触らないで 放っておいて

感情が決壊寸前なのだ、と、泣きながら思う。泣いているので、もはや決壊しているのかもしれない。でも、今、私の心にはたぷりたぷりと波をわずかにたてる感情があふれそうになっているのを感じる。動くたび、呼吸をするたび、だれかと話すとき、仕事をするとき、はっとすると泣きそうになる。
たぷりたぷりと揺れる感情の波は、あと少し、だれかに手を突っ込まれてぐしゃりとひとかきでもされたら、あふれて全部なくなってしまうだろう。決壊寸前だ。春だなあ、と、意味不明な納得をしてしまう。

いつも意識をしていないけれど、こういう、花曇りの日は自分の心ばかりに敏感になってしまって、自分の心にばかり夢中になってしまって、感情が溢れないように必死になる。ああ、こぼれないで、ああ、だれも触れないで。放っておいてほしい。でも、放っておかれてもごちゃまぜの感情は収まらない。いっそ決壊してしまったほうがよいのだろうか。なにせ決壊したことがないのでわからない。その先にあるものが何か私にはわからないのだ。
同じように、自分の感情を吐き出す方法も私にはわからない。別にため込んでいるわけではない。短気なほうだ。ムカッとするとすぐに起こる。でも、この感情は違う。心の底から、じわじわと湧いてくる。悲しみも、怒りも、虚しさも、違う、大きな感情の塊、流れ、うねり。なんだかそういうもの。源泉はどこだろう。気づいたら満たされていた心のダムの存在に私はおののく。わからないから。だけど、触れられてはいけないことだけはなんとなくわかる。だから、ああ、こぼれないで、触らないで、と、触られないようにだれかに背を向けてばかりでいる。親にも恋人にも友人にも、背中を向ける。だから、何も心に入ってこない。何も入らないのだ。だれかに何か言われても、その言葉がどれだけいいものであっても、私の体にはじかれるのが見える。ああ、落ちた。無残に捨てられた、もったいない言葉が床に落ちているのを見ながら、でも、私はほっとする。言葉が刺さったらダムが溢れてしまう。危なかった。ごめんなさい。でも、よかった。

どうか放っておいてくれ。ほめもさげすみもしないで。丸く丸く自分の胸ばかり見つめる。自分の中身だけが見える。ああ、そうか、私の孤独の根源はここにあるのか。

自分で作った、完全な孤独。ばからしい。馬鹿か。