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short stories

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2015年7月の記事一覧

ひとなつ(小説)

少し寝汗をかいていて、目を覚ましたらもう昼過ぎだった。とはいえ、縁側に面している障子を全て締め切ってしまうと薄暗いこの部屋にいれば、今が朝なのか昼なのか、夕方なのかよくわからない。時計さえもない。昼過ぎだと思ったのは、蝉がじいじいとせわしなく鳴いているし、なんとなく部屋が暑くなっていたからだ。
ゆっくり起き上がり、はだけていた寝巻の裾を直した。浴衣を着て寝るのなんて、こんな田舎だけだと思う。枕元に

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海の恋人(小説)

「せあ」
俺が声をかけるとせあは薄く目を開けてうっとりするように微笑んだ。夜、ベランダに子ども用のビニールプールを出して海水を入れては、せあを浸して月光浴をさせている。するりと手触りの良い足を折り畳み、できるだけ海水に浸るように。めっきり体の色が薄くなってきて、骨格や内臓が透けて見える。月の光りはほの青く、せあの肌をより病的に見せた。肌よりも白い骨の奥で動くもやがかかったような赤いものがとくりとく

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untitled(掌編)

雨が降っているのに気付かないで、一階フロアを横切ったら、総務課で一人残業していた澤谷くんと目があった。去年まで同じ課で仕事をしていた彼は、同い年だけれど大学時分の留学などが関係して私よりも一期下だ。年が同じと分かるとため口を聞いてくる輩が多い中で、澤谷くんは几帳面に私に敬語を使ってくれる。

「徳田さん、雨降ってますよ」
「そうなの。まあ、車だからすぐだ」
「そうですね。もう帰りですか」
「うん。

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