7.2)

情報共有の場としての「要対協」の実際

「全件共有」について、別の点からも考えてみます。

まず前提として、「全件共有」とした時に求められているのは、すでに全国で広く取り組まれている「警察→児相」の情報提供ではなく「児相→警察」の情報提供です。(その理由は各所で書かれているので省略します…)

主要紙でも報道があっているように、3つの自治体:高知・愛知・茨城の3県ではすでに実現されています。

ただしこの具体的な方法が報じられず、検証されていない点が、ネット上での議論を複雑にしている一因ともいえます(ぼくが確認できてないだけだったらごめんなさい)。

少なくとも高知と茨城の概要については、厚労省資料で確認できます。
例えば高知について。(37ページ。顔を傾けて頂いて…)

つまり、「要保護児童対策地域協議会(以下、要対協)」に設けられた月1回の「新規ケース連絡会」で、前月に新規に受理した「全ての虐待通告・相談ケース」について、「警察をはじめとした関係機関」へ情報提供がなされています。また、支援継続中のケースについては「実務者会議」で別途、情報共有がなされています。

「要対協」とは、虐待を受けたり、その恐れがある子どもたちへの適切な支援を目的として「市区町村」が設置・運営する会議体の総称のことです。

「要対協」ではなく「協議会」と略されたりもするし、別の名称で呼ばれていることもあります。例えば福岡市では「要支協(要保護児童支援地域協議会)」です。

「要対協」は一般の人たちにはあまり馴染みないですが、全国の99%くらいの自治体(=市区町村)が設置しています/Wikipedia。虐待にまつわる「情報共有の場」は、直接のやりとり以外に、この場が中心となります。

その形式は自治体によって様々ですが、厳格な守秘義務を保ちながら(だからこそ、一般の人にはあまり馴染みがない)、多様な人たちが参加するのは共通です。
児相職員、「市区町村」の児童福祉主幹課職員、教育委員会、民生委員、学校関係者、スクールソーシャルワーカー(SSW)などなど。そして「警察」も。

ネットから参照できる「要対協」の規約等に「警察」の記載があるので、すでに警察との情報共有がなされているのでは、とツイッターで指摘していた方もいらっしゃいましたが(どなたか忘れました…)、正確には、そうとも限りません。

「要対協」は、大きく「代表者会議」「実務者会議」「個別ケース検討会議」の3種類の会議で構成されていて、市区町村の裁量で、さらに会議を細分化したり、高知のように「新規ケース連絡会」のような新たな会を設けたりしています。

「代表者会議」は、関係部署の「管理職」が出席するもので、年に1~2回程度開催されます。全国的にみても「要対協」の中で警察が出席しているのは、この「代表者会議」が多く、実質的なアセスメントが検討される「実務者会議」で警察が同席しているケースは少ないです。

管理職による「代表者会議」だけでなく「実務者会議」にも警察が同席し、連携すべきことは、以前から指摘されていたことで、今に始まったことではありません。
その「実務者会議」レベルで連携し、かつ、「全件共有」まで実現しているのが、高知県ということです。

10年程前、高知県南国市で小学5年生の女の子が亡くなる痛ましい虐待事件がありました。それが警察との連携強化の契機となりました。

その複数の取り組みの中のひとつが「全件共有」です。

「高知県というスケール」の中で「全件共有」がいかなる効果と課題をもたらしたのか、今後検証していく必要があるのでしょう。後述しますが、その結果から「他自治体に適用すべきか」は、地域固有の状況の勘案が前提だと考えます。

「全件共有」の「全件」の範囲とは

高知県のように「実務者会議」等で警察と連携していくこと(警察へ情報提供すること)」は必要だと考えます。ただその中で「全件共有」が必要だとは、ぼくは判断できません。

先日、岐阜県も県警に情報提供すると報道がなされましたが、現時点では「県が把握した虐待が疑われる事案全て」となっています。

つまり岐阜県の場合は、高知県のように「全ての虐待通告・相談ケース」ではない可能性があります(あくまで可能性です)。

「全件共有」を検討する際には、まずは「『全件』が何を指すのか」明確にする必要があるでしょう。「適切な情報」を警察に提供する必要があります。

たとえば、警察が事件対応したケースについて、虐待の通告履歴を確認したいのであれば、児相あるいは市区町村側のデータベース(理想的には一元化されたもの)にその都度、適切にアクセスすれば済みます。

多くの個人情報を常に共有する必要は、ありません。

「児相がリスクアセスメントに迷うから」「警察に情報提供すべきか迷うから」だから「全件共有」しよう、というのは、少なくとも(前編で述べた)当事者に生じるリスクとアセスメントの実際、そして業務の非効率性から、現実的だと思えません。

