見出し画像

きょうの街へ飛び出る

遅寝遅起きの日々が続いて何もうまく行ってる気がしない。
正月太りから体は重いし起きられないし
毎日の研究室が苦痛でしかない。

思い切って研究室を1週間しばらく休んで、就活や読書をぼちぼち進めようと思っていた。

2月9日、いつものように9時にだらだら起きて
もりもり白ごはんを食べる。
天気がいいから洗濯物も干す。

どうせ1日暇なんだからちょっと遠い業務スーパーに行こうと思って外に出た。

しかし2月とは思えないほどの天気の良さ、
私はファミマで辛辛魚だけ買ってすぐに帰宅した。

きょうは外に出かけないといけない

そう強く思わされたので準備を終えると
すぐに外へ飛び出した。



いつもの駅、いつもの電車

早速最寄り駅から京都駅まで行く。
この街ももう5年、何度この駅を利用し何度京都駅に行ったかわからない。

街から少し離れていて地味な街だと思っていたけど、自然も多く居心地がいい所になった。

電車に乗ると盆地ならではの大きな山が
ひらけて見えるのが気持ちいい。

ちょっと辺鄙な場所だけど交通の便も良く、
生活しやすい街、あと一年よろしくね。

京都駅からはバスに乗る。
京都駅の大きくてモダンな建物はもちろん圧巻だけど、私はその青く染まる窓に映る京都タワーが大好きなのです。
京都タワーをそのまま見るよりも婉曲的な視点を密かに握っているの。ここだけの話だよ。

京都はバスが便利である。
目的地まで直接連れて行ってくれるから。
私は移動時間は全く暇じゃない。
読むべき本がたくさんあって、その分考えるべきこともたくさんあるから暇じゃない。

むしろその時間を取るために乗り物に乗るくらい。長けりゃ長いほどワクワクするのだ。

バスで狭い道を登る。対向車もギリギリなくらいのこの先までバスが通っているのか…
改めて京都の大事なインフラであるバスの偉大さを知る。


小さな冒険。目的地へ

そうしてついた先は鷹峰山源光庵である。
禅宗、臨済宗として建てられたが改宗され、
現在曹洞宗の寺としてある。

ずっと訪れたいと思っている場所だった。
と言うのも私の実家も曹洞宗。
信仰深いというわけでもないが、
幼稚園も菩提寺のところへ行っていた。

ご先祖様を敬うという考えを教えてもらい、この世で生きているのは皆さんのおかげ、命のつながりによるものだと日々思っている。

どんな場所でも曹洞宗のお寺に行くとどこか落ち着く気がする。他の宗派よりも地味、華美でないような印象がある。

静かに坐禅を組む環境として、穏やかで、また自然と一体化したようなお寺が多いのかもしれない。

本堂に入るとひんやり床が冷たい。お寺へ訪れた時の引き締まるような感覚がある。

天気が良くてお庭も綺麗に見れる。
光と陰が鮮明に浮かび、
陰で生きる苔の存在も大きい。
このお寺も苔がモリモリ育っている。

有名な悟りの窓、迷いの窓。
左の悟りの窓は「禅と円通」の心を表わし、
円は大宇宙を表現する。
右の迷いの窓は「人間の生涯」を象徴し、
生老病死四苦八苦を表す。

そう、この日お寺へ行こうと思ったのは自分のモヤモヤとした気持ちを晴そうと思ったから。
研究室に行かないといけなかったけどサボってここまできた。就活とか将来のことでどうしようもない悩みで混乱していて研究する気がまるで起きなかった。

この窓の表現と自分の人生はまさに共鳴している。

天気がいいからきょうの街へ出かけよう、あの山の麓の源光庵まで行こう。

と急な決断をすぐに実行できた勇気、行動力に自信が持てた!ここまで来て良かったと思えた!

京の街での小さな冒険が自分の心を満たしてくれる。何気無い今日の日が一生の宝になるような気がする。
これが京都での私の暮らしだと実感する。


きょうからのエネルギー

大好きな京都での学生生活はあと一年となってしまった。
京都のどこもかしこも、思い出がいっぱいで苦しい。忘れたくないし離れたくない。

この日みたいに何気ない1日でさえ大きな力を持っているのに
その積み重ねの6年間は一体どれだけのエネルギーを私に蓄えてくれたんだろう。

私はどんどん色んなことが考えられるようになって、エネルギーの発散を続けている。

凧揚げしていた

実習帰りに泣きながら歩いた鴨川へ来て、とっても笑顔で元気に歩いた。ハイボール片手に。

京都で苦しくも楽しい日々は人生の財産である。この物語を忘れないように書き留めることをここに誓おう。

あと一年でできることは限られているけど、
一瞬一瞬を大切にすること。
当たり前ではないから
きょうを大切に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?