対話篇、いかにして人間は目覚めるのか(13)

対話篇、いかにして人間は目覚めるのか (13) 2019年3月27日

「ところでこないだ言っていた惑星意識と全惑星意識というものについて、もう少し話をしてくれないか。あれが随分と興味を惹いてしまうんだ。」ケスラーはカウントの好物のたい焼きを持参した。代々木西口駅前の交差点に面した店で売っている品物で、ケスラーはしばらく激辛たい焼きに凝ってはいたが、やはり原点に戻って、餡子の入ったたい焼きを食べたくなっていた矢先だった。そしてまだたい焼きは暖かいのだ。
「すばらしい。それではお礼に、惑星意識と全惑星意識について説明しよう。これは神秘哲学を教えるグルジエフの説明している話で、彼は意識の振動の違いを、月、惑星、全惑星、太陽、全太陽、全宇宙という具合に階層的に説明しているのはご存知の通り。これ以外の説明方法として、振動密度が高く物質密度の低いものから、振動密度が低くなり物質密度が高くなるまでの階層的な順番を、法則の数で説明していたりする。この宇宙の一なるものは法則1だ。グルジエフはこれを水素番号として説明するが、化学の水素と混同すると釈然としないままが続くので、水素と言わずHとしておこう。グルジエフが活動していた時代はまだ元素などというものに夢があったのでそのまま使ってしまったのかもしれない。」
 カウントはたい焼きを彼のお気に入りの風木の葉取り皿に載せた。カウントは不器用なので、このでこぼこした皿の端でよく指に傷を負っていた。それでも形が気に入っており、何かというとこれを使おうとする。電気工作の最中に出た電線の切れ端などもこの皿に載せる。柔らかくなったハンダが皿の上に飛び散ると、美しい金継ぎみたいだと思い、そのまま保存しようとするが、皿を洗った時に簡単に剥がれてしまうのが残念だと感じている。
 カウントがたい焼きを皿に載せるところを横目で見ながら笑顔でケスラーは口を開いた。「究極のもの、一なるものをH1とするわけだね。つまりこの宇宙で分割されておらず、あらゆるものに浸透し、どこにでもあり、すべてである絶対のものを示しているわけだ。こういう話題になると、いつも気持ちが良くなって、身体が楽になるんだよ。どうしてなんだろうね。だから、いつもこういうことに詳しいカウント君に話を聞きたくなるんだよ。体が辛くなるとカウント君に会いたくなる。」
 カウントは皿に乗ったたい焼きをスマホで撮影し、その後たい焼きを手に取ってふたつに割って、中に入った餡子をじっと見ていた。たい焼きの皮は薄く、中にぎっしりと茶黒の餡子が詰まっていてどっしりと重みがある。「いろんな細かいことに圧迫されたりプレッシャーを感じたりするのが人間だが、究極の法則1は、あらゆる区別を全部無くしてしまうから、悩まされる何物もなくなるのさ。つまり究極のリラックスと安らぎがここにある。とはいえH1を意識できる人間はいないので究極の意識としてH6あたりを最終的目標にするのだがね。それがH1の気配を感じさせる次元かな。高次元の法則を考えるたびに人間はのびのびする。そもそも絶対のH1は物質を認めない。というよりも物質が存在しない意識だ。だから目の間に机があったり、道路があったり、人が歩いていたり、幼稚園の生徒が騒いだり、インクがもう半分もなくなってしまったようなボールペンが転がったりしていない。目線で細かく追いかけることもないし神経が痛まないんだよ。」
「物質を認識しないというのは、物質のことを忘れて、精神に集中している状態かな。我々も目をつぶると物質は認識しないが。」
 しばらく激辛たい焼きを食べる日々が続いたので、今目の前にした純正たい焼きに、ちょっとだけジョロキアをまぶしたいという誘惑と戦いながら、カウントはケスラーの軽はずみな考え方を正すことにした。「絶対の意識1なるものは、何かを忘れたり、何かを除外したりすることはありえないではないか。この宇宙すべてなんだから。グルジエフは、絶対の法則1を分割して、そこから続く3、6、12、24、48、96、192、384、768、1536、3072、6144という法則の連鎖について説明した。数字が増えるほどに眠りの要素が増加する。この数字は増えるほどに、物質密度が高くなるが物質とは昏睡だ。法則1には眠りがなく物質もない。」カウントは、たい焼きを食べる時に端から食べるという癖を持っていた。周辺から攻めてだんだんと小さくなっていくのだ。ケスラーはこの光景を何度も見ていた。
