宇宙案内所(9)

宇宙案内所 2019年2月17日

 最近はがん治療法も発達し長生きする人が増えているが、アメリカのスティーヴ・ジョブスのように治療はしないで放置していたいと思うのは、牛飼十三ががんを救いだと考えていたからだ。それでもまだ数年は生きることになりそうなので暇を潰すために遊び半分の仕事をしてみることにした。渋谷の道玄坂にいい空き物件があったので宇宙案内所を作るために賃貸契約した。宇宙案内所という大きな看板を出したら、意味がわからないという理由でお店に入ってくる客がいることに驚いたが、人はみな好奇心で謎の場所に入り込むらしい。空いた時間はHuluで映画を見ていたいので、一週間に一人という客数ならばのんびりできると思っていたが一日に一人やってきた。だいたい一人でもセッションには3時間はかかるので面倒とは言える。
 牛飼が推理するに、地域に馴染まれていない新規店に客がやってくるのは道玄坂にお店を作ったからだと思われる。道元坂は鎌倉時代前半まで勢力を持っていた和田氏の子孫だと言われていた道玄がここで山賊をしていたことから名付けられたという話で、どこかに道元の庵があったのだ。道玄坂の店に入った客は山賊に襲撃されるように身ぐるみ剥がされるのがふさわしい。
 最初はヨモツヒラサカから始まっただろうから坂というものは奇妙な変化をもたらす。異界に通じる裂け目、あるいは異界を封じる縫い目として、坂の途上では誰もが心身の傷口が広がってしまい、宇宙に飛び出すには適した場所と言わざるを得まい。その昔、牛飼には岡という老人の友達がいて、彼は航空会社の副社長を脅してキャノンの一眼レフカメラと白く長いレンズを手に入れ、道玄坂の上空にカメラを向け、空中に浮かぶ宇宙人とかUFOの写真を撮影していた。UFOに乗らずに生身で空に浮かぶ宇宙人の写真を見せられ、「これ東急のデパートの宣伝の風船の糸が切れて浮いたんでないの?」と言ったが岡老人は断固否定した。
 シリウスに娘がふたりいると言う岡老人はいつも気に入らない相手に対して「宇宙人がお前を殺す」という脅迫状を送りつけ金品とかお米を奪っていたが、これも道元テイストだ。坂の多い東京は異界都市の性質も隠し持っているのではないかと思うし、東京にもいろんな坂があることを教えてあげたら岡老人は重たいカメラセットを持って出かけたかもしれないが、しかしロードバイクしか使わなかったし年老いて体力もないだろうから、そう遠くには行けないだろう。
 お店の中にはリクライニングチェアが三つ置かれており、お客はこの椅子に座って意識旅行する。三つ同時に使われたことは一度もないのは同時にセッションすることがないからなので、三つ買う必要はないと思うのだが、買い物をする時にはいつも三つ買うという古い習慣が残っているせいで、気がつくと三つ置かれていたのだ。
 牛飼十三は客の顔とか洋服とか雰囲気を見てお勧めコースを提案する。ここは店主のわがままの言えるお店なのだが、牛飼自身がその方針に飽きてからは、旅先を選ぶ時にはガラポンかコックリさんを使うことにした。

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