The Wooly Flossy Panic

「たいへんだ、たいへんだ」 

あわてふためいてやってきたのは一匹のとかげである。

まるい目を満月のようにみはり、かぱりとまた口をひらく。

「とってもたいへんだ」

シャボン玉のあぶくさえ出そうなその風情に、黒つぐみが一羽、小首かしげて寄ってきた。

「どしたの。ミスターグリーン」

「どしたもこしたもない。メリーさんがとんでもないのだ。お空の雲をみーんなウールにしてしまおうと、世界中の羊から毛を刈ってるのだ。そこらじゅうもわもわだ」

「ありゃー」

「のんきだなミスターブラック! それだけではないぞ。いたずら心を刺激された妖精猫のケットくんが、そんならいっそコットンキャンディのほうがいいと、世界中の綿菓子製造機に魔法をかけてまわっている。ただいまも大量生産かつ遠心分離中だ。もくもくだ」

「おいしそうかも」

「まったくだがね! 問題は、地面と空が、どっちにも雲っぽいものがいっぱいあるので、どっちがどっちだか混乱したふりをしてひっくりかえりそうだってことなんだ。じつはどっちも現在の自分でないほうになりたがってるからね。あした目が覚めたら空中に浮遊する羊毛だか綿菓子だかの上に寝てましたってことになったらどうしよう、 たいへんだ」

「おれ、あんまり困んないかも」

「薄情だなミスターブラック! ぼくはたいへんに困る! なにしろわが進化系統では羽は獲得しえなかった!」

ミスターグリーンは自分のおっぽをおっかけてぐるぐると回転した。

「まあまあ。落ちつけったらグリーンくん。きみが虫に見えてつつきたくなるじゃないの」

とかげは止まった。黒い小鳥はさえずり笑った。

「おれにまかせなさい。なんとかしてくるからね」

ミスターブラックは身軽に飛んでいった。なるほど、空から見ると、すでに地上のあちこちに白いもわもわともくもくがふきだして壮観なありさまとなりつつあった。人間たちがさわいでいた。

「ジャックくん、ジャックくん、すずめのジャックくん」

街灯にとまってさえずりあっていたジャック・スパロウズ氏らに会うと、ブラック氏はよびかけた。

ジャックは片羽をあげてこたえた。

「よおブラッキー。あいかわらずしびれる声だ」

「ジャックくん。あのねえ。かくかくしかじかで、もわもわもくもくで、驚天動地の事態なんだよ。だからしてね、おれはメリーさんとケットくんとこにいくから、みんなで惨事を阻止すべく妨害工作してくれないか」

「オーケー」 すずめは、ニヒルにさえずった。「ほかならぬあんたのたのみだ。そして世界のためだ。やろうども行くぜ、ジョーホー」

「サンキュー」

たちまち増殖する白い不定形と小鳥たちの戦いが開始された。

「羊のおじょうさんがたー」

ミスターブラックは、ニュージーランドのメリーさんの牧場につくなりよびかけた。遠かったので事情を説明して愛鳥家のおじいさんに自家用飛行機で運んでもらった。

「Baaa, Good Daay. ようこそいらっしゃい」

ひときわ白く美しいミスフラッフィーが首をあげた。メリーさんは自分の牧場の羊はなぜかまだ刈ってないらしい。彼女が背中におとまりなさい、と示すので、ミスターブラックは礼儀正しくそこへおりた。

「こんにちはミスフラッフィー。お噂にたがわずまっしろでおうつくしい。でもなんだかたいへんなことになってます」

「おっほほほほ。あらたなる創世神話ですわ」 ミスフラッフィーはのけぞり笑った。「あたくしがメリーさんにお願いいたしましたの。囲われておとなしく毛を刈られるばかりだったこの身も、今こそ、えらびぬかれた羊毛で建設した天上の楽園へ! さああなたもうたってちょうだい、モーニングムーンを瞳孔に宿した聖なる獣のために! Ba...」

