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R-1王者・お見送り芸人しんいちの生き様「消えるときは消えるし、全部楽しむだけ」|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#11(後編)

R-1王者となったお見送り芸人しんいち

決勝1stステージで披露した『僕の好きなもの』という代表作は4年前にはすでに持ちネタだったという。この愛と毒が絶妙にブレンドされたネタはどうやって生まれたのか。

独自の角度からさまざまな対象に毒を放ち愛で包むそのネタは、しんいちの人柄から生まれている。彼のまなざしは、人間を等しくかわいい存在として捉えているのだ。

若手お笑い芸人インタビュー連載 <First Stage>
注目の若手お笑い芸人が毎月登場する、インタビュー連載。「初舞台の日」をテーマに、当時の高揚や反省点、そこから得た学びを回想。そして、これから目指す自分の理想像を語ります。

【インタビュー前編】

とことん嫌われようとしたら、好かれ出した

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──ギターを弾いて歌うスタイルになったのは、2015年だと前編で語ってくれました。弾き語りネタは最初から手応えはありましたか。

しんいち 反応がいいなぁと思いましたよ。今までと違う感触があって「俺は歌に希望があるんかなぁ」って。でも当時のネタ自体はイジリも毒もなかったです。こんなフレーズは覚えてますね。

「藤田ニコルは いっぱい 服持ってる」

これをちょっといい感じのメロディに乗せて歌うだけでした。そういうのを何個か歌って1分くらいで舞台去ったんですけど、それでもなんか手応えあったんすよね。

──漫才師として初舞台に立ったころとは違って、ここで初めて上向いたんですね。

しんいち そうっすねぇ。それからちょっと毒づくようになってウケ出して、その流れで『ガキ使(ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!)』(日本テレビ)の「山-1グランプリ」に出させてもらったんですよ。でもその先につながらなかった。

たぶんただ単に人を傷つけるだけのネタだったからでしょうね。それで自分には芸がないなぁって悩みまくって、できたのが『R-1』決勝でもやった『僕の好きなもの』(以下、『好き』)でした。できたのは4年前なんですけど、それがやっと今年完成したって感じですね。

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──4年間それを磨いていた。

しんいち このネタは可能性ある気がしてたから、ずーっとやってましたね。このネタやるようになってから舞台でスベらんようになりましたし。

──歌ネタをやるにあたって、けっこう研究もされたそうですね。

しんいち めっちゃしました。歌ネタ芸人さんも茨の道で、席の取り合いじゃないですか。いろんな人がいるなかで、意外と“ザ・バラード”が空席だったんですよ。AMEMIYAさんはちょっとしっとりしてますけど、あれもロックっぽい感じですよね。僕は完全にスピッツとかゆずで育ったんで、曲調はバラードやなと。あと意外にも毒づくのをやってる人がいなかったんで、《バラード×毒》でいこうと決めましたね。

ちょうどその時期に「しんいちってなんか鼻につくよな」「性格悪いよな」って言われてたんで「もうええわ、とことん嫌われよ」と思って、毒を吐くようになったという。ほんなら好かれたんですよ! 自分では嫌われるようなネタやってるつもりなのに逆に好かれ出して、「変な世界!」って思いました。芸人さんも寄ってきて「あの『好き』のネタ、これ思いついたんだけど……」とかって来るし。

人のいいとこしか言わない風潮がイヤ

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──『好き』は、できた瞬間に発明だと思いましたか。

しんいち 自分ではよくわかってなかったです。まわりから「あれすごいシステムよな」と言ってもらえて、そうなんかなとだんだん気づく感じでした。「『好き』って言葉自体は前向きだし『好き』と言えば何言っても許される。無敵じゃない?」って言われましたね。

──「山-1グランプリ」のときと、『好き』では、毒の塩梅がどう変わったんでしょうか。

しんいち 「山-1」のときは芸のない2ちゃんねらーと同じレベルでした。「おまえなんか嫌い」は誰でも言えるじゃないですか。でも「好き」は「俺、あなたのこと嫌いやけど、なんでかそういうとこいつも気になって見ちゃうねん」って褒めながら嫌いって言ってる。

