使えない錬金術

朝、起きることができない。
朝、起きて、洗濯ができない。
少し早く起きて、洗濯をして干さないと洗濯物がたまる一方だ。
そのことを理解した上で、朝、起きることができない。
朝、起きることができないときは、仕事から帰ってきて夕飯を作る間に洗濯機を回し、作り終えるころには洗い終わっているから、カゴに詰めてコインランドリーに持っていく。二日でたまった二人分の洗濯物はわりと重いが、自分ひとりで運ぶので鍵を閉めたりするときは身体をよじって足などで洗濯カゴを支えたりして、えいしょえいしょと車に積み込む。
車で一分ほどの場所にあるコインランドリーの乾燥機に放り込み、乾燥時間を40分にして400円を払う。車に戻って、家に戻って、やり残した料理の続きや洗い物なんかを片付けると、夫が帰ってくるので夕飯を一緒に食べる。二人で会話が盛り上がるころには40分が経っていて、それはもうコインランドリーに向かうのは面倒くさい。面倒くさいが、取りに行かねばならぬので、食休みでうつらうつらとしている夫を残し、車に乗り込み、コインランドリーへ向かう。乾燥機の匂いはよい匂いだからまだ、いい。乾いてふかふかになった洗濯物をカゴに移すが、膨らんでいるのでカゴに収まらず、ぎゅうぎゅう押し込むようにして、なんとかおさめ、えいしょえいしょと車に積み込み、家に帰る。

そういうのを、二日に一回とか、三日に一回やらねばならない。たった、15分程度、朝、起きることができないだけで。
でも、等価交換なのだ。疲れて帰ってきたときなどはなんでこんなことまでしなくてはいけないのだ、と思うが、夜の面倒事と引き換えに朝、少しでも長く眠ることができるのであれば、これからも何度も私はコインランドリーに行くだろう。

職場の同僚たちと夕飯をともにすると、もっぱら、人のうわさ話になる。あの人は実はこうだとか、それは意外だったとか。人の二面性を知るたびに、彼らは何と何を引き換えにしているのだろうと思う。誰かに笑顔で接する一方で、誰かに厳しい言葉を取ったりする。選択の中で、そんな風なことが起こるのだろうか。私もたまに、苦手な後輩に冷たい態度をとってしまうときがある。そういうとき、私は自分の気持ちに素直に生きることと引き換えに、彼女を傷つけもしかしたらトラウマを植えつけているかもしれないし、ひどい噂を立てられているのかもしれない。そんなこと、考えても詮無いことだと思いながらも、膨れ上がる妄想にいつも押しつぶされてしまう。そうしてまたきっと、悪く言われることと引き換えに、冷たく当たってしまう。今までしたように、これからもきっとするのだろう。そうして、自分を愛することと引き換えに、誰かからは愛されない、という、妄想にもしがみついているのだろう。

でも、何かと何かを引換になど、本当はしたくない。洗濯云々の前に朝はちゃんと置きたいし、人にはちゃんと節度を持って接したいとは思っている。
私は凡人で、錬金術師などではないのだし。愚かな、凡人なのだし。

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みなもとはなえ

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自分へ送る日々の備忘録(その2)
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