ちなみに「要対協」は、虐待対応ケースの増加に伴い、会議で扱うケースが増加し、かつ、参加者が多忙なため(人員不足も強く影響しています)、子どもの支援に結びつきにくかったり、支援者の疲労に直結したり…といった課題を抱えています。

そこでぼくは、2年ほど前から某自治体の「要対協」を改善していくためのプロジェクトを進めています。

児童虐待を防ぎ、親子を適切に支援していくために、そして支援者をエンパワーメントしていくために、「要対協」のシステムと各種ツールのリ・デザインが、ICT化含めて強く必要とされているのです(ICTはあくまで手段のひとつです)。

現実として機能しているとは言いづらい「情報共有の場」と照らし合わせた時も、「全件共有が目的化することのリスク」は、少なくないことが理解できるとおもいます。

「市区町村」を位置付けずに、情報共有は機能しない

もう1点、別の面から書いておきます。

先に「全件共有」しているのは、高知・愛知・茨城の3県と書きました。しかし実は「実質的に(虐待予防・対応という意味で)子どもの情報を、警察と全件共有している自治体」は、この3つに限りません。もちろん、現場の人たちは認識しているはずですが、なかなか表に出てきていません。

例えば、福岡県内の某A市(人口10万人規模)では、通告ケースを、実質的に警察と全件共有しています。「要対協」と個別提供を組み合わせ、結果的にそうなっています。

ひとことで児相(児童相談所)と言っても、様々な「地域スケール」があります。
例えばぼくが身近な福岡市(政令指定都市)は、同じ福岡市内に児相があります。(そして、児童家庭相談の主たる窓口は「区」です)

福岡市の西隣りの「糸島市」を管轄する児相はどこにあるかというと、実は福岡市の東隣りの「春日市」です。

ぼくは先日「新宮町」で講演をしてきました。「新宮町」を担当する児相は、隣りの「古賀市」「福津市」を飛び越えた「宗像市」にあります。

例えば糸島市で児相案件が出てきたら、そして「要対協」においても、隣りの福岡市児相を飛び越えて、春日市にある児相と連携し、対応しなくてはいけないということです。

福岡県内の児相の位置は、こちらに記載があります。
福岡市と北九州市以外は、複数の市町村をひとつの児相が管轄しており、少ない人数でいかに対応が困難かは、容易に想像できるとおもいます。

先述した某A市では、政令指定都市であれば児相が担うような援助業務等(あくまで一部)を「近くの警察」が担っています。「児相が遠い」からです(人員が脆弱なだけでなく)。

そうした自治体では、今までの現場から見出したセオリーをもとに、「すでに警察と密に連携している」のです。これはあくまでぼくの実感ですが、そうした地域は「見守り」に貢献する「地縁」が少なからず機能し、かつ警察官との信頼関係も成立している傾向は、感じています。

ただし、この体制がベスト、とは限りません。

児相が遠い(少ない)から、警察と連携せざるを得ない面があります。児相を増やすか、市区町村の専門性を高めるか、それができなければ、地域の実情に応じ、先述した児童虐待専門のチーム等を警察につくるべきだと、ぼくはおもいます。

福岡県について例を挙げましたが、政令指定都市や一部の中核市(今後は特別区も)を除いて、全国的にも同様です。つまり「自治体の規模」で「児相や警察との連携、情報共有のあり方」が全く異なります。

さらに、2004年の児童福祉法改正を契機に、児童家庭相談の窓口と児童虐待予防の大きな役割を担う「在宅支援」の接点は、児相から「市区町村」へとシフトしており、困難なケースの最初の接点、つまり初動のアセスメントが問われる局面が(児相ではなく)「市区町村」であるケースは少なくありません。

増加し続けている「虐待相談・通告」について、実はその90%以上が、一時保護に至らず、在宅のままです。その後に重篤な虐待に「深刻化」するリスクがあるため、(児相ではなく)「市区町村」を中心とした在宅支援の強化が求められています。

そのあたりの課題を受けて、2016年改正児童福祉法では「市区町村」が子どもたちに対する支援を一体的に担うために「市区町村子ども家庭総合支援拠点(以下、支援拠点)」の整備を促しています。

「全件共有」に「虐待予防や支援」を期待するのであれば、それは「児相」と「警察」の情報共有というよりも、「市区町村」を核とした「情報共有システム」を構築すること(集中投資すること)が、理に適っています。

「市区町村(保健センター含む)」と「児相」との共有はもちろん(めちゃくちゃ必要)、「医療機関」や「教育委員会(スクールソーシャルワーカー)」との連携も必要でしょう。その一面を「要対協」が担うし、地域の実情に応じて「警察」も位置付けられるはずです。

とどのつまり、虐待予防や支援のための情報共有は「児相」や「警察」だけでなく「市区町村」を位置付けた上で、地域の規模・児相の管轄レベル(基礎自治体、政令指定都市、中核市など)によって、その「ふさわしさ」は変わってきます。

