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スコットランドの「運命の石」〜The stone of destiny / Stone of Scone〜

2022年9月8日(GMT)、エリザベス二世女王陛下が亡くなられました。
実は少し前に、いずれ女王陛下が亡くなられたら、次の国王の戴冠式で「運命の石」はどうなるのだろう?
そんなことを夫と話題にしていました。
運命の石?戴冠式?いったい何のこと…?と思われるでしょう。
このスコットランドの「運命の石」〜The stone of destiny / Stone of Scone〜について少しかいつまんでお話したいと思います。

スコットランドの首都エディンバラから北へおよそ74km、パースの近郊にかつて中世スコットランドの王都だったスクーンの町があります。
かつてスコットランドの王はここスクーンの修道院で王の戴冠式が執り行われていました。
その戴冠式の際に王が座した石が、この「運命の石」と呼ばれるスクーンの石です。
スクーンの石は、伝説では旧約聖書の創世記に起源があります。
聖ヤコブが枕にした石で、それがパレスチナからエジプト、スペイン、アイルランドを旅してスコットランドへ辿り着いたという言い伝えです。
これはあくまで伝説です。ですが、実際がどうであるかよりスコットランドの人々の心の拠り所としてのアイデンティティを知る上で、この石の存在はとても大切な存在なのです。
伝説の時代を経て、史実として9世紀中頃から13世紀末に亘り、代々30人の王がこのスクーンの石に座してスコットランド王として戴冠を受けました。

かつてスコットランド王はこの「運命の石」に座して戴冠式を執り行った。写真はかつて鎮座していたスクーン修道院跡に展示してあるレプリカ。

ところが1296年、この石は侵攻してきたイングランド軍に略奪されてしまいます。
イングランド国王エドワード1世はスコットランドを蹂躙しスクーンの石は戦利品としてロンドンへ持ち去られてしまったのです。
スクーンの石はウェストミンスター寺院の戴冠式を行う椅子の座面下に組み込まれてしまいました。
つまり、以後のイングランド王の戴冠式は、かつてスコットランド王が戴冠式に用いてきた歴史ある大切なスクーンの石の上に座して戴冠を受けることになったのです。これはスコットランド人にとっては大きな屈辱であることは想像に容易いのではないでしょうか。
これがその後700年に亘って続きます。

ウェストミンスター寺院の戴冠の際に使用した椅子。スクーンの石が嵌め込んである。 The Stone of Scone in the Coronation Chair at Westminster Abbey/ Cornell University Library @ Flickr Commons

時は経て1950年のクリスマスに大変な事が起きます。
グラスゴーの愛国学生グループがこのスクーンの石をウェストミンスター寺院から盗んでスコットランドへ持ち去ってしまうという大事件が起きました。スクーンの石は4ヶ月行方不明となりましたが、その後スコットランドのアーブロース修道院の祭壇で発見されウェストミンスター寺院へ返還されました。
実行犯は逮捕されましたが、スコットランドとイングランドの政治的な影響を鑑みて不起訴となりました。一時的とはいえスクーンの石を取り戻した彼らはスコットランドでは英雄となり、2008年には『Stone of Destiny 』というタイトルで映画化もされました。

1996年、スコットランドの文化史に関する議論の高まりを受け、英国政府はスクーンの石をスコットランドへ返還することを決定しました。
現在はエディンバラ城にスコットランドの国宝として収蔵されています。
そして戴冠式が執り行われる際には、一時的にウェストミンスター寺院へ貸し出されることになっています。

修道院は1559年に焼失。19世紀に再建された霊安室チャペル。左に「運命の石」レプリカ

昨夜崩御されたエリザベス二世女王陛下も、ウェストミンスター寺院のこの椅子で戴冠式を行いました。
さて、このたび新たに国王になられたチャールズ3世国王の戴冠式がこれから執り行われます。
1996年の取り決め通りなら、エディンバラ城にあるスクーンの石は戴冠式に向けて貸し出される予定です。
でも、スコットランド人にとって大切な古くから伝わるスクーンの石が新イングランド王の下に敷かれることを彼らは一体どんな風に思うでしょう。
スコットランドの人々の感情はいったいどのようなものなのかと勝手に思いを巡らせています。
もしかすると、一時貸し出しに反対する声が上がるかも知れません。
この「運命の石」がどのように扱われるのか、今とても気になっています。