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新譜レビュー:『More Than a Whisper: Celebrating the Music of Nanci Griffith』 (Various Artists)

今年(2023年)9月に発表された、故ナンシー・グリフィスの音楽を讃えるトリビュートアルバム『More Than a Whisper: Celebrating the Music of Nanci Griffith』を紹介したい。2021年に68歳で亡くなったナンシー・グリフィスは、80〜90年代を中心に活躍したテキサス出身の女性シンガーソングライター。一般的な知名度は高くないが、アメリカ深部の市井の人々の心情を掬い上げるような、真の意味での「フォーク」ソングを聞かせてくれたシンガーソングライターだった。彼女については、前回・前々回の記事で、個人的な思い入れも含めて紹介させていただいたので、彼女のことをよくご存じでない方はそちらも参照いただきたい。(最下部にリンクあり)

今回、フォーク&ルーツ系音楽の老舗レーベル、ラウンダーから発表されたこのアルバムは、ナンシー・グリフィスと親交のあったアーティストや彼女を信奉するアーティストたちがナンシーの作品をカバーしたコンピレーション作品。この種のトリビュートアルバムは特段珍しいものではないが、本作を最初に聞いた時、冒頭の数曲それぞれで思わず涙が出そうになった。勿論、ナンシー・グリフィスのファンとしての深い思い入れがあるからこそだと思うが、彼女がもはやこの世にいないという事実と、彼女の曲自体の良さが各アーティストの誠実なアプローチによってひしひしと伝わってきた。

アルバムは、サラ・ジャローズの歌声で静かに幕を開ける。サラは1991年生まれだが、ナンシーと同じくテキサス州オースティン・エリア出身のシンガーソングライター。現在のアメリカのアコースティック・ミュージック・シーンを牽引する、ある意味、ナンシーの後継者とも言えるような存在だ。サラは、常々、先人たちにリスペクトを払う姿勢が見られる人で、デイヴィッド・クロスビーの最後のスタジオアルバムとなった『For Free』でもジョニ・ミッチェル作のタイトル曲をクロスビーとデュエットしていた。今回彼女が取り上げた曲は、ナンシーのセカンドアルバム『Poet In My Window』(1982年)収録の「You Can’t Go Home Again」。この曲で歌われている、愛する故郷の人々に見捨てられたという思いが切々と伝わってくる好カバー。このアルバムのベストトラックのひとつに挙げて良いだろう。

2曲目には、なんと2020年4月にコロナで亡くなったジョン・プラインが登場。プラインはナンシー・グリフィス自身が敬愛していたシンガーソングライターであり、彼女自身のカバー作品集『Other Voices, Other Rooms』ではプラインの作品「Speed of the Sound of Loneliness」を二人で共演していた。ここでは、現在30代のカントリー系女性シンガーソングライター、ケルシー・ウォルドンとナンシーの代表曲「Love at The Five and Dime」(『The Last of the True Believers』(1986年)収録)をデュエットしている。どうやらプラインが亡くなる少し前に録音されたものらしい。ケルシー・ウォルドンのことは今まで知らなかったが、最初ににこの曲を聞いたときには、一瞬、ジョン・プラインとナンシー・グリフィスのデュエットかと思ってしまった。ナンシーの声をさらに粘っこくしたような、ルシンダ・ウィリアムスにも通じる歌声だ。ただ、淡々とした物語調のこの曲に関しては、交互にヴァースを歌うデュエットスタイルはあまりそぐわないように感じた。

3曲目は、私がここ数年コンテンポラリー・ブルーグラスの世界でイチ推しの女性シンガーソングライター兼フラットピックギタリスト、モリー・タトル(30歳)。同じくフラットピックギタリストとして若手随一の実力派男性、ビリー・ストリングス(31歳)との共演で、ナンシーのアルバム『Storms』(1986年)収録のカントリーフィーリング溢れる佳曲「Listen to the Radio」をカバー。一般に、こういったカバーアルバムの良し悪しは、演奏しているアーティストの個性を感じさせながら、同時に原曲の良さを再認識させてくれるかどうかで決まると思うが、そういった意味では、アコースティクギター2本とヴォーカルハーモニーだけで奏でられるこのカバーも本アルバムのベストトラックのひとつに挙げて良いだろう。

4曲目からは、ナンシー・グリフィスと実際に親交のあったアーティストが続く。ナンシーの曲を自らカバーしたり、度々ナンシーのアルバムにもゲスト参加していたエミルー・ハリスは、少しケイジャン風にアレンジした「Love Wore a Halo (Back Before the War)」(『Little Love Affairs』(1987年)収録)を披露。久しぶりに聞くエミルーの声は、年齢のせいか、さすがに少し枯れている印象。

続いては、ナンシーと同じテキサス出身で、無名時代からナンシーとともにオースティンの音楽シーンで活動していたライル・ラヴェット。1957年生まれで、53年生まれのナンシーの少し後輩格にあたるライルは、80年代後半以降に登場した男性シンガーソングライターの中で、私が現在に至るまで最も支持しているアーティストのひとり。ライルが取り上げたのは、凶作に見舞われながらもひたむきに生きようとする農夫家族の姿を描いた佳曲「Trouble in the Fields」(『Lone Star State of Mind』(1987年)収録)。エミルー・ハリスのナッシュランブラーズでも活躍した、アル・パーキンスのドブロとサム・ブッシュのマンドリンとフィドルというシンプルなバックアップを得たここでのライルの歌は、溢れる感情でやや震えているようにも聞こえる。この曲でハーモニーを付けているのは、ナンシーの「Love at The Five and Dime」をヒットさせたことで、自身のカントリーシンガーとしての地位を確立したキャッシー・マティアだ。