であるにも関わらず、国からトップダウンで「全件共有」を促された時に、あるいは、そうするべきだとする「社会からのプレッシャー」があったときの「現場の混乱」は、容易に想像できるでしょう。

ソーシャルアクションとして主張すべきレベルと、ローカルな実態から最適化していくレベルを区別したときに、「全件共有」は極めて後者の性格が強いと、ぼくは判断します。

ぼくらが向き合っているのは、「声なき声」である

今回の児童虐待防止の件に限らず、あらゆる情報がオンラインでデータベース化され、共有されていく流れは進んでいきます。

共有だけでなく、客観的なアセスメントの期待をAI等に抱いている人も少なくないでしょう。そうした仕組みは確かに現場の効率化を促すし、エビデンス・ベースでヒューマンエラーを防ぐ契機になるかもしれません。

しかし、福祉の現場で扱う情報は、扱う主体によって、その「見え方」が変わるものです。立場によって見え方が変わる「尊厳」と「権利」をまといながら、「生命」と直結しているのが、児童虐待の現場の「情報」なのです。

とりわけ「子どもの情報」は、大人が代弁することがほとんどです。
「都合よく代弁された情報」がデータとして抽象化されたとき、「声なき声」に、届かなくなります。

「業務の非効率性」や「人員不足」が顕著で「財源不足」… 子どもの福祉の領域は課題盛りだくさんであるために、それらのプラグマティックな解決が、子どもの福祉の本懐まで覆ってしまう事例は、増えていくでしょう。

だからこそ「何を目的に、どういった情報を、誰が扱うのか」そのシビアな見立てが必要とされると考えます。

「国」やそれと見分けがつきにくい「東京都」からの提言を、私たちが住むまちにそのまま重ねてしまうフェーズから、足もとへとまなざしを移し、解像度の高い見立てをすべきフェーズに入ったとおもいます。

何度も言いますが…「もう、こんな悲しい事件は繰り返したくない」その切なる気持ちは、署名をした人も、しない人も、発起人でも、そうでない人も、分かち合えるはずだとおもいます。そこに常に立ち返りたい。

子どもとその保護者のために全力を尽くしている人たちと、おおらかに連帯しながら、身近な子どもとその保護者を全力でケアしていくこと。そのために、あきらめずに、前に進めていきたいのです。

※前編はこちらへ


※以下、2018.7.2 追記:

記事をご覧になった方から「警察を含めた(児童虐待の)通告先の一元化はどう思われますか?」との質問を頂きました。ぼくはその可能性はあり、だと考えています。(今までも児童虐待対応のあり方として議論されてきました)

児童虐待を発見したときは、児相や市区町村、あるいは都道府県の福祉事務所等に通告する義務があることが法律で決まっています。

その際、発見者が通告先を選ぶことになりますが、どこに連絡していいのか、迷うことは少なくないです(189にダイヤルしたら通告者の最寄りの児相につながります)。

さらに虐待の場合、事件性もあるので、児相等ではなく警察に連絡されるケースも少なくないです(その後、児相に通告される)。

その通告先を一元化し、ふさわしい主体に情報を振り分けることで、迅速な対応・介入が可能です(つまり「全件共有」というより「全件振り分け」)。

その際でも、通告先は「子どもの権利」を尊重した上で、適切な情報の見立てが可能な「虐待対応の専門家」が担うべきだと考えています。また、全国一元化ではなく「各都道府県(政令指定都市・中核市・特別区はそれぞれ)で一元化」くらいで地域性を鑑みるのが望ましいと考えます。

ただ、それを児相が担うかどうかは、議論の余地があると思います。実際、アメリカ等では、情報を振り分けるための専門機関(トリアージセンター)が設立されているケースがあります。

児相に対する情報の過度の集中(それも支援と介入が未分化の状態)を避けるためにも、「通告を一元的に受け付け、情報を振り分ける専門機関」の設立、という可能性はあると考えています。

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前後編を通して話題とした「児相と警察との連携」をはじめ、里親の普及啓発など、福岡市における児童相談所の今までの実践が『児童相談所改革と協働の道のり〜子どもの権利を中心とした福岡市モデル〜(明石書店/2017)』という本にまとめられています。

その中では、上記の「通告先の一元化」の可能性の他、当事者の立場に寄り添いながら児相と警察の間をつなぐ「少年サポートセンター」の挑戦等、児相と警察との連携の現実、そして司法関与の在りよう等が書かれています。

本件とはあまり関係ないですが、ぼくも「児童相談所と広報デザイン―児相と当事者との間に必要な、もうひとつの技術」というコラムを寄せています。ぜひご覧ください。

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