対話篇、12感覚の坂

対話篇、12感覚の坂 (17) 2019年4月28日

「ところでカウント君はおとめ座は視覚に対応すると説明していたね。今日はこの12感覚についてもう少し詳しく教えてほしい。そもそも感覚は本質ではない。意識とか生命というものが本質だとして、それを包み込む重たい被膜みたいな質量性が感覚だとすると、それは受動的で中身がないものなので、感覚の意見を聞くことなく一方的に改良したり変えたりすることも可能だということだね。むしろそうしたほうがいいと。」
 彼らは新宿中央公園に散歩に来ていた。カウントはあたりを見回してつぶやいた。「最近ここにはホームレスがいないんだよね。でも都が生活支援をした結果ホームレスがいなくなりましたというのはまったくの嘘で、彼らは昼には隠れているだけだ。都の職員はうわべだけ見ているのでそのことをわかっていない。ホームレスは繁華街とか都会にしか住めないので田舎にホームレスはいない。なので出ていかない。以前はここによく散歩に来て、ホームレスがたくさんいたのを見ていた。いなくなると寂しいもんだね。新宿駅までの通路にはもっとたくさんいた。夜になると戻ってくるらしいが。わたしはホームレスは嫌いでないが、夏場のあの匂いだけは敬遠だ。ホームレスは自分個人の家を持たないで、東京都とか新宿区全体を家にすればいいだけだ。ある意味それは正しいことなのではないか。個人の生活を確保するのがもっとも重要というわけではないよね。仏陀は個人の生活を確保していたわけではなかったと思う。そういえばシューベルトも一生自分の家はなかった。友達の家を渡り歩いていたんだ。」
「カウント君はホームレスが好きなのかい。わたしはちょっとそこに目をつけたことがないので、自分ではどう判断していいのかわからないよ。しかし興味を持てというのなら、そこに注目してみようとは思うが。」
「好きというより自分も同じだからだよ。数か月前に見た夢では、自分が手にしているノートの周囲だけが明るく、周りは漆黒の闇だった。で、どこからか声で、”それはあまりにも危険すぎないか”と聞こえた。わたしの周囲には立方体の箱がない。で、自分の生存を維持するには、ノートに言葉を書き連ねていくしかない。その瞬間はノートが明るくなる。箱なしはホームレスだ。」
「ということはカウント君はミニマリズムを実践できるね。必要なのはノートと筆記用具か。それ以外は必需品でもない。」
「まあ今の時代なら、ノートと筆記用具はノートパソコンだね。音楽を聴きたいなら、イヤホンを持ってパソコンで配信音楽を聴けばいいわけだから。わたしはヴィトゲンシュタインが好きだったのだが、彼は部屋に机と椅子とカップ程度しか置かなかった。で、分析哲学の文章をつらつらと書き連ねていた。自転車の発電機みたいに、書いている間は灯りがともり、止まると真っ暗。」

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