6曲目、 ブランディ・クラークの「Gulf Coast Highway」(『Little Love Affairs』(1987年)で初演)も原曲の良さを再認識させる好カバーだ。テキサス湾岸地区のハイウェイ沿いの家に住む貧しい老夫婦の姿を描いた曲だが、ナンシーを失った今、サビの部分の次の歌詞が心に沁みる。

彼女はこう言う
私が死ぬ時には 黒い鳥の羽を捕まえて
天国に飛び立つわ
早く春になってほしい
可愛いブルーボネットの花が咲いてくれるから

※ブルーボネットは、ラベンダーのような小さな青い花を咲かせるテキサス州の州花

7曲目の「Outbound Plane」も『Little Love Affairs』に収録されていた曲だが、カントリーシンガーのスージー・ボガスが91年に取り上げてヒットさせている。今回この曲をカバーしたのは、ショーン・コルヴィン。前述のライル・ラヴェットと同世代の女性シンガーソングライターで、ライル同様、私が80年代末から追いかけてきた人だ。出身はサウスダコタだが、70年代の一時期、オースティンの音楽シーンでも活動していた。

オリジナルのナンシーのバージョンやスージー・ボガスがヒットさせたバージョンは、アップテンポのカントリースタイルだったが、今回のショーン・コルヴィンのバージョンは、彼女の特徴でもあるアコースティックギターのカッティング奏法を活かし、抑えたムードで歌われる。それゆえに、今まであまり注目していなかった歌詞にも、改めて耳を傾けることができた。それは、愛が通わなくなった二人の関係から逃げ出したい思いで空港に佇む女性を歌ったもの。「誰も悪くはないけれど 愛が自分の意志で飛び立たないなら ここから飛び立つ便を捕まえるしかないわ」というフレーズが原曲以上にじんわりと響いてくる。曲のアレンジは、ショーンのセカンドアルバム冒頭の曲「Polaroids」を彷彿させるもので、その曲同様、ワイゼンボーンと思われるアコースティックスライドが印象的だ。「Polaroids」では、故デイヴィッド・リンドレーがワイゼンボーンを弾いていたが(こちらを参照ください)、今回は誰が弾いているのだろうか?

後半は、スティーヴ・アールとアイリス・デマントを除いて、私の知らないアーティストが並ぶ。ナンシーやライル・ラヴェットと同時期にオースティンで活動していたスティーヴ・アールが取り上げたのは、「It's a Hard Life Wherever You Go」(アルバム『Storms』(1989年)収録)。ナンシー・グリフィスは、アイルランドを第二の故郷のように大切にしていて、チーフタンズなど、アイルランドのミュージシャンとの共演も多かったが、ここでは、スティーヴ・アールが、曲の舞台となっているアイルランドに合わせて、全体をアイリッシュスタイルにアレンジしている。

今まで知らなかったアーティストの中で印象的だったのは、イギリス出身の夫婦デュオ、アイダメイ(Ida Mae)による「Radio Fragile」。ナンシーのアルバム『Stroms』のラストに収められていた、フィル・オクスを歌った曲だが、そのアルバムでのバージョンは、時代のせいか、シンセサイザーやシンセドラムが目立ち、曲自体の良さが響いてこなかった。今回のアイダメイのバージョンは、アコースティックスライドがフィーチャーされた乾いた音が印象的で、35歳で自ら命を絶ったフィル・オクスの悲哀をより感じさせるような仕上がりになっている。アイダメイについては、今回初めてチェックしてみたが、アコースティックながらも少しエッジの聞いた音や、そのルックスも含めて、個人的にはフリートウッドマック加入前のバッキンガム=ニックスをイメージした。

アーロン・リー・タスジャンによる「Late Night Grande Hotel」も秀逸だ。この曲はナンシーの同名アルバム(1991年)のタイトル曲だが、アルバム自体の音づくりが当時のポップな音だったため、聞くことが少ない。今回のカバーはピアノの弾き語りに近いスタイルで、原曲のメロディラインの美しさを再認識させてくれる。1986年生まれのタスジャンは、調べてみたところ、ポップな要素とフォーキーな要素の両方を持つ、少し捉えどころのないアーティストという印象だが、最初に聞いたときには女性かと思ってしまったくらいのハイトーンボイスが美しい。

タスジャンのように、今回参加しているアーティストの半分くらいは私の知らない若い人たちだったが、そういった年齢層の人たちもナンシー・グリフィスの音楽に影響を受けていると知れたことは喜ばしいし、このアルバムを通じて新しいシンガーたちに出会うきっかけにもなりそうだ。このアルバムの売上は、ナッシュビルにあるドラッグとアルコール中毒者のための療養施設に全て寄付されるという。ナンシーの死因や晩年の健康状態については多くが語られていないが、もしかすると、そういうことが彼女の健康をむしばむ要因になっていたのかもしれない。

トリビュートアルバムのタイトルとなった「More Than a Whisper」は、ナンシーの数多い曲の中でも私が特に好きな曲のひとつだ。今回のメアリー・ゴウシェのカバーも決して悪くないが、この曲に関しては、やはりナンシーのオリジナル、特に1988年のライブアルバム『One Fair Summer Evening』(およびその映像版)に収められているバージョンが素晴らしいので、最後にそのバージョンをアップしておきたい。


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