「この数字が増加するというのは増えるということより内部分割の話だね。」
「そうだよ。承知の通り。宇宙は最初から最後まで総量は変わらない。振動密度と物質密度は反比例する。振動密度は目覚めの比率、物質密度は眠りの比率。眠りというのは、何かの印象に食われて、自分を意識できなくなった状態だ。野球に夢中になっている人は野球に自分を見失っている。で、そもそもケスラー君の聞きたい惑星意識だが、これはH48のことだ。わかりやすくたとえると、一なるものを48個に分割し、この48個のうちひとつだけが目覚めているということを示している物質だ。残りの47個は完全に昏睡状態で、そこでは本人の意識は不在だ。代わりに違うものがそこに詰め込まれている。」
「詰め込まれているものが眠りということか」
「そうだ、印象とか物質とかが餡子のように詰まっている。数秒の時間の中で、自分を意識する瞬間は何度あるのか考えてみるといい。ほんの数回しかないし、それ以外の長い時間は何かに自己同一化しているんだ。この自己同一化という言葉はグルジエフ特有の言葉だね。君はわたしにたい焼きを買ってきて、わたしはたい焼きが好きなので、たい焼きに心奪われる。この心奪われている間は、わたしはたい焼きになっていて、カウントではない。たい焼きはわたしを滅ぼそうとしている。」
「たい焼きを見ているのは自分で、たい焼きは対象であって、わたしはたい焼きを見ているという時は、むしろ見ている自分を意識するので、たい焼きを食うことはあっても、たい焼きに食われてしまうというのはありえないのでは?」
「いや違う。たい焼きが好きなので、たい焼きと自分の間の境界線が曖昧で、たい焼きを見たり、たい焼きになったり、また戻ってきたりするのさ。自己同一化している証拠に、もしケスラー君がたい焼きのことを批判すると、わたしはきっと怒って君とは絶交するかもしれない。まるで自分のことをけなされた気分になって傷つくよ。それはわたしがたい焼きと一体化しているからさ。振動の高さというのは、そもそも一秒の間に、どのくらいの数の波が立つかで判定するよね。このパルスの数が多いほど、印象とか何かの思い、感情とかに支配されない部分が多くなり、目覚めた意識の比率が高いというわけだ。わたしはたい焼きを見ると振動が落ちてしまうんだよ。」
 今日はいつもに増してカウントが力強く語るのではないと感じて、ケスラーは場所を変える提案をした。すでにカウントはたい焼きをたいらげて皿を台所に片付けていた。「今から歩いて、高島屋方向に移動して、新宿サザンテラスのベルギービールの店で珍しいビールを飲まないか。わたしが全部奢るよ。金ならある、しかし知識はないというのが自分だから。」
「いつもながら、ケスラー君の提案はわたしには有害なんだな。たい焼きを二匹食べて、その後ビール飲むと、炭水化物だらけになり、わたしは糖尿病まっしぐらなんだが。」
「昔は炭水化物から食物繊維を引いたものを糖質と推理して、推理上の糖質分量を発表していたが、しかし技術が向上して直接糖質量を計測できるようになった。その結果として、実はビールは案外に糖質が少ないことが判明したことを知っているのかな。」
「もちろん。だがゼロではない。話が長くなるとだな、ビール屋さんで三杯くらい頼んでしまいそうだ。」
 そう言ってるうちに、彼らはもうビール店に到着してしまった。開かずの踏切の手前にある右の階段を上がると、予想外に早く着いてしまうのだ。カウントはいつものように、修道院ビールを頼んだのでケスラーも同じものにした。同じものを飲むと、カウントの考えがもっとわかりやすくなるような気がするからだ。
「地球の上に住んでいる一般の人の思考はH48だと言われている。48個のうち、1個目覚めており、47個は昏睡の中にあるということだね。この場合、この本人の不在な47個は留守の家みたいなものなので、泥棒が入ってきても気がつかない。本人の経験としては、この不在の間は無時間なので、何か起きても、本人の記憶には上がってこない。折りたたまれた次元みたいな話だ。人間の意識はつぎはぎで隙間だらけで、起きているほうが少ないのだが、本人は意識が持続していると思い込んでいるんだよ。」
「まあそれはそうだ。自分が不在な場所では意識がないので記憶はない、意識ある自分から見たら、自分はいつも連続している。」
