ディレクション (12)

12 ディレクション  2019年3月20日

 ラウトは26歳以後ほとんど仕事はしていないので金銭を手に入れることが難しく時折飢餓状態に陥ったが、体力がなくなると意識も朦朧となり気分はいい。いまの家は二ヶ月住みついているが、近隣の住民に見つからないように夜中だけ出かける。見つかったにしても荷物はリュックひとつなので五分かからないうちに逃走できるし次の廃屋に入り込めばいい。ラウトが居ついているのは代々木三丁目界隈だが、代々木を選んだ理由の主なところは新宿よりも環境が荒れていないこと、代々木に多少興味があったからだが、比較的崩壊度が少ないと言われている代々木でさえ家屋の七割は空き家なのでラウトは比較的自由に住居を選択できる。
 代々木には学問の神様が祀られていると言われている平田神社があるが、ここで扱われる学問はそんなに凝り固まっていないと思う。平田篤胤は物質的に固まって目に見えるものを顕の領域、流動的で見えないものを幽の領域と分類したが、顕・幽両方を意識した結果か、21世紀になってからいくつかの都市はこの平田神社を軸にして徐々に形が崩れていき無秩序な様相を呈するようになった。とはいえこの無秩序とは顕の側からの見方であり、幽の側から見ると異なる秩序が優勢になってきたことでもあり、顕と幽両方を均等に扱うバランスの働きが回復しているのだ。
 平田神社の近くにマムダンという男が住んでいたが、彼は自宅を荒れ放題の廃墟にしてしまい、そこに平田神社の力がブースターになって、結果的に代々木、新宿、千駄ヶ谷あたりがマムダンの家の内部に似てきた気がする。家の廃墟化はただの無気力の故だったが公明正大なスタイルになりつつあった。その後家は所有するものでなく共有されることが多くなり、いらないものは掃除するものではなく菌によって分解され土に戻るのが正しいと考えられるようになり、金属や工業製品を食い尽くし、プラスチック製品も消化するような新時代のシロアリが増殖し、培養する組織もできたし、巨大化したシロアリをつれて散歩する人も時折見かける。

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