──なるほど。Aqua Timezのネタも、ちゃんと見てる人だからこそ言えるってところありますもんね。どこか愛を感じるというか、愛着が入っている。

しんいち そうなんですよ! ほんとに「好き」なんすよね。実際目で追っちゃうし、忘れたくないって思ってメモするってことは、どっか好きなんです。そもそも僕は人間が好きなんですよね。

あと、日本のタテマエ文化みたいなものが嫌いなんですよ。ヨイショだけして本音言わないのが正義という風潮がイヤなだけ。僕も変なとこあるし、視聴者にも変なとこあるし、サンドウィッチマンさんだって変なとこあるじゃないですか。それなのにみんな人のいいとこしか言わないのはイヤやなって。そこも全部含めて知ってもらって初めて人間なのにっていうのは、ずっと思ってましたねぇ。

Aqua Timezさんもあんな熱いこと言ってたのに1年後に解散しちゃったドジっぽさがかわいいし、でもその1年にはどんなドラマがあったのかなとも思うし、そもそも曲がめっちゃいいしとかいろいろあるわけですよ。そういうの丸ごとのあのワンフレーズに込めて伝えたいっていう……。

──人間が凝縮されたワンフレーズだった。

しんいち そうなってるといいですねぇ。怒ってたファンの方も多いと思うんですけど、中には「名前出してトレンド入りさせてくれてありがとうございます!」ってファンの方もいたりして。「Aqua Timezがこのまま忘れられていくことのほうがつらい」って言葉とかあってうれしかったです。

実は今朝、Aqua TimezのリーダーだったOKP-STARさんと朝ごはん食べさせてもらったんですよ。めっちゃいい人で「ほんとおもしろかったよ、笑ったよ」って言ってくれて救われましたねぇ。ここではしゃべれないこともいっぱいありましたけど、「いつか共演しようね」と言われたときは、「それってどういうこと!?」とは思いました。

何も浮かんでないときは無理に話さなくていい

──しんいちさんは、ミュージシャンとの交流がすごく多いそうですね。

しんいち そうですね。山崎まさよしさんとか、BiSHさんとかねぇ。あと、大森靖子さんは一番かっこいいギターの持ち方を教えてくれたんで、撮影のときはよくマネさせてもらってます。こうやって肩に担ぐやつです。ステージに出るときの気迫みたいなのは、大森さんを意識させてもらってますね。

あと、RADWIMPSのベースの武ちゃん(武田祐介)とも仲よしなんですけど、1回ドライブ行ったときに、「これ今度出る曲なんだけどさ〜」って聴かせてくれた曲が、あとあと『君の名は』の主題歌だって知ったこともありますねぇ(笑)。

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シンガーソングライター・大森靖子直伝“一番かっこいいギターの持ち方”

──そういう人たちの懐に入っていけるのがすごいです。

しんいち いや、別に懐に入ってるじゃなくて、「山崎まさよしだから」とか「RADWIMPSだから」って恐縮しちゃう感じがあんまないんすよ。そういう名前の大きさじゃなくて、あくまでも人だけで見てるとこがあるんですよね。だからどんだけいいもん作ってても普通にしゃべれちゃうというか。

まあ僕の遠慮のない姿勢を嫌がる人はいると思うんですけど、それはネタと同じですよね。嫌う人は嫌ってどうぞですし、好きな人は笑ってってくださいと思うだけというか。バラエティ番組もいっぱい出させてもらって有名人とお会いしてもちろん緊張はしますけど、そこまでへりくだってないんですよね。

全部楽しむだけっていう気持ちでいるので、こないだも気づいたらダウンタウンさんが目の前にいるけど、テレビの前のただの視聴者みたいにずっと笑ってました。

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しんいち たしかに昔だったら「絶対爪あと残すぞ」って緊張してたと思うんですけど、今は別に嫌われるときは嫌われるし、スベるときはスベる。消えるときは消えるって思ってるから、何も気負いがないんです。

この世界は天才だらけなんで、自分なんかここに一度来させてもらっただけで満足ですって気楽にやってます。今はもう重たいもん全部落として生きてるだけです。

──今が一番楽?

