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ダブル・サイレンス——金沢21世紀美術館をめぐる二重の旅行記(後篇)河野咲子&南島興

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「お・と・が・な・っ・て・い・ま・す」

 太陽光の白さで、一瞬、目がくらむ。透明なガラスで四方を囲まれた中庭に足を踏み入れると、冬の寒さもあいまって露天風呂にでも来た気分になる。唯一異なるのは、ある作家によって作られた不規則な音がかすかに鳴っていることだ。それに風呂桶もここにはない。
 本来、癒されるべき弱った体は光を避けて、顔を下に向けて歩きだす。風雨によって朽ちるたびにできあがる地面の模様を目で辿っていくと、顔は模様の侵食を許さない透き通ったガラス壁にまで至った。その人は、僕のことが見えていないかのように、こちらを見ている。
 見えていないのか、見えているけれど、それがなんであるのかを決めかねているのか。こちらでは、音が鳴っていることなんて、知る由もないだろう。はやく伝えに行かないと。

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