「ミスフラッフィー」

黒つぐみがさえずりさえぎる。どうやらメリーさんは、この白いおじょうさんたちを現代の聖獣とすべく壮大な暴挙におよんでいるものらしい。

「散文的でごめんなさい。あのね。きっと吸いとられます。網とりされます。燃やされます。処理されます。まるでエチゼンクラゲです」

おじょうさん黙った。

「くりかえしますがもうすぐエチゼンクラゲです」

「めぇぇぇ(いやぁぁ)」

あっさり恐慌したミスフラッフィーは黒つぐみをのせたままメリーさんのところへ走った。ほかのおじょうさんたちもあとにつづいた。羊に愛と人生を捧げるメリーさんは、彼女らの懇願により即刻羊毛テロをやめ、小鳥たちに手伝ってもらいつつ、もわもわを回収した。

その日、各国メディアに、羊毛泥棒と、空中投棄と、紡績工場へ大量搬入されたそれの関連性についてのオッドニュースが氾濫した。KKKとネオナチスがこの件に関する犯行声明をだすと、情報はますます錯綜した。



さてお次はケット・シーのケットくんだった。

世界中の鳥の目をもって捜索すれば、神出鬼没の彼を捕捉するのも困難ではない。まもなく見つけて降下したロンドンのコベントガーデンで、ストリートパフォーマンス中だった巨大猫が、にやっと笑って出迎えた。

「へーいらりほーおいらの晩飯になりにきたかい、まっくろちゃん」 

シルクハットをもちあげて軽薄に彼は言った。

「あいかわらず縦糸の目だねえケットくん。じつはねえ、きみにプレゼントがあるんだよ」

「うれしいね、あんたのバターソテーかい、まっくろちゃん」

「いえいえそんなまずいものじゃなく、こちらです」

黒つぐみが首をふると、すずめたちが空から無数の綿菓子をおとした。もくもく。もく。ぼふ。

「みんなの愛なの。今ここで食べてくれなかったら、傷心のあまりみんなで君をついばんで穴だらけにしてしまいかねない愛なの。胸にはいりきらなくって、みんなもてあましてるの」

綿菓子の壁と、らんらんと光るつぶらな瞳たちに包囲されて、妖精猫はたじろいだ。

「な、なんだい熱烈に甘いアプローチじゃないか。ひげのてっぺんがこげちゃうね」

「食べられるだけでいいから、食べてくれる? くれるよね?」

「う、うん。食べられるだけ、ね?」

ケットくんはおびえながらほんのひとつまみ食べた。やたらと喉がやける甘さだ。

「さあさあもっともっと」

黒つぐみはさえずった。綿菓子の壁の上で、すずめたちが唱和した。

「もっともっともっともっともっともっと」

一分後ケットくん叫んだ。

「にぎゃーゆるしてちょうだいごろにゃー!」

観客が、事情がわからないなりによろこんで50P硬貨を投げた。

魔法の巻きもどしで逆回りに回された綿菓子製造機はくるくると綿菓子をまきとって、もとのザラメにそれをもどした。

その日、各国メディアには、綿菓子製造機の一斉暴走とその鎮静、のち、製造業者の責任追及についてのニュースが氾濫した。リアルIRAが本件に関する犯行声明をだすと、情報はますます錯綜した。人間に紛れ、綿菓子を袋詰めしてもちさる器用な鳥たちのニュースはあまり取り沙汰されなかった。

羊毛のじゅうたんの上で、泣きながら綿菓子をほおばっているとかげのところに、黒つぐみがもどってきた。

「ただいまー。世界を救ってきました」

「おかえりー。ぼくは安堵と脱力のあまり暴食中であった。よくやってくれたミスターブラック!」

「それほどでもあるかも、とはいわないかもだけど、ごちそうしてほしいかも」

「アングリカンな物言いだが否やはない!」

翌日のファーマナー・ヘラルドに、The Tea Party of The Green Anole and The Blackbird and Sparrows と題した写真が掲載されたが、もちろんフォトショップだろうと誰一人疑わなかった。写真提供者の一愛鳥家だけは真実を知ってにやにやした。

めでたし。

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