箱女 2019年1月12日製作

箱女 2019年1月12日

 家督争いに巻き込まれ、朱凛が実の姉によって壁の穴の中に埋め込まれたのはもうずっと昔の話。長い眠りから覚めたのもずっと昔の話だが、これは壁として生きるという新しい自分に目覚めたのだ。前のように人間としての自分にしがみついていたら、壁に埋め込まれて死んだあと永遠の闇の中にいたはず。変容した朱凛は自分がまだ存在していることに気がつき、重苦しい湿った床から自分を持ち上げる努力を経て、今ここに自分がいる。きっと自分を果てしない重さから少しだけ持ち上げるのに何百年もかかったのかもしれないが、時の経過を測りようがないので自分ではわからない。ともかく重かった。這い上がる体験は二度としたくないが、ただ闇の中では深いやすらぎはあったのでずっと闇の中にいるのも悪くはなかった。
 それから朱凛は壁として生きていた。どこにあるのかもわからない壁として、そこにあたる空気や空気の振動の刺激を感じることが嬉しかった。刺激がある時だけ自分が働くように見えるが、長い時の中ではそれだけでも忙しかった。やがて自分の違う面を発見した。最初はひとつの壁にもうひとつ角度の違う壁が繋がっていて、このもうひとつの壁に移る時に違和感を感じたが、慣れてくるとふたつの壁に、さらにもうひとつの壁が違う角度で繋がっていることに気づいた。三つの壁を発見した段階で、自分の可能性が大きく広がる気がしたのもつかの間、三つの壁のうちひとつから繋がるさらに新しい壁を発見して移動すると、新たな三つの壁ができて、ここに新しい自分が確立できた。
 最終的に朱凛は自分が六つの壁で生きているのだとわかったし、自分は部屋なのだということも理解するようになった。最初ひとつの壁だった頃より、いやそれよりももっと前の一粒の自分だった頃よりも自由な広がりを感じる。点から線に、線から面に。さらに複数の面に至る都度に大きな変革があり、人間だった頃より、このほうが理想的なありかたに見えた。

ここから先は

7,310字

¥ 160

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?