しんいち 一番生きやすいですね。このインタビューもそうですけど、こないだのテレビでも10分くらい笑いなく淡々としゃべってる収録があって「よう耐えれますねぇ」って言われたんですよ。でも僕は「え、何が?」みたいな。ボケなアカンってことも気づいてなかった。

──しんいちさん自身どこかミュージシャン然とした人なんですね。

しんいち あるのかもしれないですね。だって、おもしろいこと浮かんでないねんもん。浮かばんときは浮かばんでええやん、「なんでみんな必死で大喜利してんの?」と思ってしまう。よく芸人さんが「2時間の収録、一度もしゃべれなかった」って落ち込んでますけど、僕これからそんな無言の時間めちゃめちゃ過ごしますよ! でも、それでもいいしなぁってどっか思ってるんですよね。

同じ歌をいつまでも歌い続ける

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──歌ネタの人は「一発屋」と言われやすいですよね。でも話を聞いていて、しんいちさんはそういうことに頓着しないように見えます。

しんいち そもそも一発屋でじゅうぶんと思ってますからね。R-1チャンピオンという称号はずっと残りますし。みんなもこうやって楽に考えたらいいのになって思うんですよ。

こないだコンクールを控えてるっていう学生さんにアドバイスを求められたんですけど、とっさに出てきたのが「だらだらサボったらええんちゃう?」って言葉だったんです。ふざけてるっぽいですけど、でもこれ本心で。肩の力入れてもうまくいかないし楽しくない。だから、だらだらサボって生きたらいいよって思います。がんばって優勝するとかじゃなくて、全力で楽しむだけ。

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──リラックスが大事とわかってても、しんいちさんの境地に行ける人はなかなかいないと思います……。そして今後ですが、新曲を作るなど目標はありますか。

しんいち それも別に考えてないです。たしかにまわりからも「このネタもすぐ飽きられるから、今のうち新しいこと考えとけ」と言われるんですよ。そうやと思います。でも個人的には、浮かばんかったら浮かばんでええし、「何がなんでも作らな!」って気持ちはないんです。なんか浮かんだときに、作ればええわって。曲が降ってくるまでは、今の曲を歌い続けるだけですね。

ちょうど昨日ミルクボーイさんにお会いしたんですけど、「『好き』のネタ、これから一生やっていくことになるから覚悟しいや」って言われたんですよ。今の僕の感じがミルクボーイさんと似てるらしくて、「『たぶん、新ネタいらんで』って。

たしかにずっと「好き」って言ってればいいんですよ。時代によっても好きの対象が変わりますからね。2022年の好きがあれば、2030年の好きもある。ファンの人からもDMで「こんな好き思いつきました!」って毎日のように送られてくるんですけど、平気でパクってますよ。「ネタがない」はもうないです。勝手に誰かが作ってくれるというか(笑)。

──ネタの永久機関が完成してたんですね。しんいちさんがやることはもう体調に気をつけることくらい。

しんいち そうですね、ほんと幸せっすねぇ。あと、今後で言ったら……単独ライブはやりたいですね。たぶん僕ひとりのライブって笑いはそれほどないですけど。「あのへんでいらんこと言うんやろうな」ってのも、バレてますし。でもファンの人は、笑いたいっていうより「こんな人いるね」とか「あるなぁ」ってニヤニヤしながら聴きたいって言うんで、それでいいならやらせてほしいですね。

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お見送り芸人しんいち
1985年4月21日、大阪府大東市出身のピン芸人。2009年10月、大阪松竹でコンビ「しんいちけんぢ」としてデビュー。2012年3月に退社後まもなくコンビ解散。約2年半の活動停止期間を経て、2014年10月にグレープカンパニー所属後はピンとして活動。芸歴10年以内のピン芸人ナンバーワンを決める『R-1グランプリ2022』で、自身ラストイヤーにして初のファイナリストとして出場し、見事優勝した。YouTubeチャンネル『お見送り芸人しんいちの『嫌われ者』』で、ネタや企画動画を随時アップしている。

文=安里和哲 写真=青山裕企 編集=龍見咲希、田島太陽

【後編アザーカット】

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