「わたしは最近はウィリアム・ブレイクの考えを借りるのが好みだ。空は巨人の頭蓋骨の内側だという北欧神話のイメージを使って、まず巨大な球体を想定する。これは人間よりも高次な次元の卵の姿だ。この中に個人としての小さな卵が48個できた。巨人の卵を大きな自己と考えると、この中につまった小さな卵は小さな自己だ。個人は自分を感覚の殻で包み閉鎖している。個人の卵の殻はそうとうに硬いのさ。だから他の47個の卵のことは知らない。もともとこの他の47個も巨人からすると自分に他ならないが、個人に閉じこもった人間は自分以外を阻害するので、他人が何を考えているかなどわかりはしない。この小さなひとつの卵のことを、ウィリアム・ブレイクはアダムと名づけた。人間が自分の感覚の殻に閉じこもり小さくなり続けようとするので、神は縮小限界を設定したんだ。それがリファレンスとしてのアダムだ。つまりわたしが言いたいのは、内部分割されて次元が低くなった存在は、より高次な物質から脱落したのでなく、より高次な物質の腹のなかに包み込まれているということだ。なぜなら高い次元の振動は浸透性が高くどんなものにも染み通っているので、わたしたち人間は法則1から追放されているわけではない。自分を小さなところに閉鎖して、それを自分とみなすので、いまでも高次な次元の頭蓋の中にあることを忘れているだけだ。」
「卵の殻は感覚で、この感覚は見たり、聞いたり、触ったり、味わったりだから、わたしたちが外の世界を見たりするのも、実はH48の単位の卵の殻に映し出された感覚的反映ということで、実は外の世界ではなく、H48意識レベルで知覚する壁の絵という意味だね。」
「そうだ、そのとおり。ここは多くの人が勘違いする肝心なことだ。たとえばロケットで月に行こうとするが、これはH48の卵の殻に映し出されたものに行こうとしているわけで、真の意味で小さな卵から外に出て宇宙に行こうとしていることではない。しかし人間はH48の中でのみ存在可能なので、それ以外の外に行こうとしてもH48の自分を維持しなくてはならないので、ここで矛盾は生じるね。H48意識の上で見えている宇宙に行こうとしても実際に宇宙に行くとH48世界は壊れてしまう。だから卵の殻という端の方に行くと強い反作用で押しつぶされるだろう。科学理論はH48上で作られたものだから、科学式に言うと卵の殻に接近するにつれて無限に重力が増える現象が生じるのでは。外の宇宙に行くなんて簡単ではないし、そのあたりはいにしえのヘルメスの知識などを参考にすると良いと思うのだがな。なぜってヘルメスは異界との行き来にもっとも興味があり、そのことにもっとも通暁している存在なのだから。だからこそ越境の神と言われるようになった。単純にロケットで宇宙に飛ぶなどというバカなことはけっして考えないよ。」
「惑星意識H48がわたしたちが生きている宇宙だとすると、その上にある全惑星意識H24はひとつ次元が上の世界だということだね。それはどんなものだろう。わたしたちはH48に生き、それに備わる感覚で世界を見ているのだから、H24を見たり聞いたりできないということだね。H24を見たり聞いたりするには、わたしたちがH48を辞めなくてはならないということか。つまりわたしたちがH48で生きていることが、H24に行くことを阻む原因でもあると。」
「全惑星意識としてのH24は24個の部品のうち一つ目覚めており、残り23個は自己喪失しているということだ。でもH48では2個ほど目覚めているということだね。となると、H48意識が気がついていないもうひとつの要素に対してH24は目覚めており、それを認識あるいは対象化できるということだ。それでもまだ24分の1しか目覚めていない。絶対の神に至るには23個埋めなくてはいけない。それでもH48に比較して圧倒的に解像度が高い。このピーナッツは硬いな。やはりピーナッツは高級な千葉の八街市のものが理想だね。これは輸入品かな。千葉県人はピーナッツとは言わず落花生と言うらしいね。ピーナッツだと言うと部外者だと判明する。」カウントはビールを頼んだ時に同時にミックスナッツの皿を注文していたのだ。あいにくベルギーのビール専門店なので枝豆は出てこない。

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