対話篇、エニアグラム (15)

対話篇、エニアグラム (15) 2019年4月16日

 いつものようにカウントとケスラーはカフェで会っていた。このカフェは、カウントの好きな蜂蜜が置いてあり、それをコーヒーに多めに入れる。ケスラーは持参のブランデーをコーヒーに0.5ミリの高さ加える。熱いコーヒーからはブランデーの香りが立ち昇るが、いまのところ周囲の客に気づかれたことはない。ネット記事ではこのカフェの客には年収一千万円以上の女子が多いという噂で、ケスラーはどの客が一千万円以上なのだろうかと周囲を見回す。このカフェではのんびり休憩しようという人はほとんどおらず、たいていスマホかパソコンに集中するか、ノートになにか書いている。ケスラーはこのカフェに立ち込めるお勉強の雰囲気が好きなのだ。その中でこっそりブランデー入のコーヒーを飲むのは快感だ。とはいえ0.5ミリではなんの抵抗にもならない。席のあちこちにパソコン用の電源タップがついているが、そもそも今どきのパソコンはバッテリーが長持ちするので、コンセントにつなぐ必要があるとは思えない。だからここで電源を使う人はパソコンを充電し忘れた人なのだ。どういう理由で充電し忘れたのだろうか、前から気になっていて、さまざまなシチュエーションを想像する。そんなことを考えているうちに、カウントがいつもの話題に引き戻した。
「ところで君は花見の時の会話でエニアグラムを持ち出したね。エニアグラムはグルジエフが西欧に持ち込んだ図で、そもそもはスーフィの宇宙法則図だという話だが詳しいことはわからない。というよりもエニアグラムが真に宇宙法則図ならば、地上でどういう経緯で伝わったかなど意味のない議論になる。宇宙法則図が普遍的なら、それはローカル色に染まらないのでどこにあっても同じだ。グルジエフより数世紀も前にこれと似たものが仏教伝来の経路で日本にも持ち込まれているし、日本以外でもあちこちに伝わっていると思うが、君がそもそもエニアグラムの話を持ち出したのはどういう理由だったっけ。」
 ケスラーは周囲を見回すのをやめてカウントの目を見た。「それはね、腰の前後に走る陰陽の力が衝突して、中和のインターバルができると、縦に走る力線が発生し、これが頭で衝突することになる上下のエーテル線の下の側を担当するというクンダリニにも通じる話をされて、これはエニアグラム体系に再編成することができるのではないかと思ったのだ。胸ではさらに左右の力が真ん中で衝突する。この頭の上下、胸の左右、腰の前後という力線の方向は、フレミングの左手の法則みたいだね。中指が電流で、人差し指が磁場で、親指が推力というそれぞれが90度で交わる図だ。」
「フレミングの法則と同じものではないぞ。なぜって腰でも前後にストレートに力が走っているわけではなく、前からの力と後ろからの力が衝突してゼロ地点が生まれ、そこにより上位の次元が関与するポータルが発生するということが、胸でも頭でも生じているということだからだ。つまりひとつの力線では、実は反対のものが衝突して、ある時は片方が押し切り、ある時は押し返され、この煩悶こそが波動を作り出すからだ。フレミングのはエネルギィがただ一方的に走るだけのラインの組み合わせではないか。フレミングの法則と似ているといえばたんに違いが90度の関係になっているというだけだ。」
「しかし君はいつも一方的な流れは宇宙には成立しないと言うよね。コーヒーカップに手を伸ばす時、実はコーヒーカップからやってくる流れがあり、それに誘われて手が伸びるのだと。行動がAからBに向かう時、意図はBからAに発射されているのだと。一つの線でもそこには双方向的にベクトルが働いていないと線は成立しないという話だと思うが。」
「なるほど。わたしの説明の矛盾点をうまく突いたように見えるね。電気とか磁場とかの話になると急に退屈になるので、わたしはわたしの理論の説明に、物理学の話を引用するつもりはないんだよ。むしろギリシャ哲学のような理念で話をしたい。するとconnotationの作用が働き具体的なひとつの事象を決まった説明に独占させることがないからね。物理学の領域では強烈な二律背反的な原理が働くのでどこにも脱出の口がなくなってしまう。しかしケスラー君は電気少年なのでそういう資質も悪くはないと思っている。物質の世界は二律背反の原理が働いていると割り切れば、そこはそこで独自の法則が働いているのだと考えてすっきりできる。」
「二律背反の牢獄から脱出できる導きがあれば、物理学とかにはもっと未来があるかな。」
「まあその未来があるとか、過去から未来へ時間が進むというイメージそのものが二律背反なんだがね。で、エニアグラムを考えるなら、まずは素朴なところから出発して、エニアグラムだけが持つ性質がどこにあるかを考えなくてはならない。つまりなぜいまここでエニアグラムでなくてはならないかということだ。でないのならエニアグラムを使う意味はない。エニアグラムを使うとエニアグラムの持つ性質に染まっていくので、人生はエニアグラム色になるよ。それは日本人としては適していない面もあるのではないかと感じることがある。日本人はベタだから。エニアグラムは一言でいうと合法則的不規則性で、矛盾しているけどきちんとしているというか。」
「日本人は矛盾を併せ持つというのはどうだ。とはいえ今日の日本人ならばもう平面的になっているので、この良さは消え去っているかな。」
「中江兆民の日本人に信仰なし、決まった思想も考え方もなし、という姿勢ならば、矛盾は受け入れ、エニアグラムのシステムには少し親近感は持てるかもしれないね。決まったドグマに支配されると合法則的不規則性は理解できない。」

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