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幻想博物誌

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架空地名、架空生物、架空事象、架空伝承についての創作事典です。
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記事一覧

月の僧侶の話

月の僧侶の話

ハリ・ハリ・アウァツァラティ(いたいのいたいのとんでいけ)

こうとなえると、地上でだれかの苦痛が生起されたとき、まろやかな真珠層の、ひかりの被膜がそれをくるんで、一りゅうの輝きがうみなされる。そしてしたたり、上天へ、月へとおちていく。

月上には水の記憶の海があり、その底には寺院がある。

雨滴のごとくふる真珠は、多くは到達することもなく、とけて漂いちってしまうのだが、ときに底に至り、月の寺院の

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シロワタドリ

シロワタドリノキの花の種子。全長十センチ程度の鳥のかたちになり、ポプラの種子に似た綿毛の羽で飛びたつ。クチバシはガクの変形であり、声はない。聴覚もない。銀色の眼紋はあるが視覚器官ではなく、視覚もない。たいへん軽く、全身がまっしろな柔毛に覆われている。着地すると動かなくなり、やがて湿り、綿毛を縮ませ、かたちをなくしてしまう。季節風に乗り、飛びたって一帯を白くそめる様子は春先の風物詩となっている。

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ケルイス

(Ys もしくは Is と綴られる。Ker は都を意味する)

沈める都イス。

コルヌアイユの王グラドロンは、亡きマルグヴェン妃の忘れ形見、ダユーを溺愛した。髪紅きダユーと称えられるこの王女は、海の上で生まれ、海の神秘の血をひく者だった。ダユーは海の傍にあることを望み、王はこれをかなえ、ひとつの都を建造した。この都は海岸の低地に堤をめぐらせ、セーヌ(ドルイドの巫女)とコリガン(小人)の力をかりて

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アル・カルアト・アル・ジャリード

イスパニア語では転訛してアルトラリドとよばれる。凍れる砦を意味する。

イスラム文化排斥の対象となり、破壊し尽くされて瓦礫と化した。

名のごとく、柱も壁も窓もくまなく白く、細密な石彫がほどこされていた。数ある内庭や歩廊には噴水や水路がおかれ、すずやかな水音と水紋の投影が絶えなかった。とりわけ讃えられたのは、さらに白一色のほかを排したシャジャルール・ドゥール宮の白の間だった。繊細な柱列が、樹氷の枝

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イスパニア風の架空の都の話

ため息する銀、流されぬ涙湧く処ともうたわれる都だった。

――銀の、銀の、銀のつるぎを

バルベルデの都は、イスペラーニャの白熱の日のもと、午睡をむさぼる黒い女に似てよこたわる。滾々と湧く泉が鈍色の敷布をなし、垂れこめる雲と霧が薄闇のヴェールで彼女をおおう。

――ベルデのくろき滴にすすぎ

また湧水を縒った流れがいくつも、女の胸に重く冷えてこぼれる真珠めいて、きらやかに市街にちらばり、すぐにたば

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アオクイドリの話

アオクイドリという鳥がいた。青いものとあらばすべて喰らう鳥だ。細い嘴の奥からこれも細い舌をだしてするすると青色を吸う。花であろうと石であろうと虫であろうと、吸われたあとは水のように透きとおってしまう。アオクイドリは砂漠のヤギさながらに、ふたたび生いしげるためのささやかな残余をゆるすこともなく、地上も、地下も、空さえも根こそぎ貪った。かれらがふえるにつれこの色はひたひたとうしなわれていき、二百年もす

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シウィトトルの話

シウィトトルの話をしましょう。

アメリカ大陸東海岸、南東へと分かれのびたフロリダ半島から、さらに南へ下っていくと、海中にひとすじの隆起があります。
細い島々と、海面上に出るにはいたらない浅瀬がつづいています。フロリダキーズです。一帯は、豊穣なサンゴ礁であり、多種多様な生命でみちています。

ふたまた尾びれを金色の鋏のようにかがやかせるイエローテイルスナッパー。
まっかな地に黒水玉で装うカーディナ

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ワド・アズラト

アラビア語で青い川を意味する。

モロッコのリフ山系にある川。川床には青金石や藍銅鉱などの鉱石片がちらばり、空と水の区別がつかぬほどいっさいが青く見える。

一帯ではゆえしれず石の色がぬけることがしばしばあり、そうして透明になったものを鳥啖石とよび、アオイシクイドリの喰跡であるとする。

アオクイドリとアオイシクイドリの話

あるとき一匹のジンが、炎のようでもあり雪のようでもあるひとつの夢をもちき

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